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脚フェチな彼の進化11

「トレーニングはちゃんとやってるんだろうね? 仙洞田君」

「はい、勿論です」

 午後11時、上馬公園。

 篠宮と戦った因縁の場所である。

 熱帯夜になるという予報通り、夜になっても蒸し暑い。

 時折吹き抜ける風が心地良かった。

『善は急げだ。早速今夜やろう』

 部活にて、先輩の鶴の一声で深夜の特訓が決定した。

 芝生広場の中央に、先輩と、その隣の正源司と向かい合って立つ俺。

 全員が特機の戦闘服――上は黒のTシャツではあるが――に身を包み、黒ずくめの集団になっている。

 端から見れば怪しい集まりだけど、当然のように公園の周辺には結界が張られていて、外の世界とは隔離されていた。

「結構だ。見た感じ随分と身体が引き締まってきたと思っていたが、なかなか効果が出ているようだな」

 満足そうな笑みを浮かべながら先輩が頷いた。

 夏休みに入ってからは更にハードになった先輩のトレーニングメニューだったが、これでも1日も欠かした事は無い。

 そのおかげで、天狗の山を登った時もトレーニングの効果はテキメンだった。

「俺もたまに付き合って指導してるんだから、そりゃ当然っスよ」

 そう言って、正源司が得意そうな顔を見せる。

 正源司の言う通り、俺のトレーニングに良く顔を出しに来る。

 まあたまに、というよりもほぼ毎日なんだが。

「フィジカル面の改善は順調、とくれば今度は霊力の強化だ。仙洞田君」

「はい」

「とは言っても、霊力の強化とは実は、地道にコツコツと訓練を続ける、というものでもない」

「え、そうなんですか?」

「意外に思うかも知れないけどね。例えて言うならそうだな……自転車に乗るようなもの、とでも言えば良いかな?」

「自転車、ですか」

「うん。乗るまでが大変だけど、一度コツを覚えれば後は簡単、みたいな感じさ。まあ補助輪をつけて徐々に慣れていく、というようなやり方もあるけど、そんな悠長にしている時間も無いだろう?」

「……確かに」

 時間は限られている。

 特に大典太の打ち直しは、日程はまだ決まっていないが、恐らくそう先の話では無いだろう。

「じゃあ早速始めようか。まずはそうだな……ふむ。仙洞田君」

「はい」

「君は自分以外の能力者や物の怪を感知する事は出来るか?」

「他の能力者……ですか?」

「そう。要するに霊力や妖力、瘴気と言った超常の力が”視える”か、という事さ」

「それは…………」

 出来ない。

「じゃあ霊的存在を視認する事は?」

「出来、ます」

「うん。そうだね。でも、おかしいと思わないか? 霊を見る事が出来るのに、感知する事が出来ないなんて」

「言われてみれば……」

 先輩の指摘通りだった。

 これまでいわゆる”いわくつき”の場所で何度か幽霊を目撃はしたけで、確実にその存在が居る、と分かった事は無い。せいぜい嫌な感じがする、程度だ。

「確かにそう言えばそうだよな。何で見えるのに分かんねーんだ?」

 正源司がふと思い出したように言った。

「何でなんだろう……先輩、何か原因があるんですか?」

「ある。ざっくり言えば、まだまだ五感に頼っている、という事だね」

「五感、ですか」

 先輩に指摘されて、俺は思わず自分の両の掌に目線を落とした。

「そう。君は視覚で対象を認識しようとしている。しかし、その目には霊力が込められているから、視認する事は出来るんだ。けど、視界に入らないものを視る事は出来ないんだよ」

「はっはーん、なるほど。そういう事っスか」

「視覚、で……」

「要は普通の人と同じなんだよ。能力を持っていても、使い切れていない。付喪神を顕現する事以外には、ね」

「じゃあどうすれば良いんですか?」

「簡単だよ。極端な話、目を閉じてみれば良いんだ。よし、やってみよう」

「え。やってみる、ですか?」

「うん。さ、仙洞田君、まずは目を閉じてみようか」

「は、はあ…………」

 先輩に促されるまま、目蓋を閉じた。

 結界の中に居るせいで、外の音もほぼシャットダウンされている状況。

 しんと静まり返る中、神経が研ぎ澄まされていく感覚に襲われる。

「どうだい? 何か変化はあったかな?」

「い、いえ、まだ何も……」

「ふむ。けど、ボクと正源司君の”気配”は感じるだろう?」

「ええ、それは」

「けどそれは、実はかすかな音を耳が拾ってきていたり空気の揺らめきなんかで存在を認識しているに過ぎない。普通の人と同じにね。だから、例えば数メートルでも離れな場所にでも潜まれれば、まず存在を認識する事は出来ないだろう」

 静かに話す先輩の声が、良く聞こえる。

「しかし、だ。それでもどこかから視線を感じたり、何となく”居る”ような感覚を覚える事もあるだろう?」

「はい、確かに」

「それは、実は五感以外の感覚によるものなんだ。第六感、などとも言われるものさ」

「それって…………」

「そう。実は霊力の働きなんだ。人は多かれ少なかれ、誰しもが特殊な力を持っている。だから訓練次第で能力を使う事が出来るんだよ」

「そう、だったんですか…………」

「マジっスか?」

 正源司が、今初めて知りました、見たいな素っ頓狂な声を上げる。

 いやお前は知っとけよ。

「うん。だから、だ。我流で、しかも付喪神にしか力を使えないという仙洞田君だが、しかし本当にもう後一歩、というところまで来ているんだ。きっかけさえつかめば、一気に化ける筈さ」

「そう、でしょうか……?」

 嬉しそうに先輩は言ったが、しかし俺は正直なところ半信半疑だった。

「ボクはウソはつかないよ。信じるんだ、ボクの言葉じゃなく、自分自身の力を。さあ、今度は霊的な目で視てみよう。ボクと正源司君の事を」

「どうやって、ですか?」

「言葉で説明するのは難しいな。けど、敢えてアドヴァイスするなら、イメージするんだ。自分の中で。視えないモノの姿を」

「視えないモノの………………」

 先輩の言葉は正直さっぱり分からなかった、が、糸口はつかめたような気がした。

 俺は一度経験している。

――イメージする。

 初めてお光を自分の意志で顕現させた時。

 あの時もそうだった。

 形の無いものに形を与えれば、その瞬間から確かな存在となる。

「良し…………」

 俺は目を閉じたまま静かに息を吐いて、これまで以上に神経を集中させ始めた。

よろしくお願いします。

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