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脚フェチな彼の進化10

「じゃあ今年の展示のテーマは”上杉謙信女性説特集”でいこう。他に何か意見は無いかな?」

 昨日に引き続き猛暑日になるという予報だった、快晴の今日。

 エアコンが設置されていない部室には、扇風機が一応置かれてはいるものの、正直送られてくる風は気休め程度の効果しか無い。

 ヒヒイロカネを手に入れた翌日。

 部活の為に学校に来てい俺。

 勿論桜木谷先輩と正源司も含めた計3人が揃っている。

「特にありません」

「俺も何でも良いっス」

「よし。じゃあ決まりだ。まあ資料に関してはボクの方でほぼ揃えてあるから、後は印刷とか展示のレイアウトを考えるだけで大丈夫だ。まあ夏休みの最終日直前くらいから用意すれば十分間に合うと思う」

 9月の学校祭では、名ばかりの部活とはいえ、我が日本史同好会も一応部活動の成果とやらを発表しなくてはならない。

 という訳で久し振りの部活が実施されている訳だ。

 時刻は午前10時30分。

 開けた窓からは、野球部を始めとする外部の威勢の良い掛け声が聞こえてくる。

 同年代ながら頭が下がる思いだ。

「しっかし上杉謙信って女だったんだな。知らなかったぜ」

「いや全肯定かよ。もっと疑えよ」

「え、何だウソなのか?」

「はは。そういう説もある、って事だよ。勿論相当マイナーで異端だけどね。月に一度定期的に腹痛に見舞われていたとか、彼のものとされている甲冑のサイズが随分と小さいとか、当時のスペイン国王に宛てられた書簡に女だと記されていたとかが根拠とされているんだよ」

「へえ。じゃあやっぱ女なんじゃないんスか?」

「だから素直すぎるだろ正源司」

 それからしばらく上杉謙信女性説で話が盛り上がる。

 結果ありの打ち合わせだったものの、案外良いテーマなんじゃないのか、これ。

「実際のところがどうだったか、というところは置いておくとしてもロマンがあるじゃないか。戦国時代を代表する有名な武将が、実は女性だった。なんてね。まあ言ってみればオカルトの類のような話さ。日ユ同祖論とかみたいな」

「ニチユ? 何スかそれ」

「何だ知らないのか? 正源司君。よし、今日は時間もあるしじっくりと説明してやろう」

「その前に先輩、俺から報告があります」

 先輩が目を輝かせながら身を乗り出したタイミングで、俺が待ったをかけた。

 この手の話をさせると、本当の意味で日が暮れてしまう。

 しかもこちらが話をちゃんと聞いていないと怒り出す始末だ。

「む、何だい仙洞田君。正源司君にも日本史同好会の一員として基礎的な知識を持ってもらわないと困ると思ってだな」

「ええ勿論それは大事ですが、それに匹敵するくらい大事な話なんです」

「……ふむ、良いだろう。では先に仙洞田君の話を聞こうじゃないか」

 机に乗り出した姿勢から、静かに元の体勢に戻った先輩。

 密かに胸を撫で下ろしながら、俺は話を再開させる。

「実は昨日ヒヒイロカネを手に入れました」

「何? それは本当か? 仙洞田君」

「オイオイマジかよ総一郎。どこでゲットしたんだ?」

「実は黒井さんの知り合いにコレクターの千明さんという方が居たんですけど――」

 それから昨日の出来事について、一部始終を語った。

 当然喜由のバトルについても詳しく説明した。

「何てこった、喜由たそがそんな大人な女になったのかよ……何で呼んでくれなかったんだよお前」

「そこかよ」

「しかし、これで遂に準備が整った訳だ。古井さんには伝えてあるのか?」

「ええ勿論。昨日の内に電話しました」

 それはもうもの凄い勢いで興奮していた古井さん。

 受話器越しに聞こえてくる声は、テンションが高すぎて心配になってしまうレベルだった。

 実際話の途中で過呼吸になりかけていた程だ。

「で、いつ打ってもらうんだ? もう鍔も懐刀も預けてあるんだろ?」

「ああ。日取りはまた改めて連絡をもらう事になってるんだ。何でも古井さんのお爺さんの力を借りなくちゃダメらしいんだよ。まだ古井さん1人ではヒヒイロカネを扱えないんだってさ」

 黒井さんが錬金術の類だ、と言っていたヒヒイロカネの鍛錬。

 その言葉の通り、どうやらヒヒイロカネを鍛える術というのは、秘伝中の秘伝らしい。

 あれから古井さんも刀を打つ訓練を続けているが、肝心のヒヒイロカネの取り扱いについては、まだ何も知らされていないとか。

「実際に打つ時に、初めて教えてもらえるらしい」

「へえ、そりゃ凄いな。どんな技なんだろう。一度拝見したいものだが」

「ホントに。ってか見れねえのか? それ」

「それが――」

 勿論俺だって興味はあるし、何よりお光と光世がどうなるか心配でもある。

 当然その場に立ち会いたいと申し出たが、

「一子相伝の秘術だから誰にも見せられないって。古井さん本人とお爺さんの2人以外シャットダウンなんだ」

「そうか。それは残念だが、まあ仕方無いだろうね」

 先輩はそう言うと、納得したような表情で頷きながら、ペットボトルのお茶を口に運んだ。

「となると、後はお前だけだな」

「はあ? 何だそれ」

 先輩に続いてペットのコーラを飲んでいた正源司が、いきなり訳の分からない事を言った。

「得物は十分パワーアップするんだろ? ならそれを使うお前はどうなんだ、って話だよ」

「俺は、か…………」

「ふむ、確かに正源司君の言う通りだな。付喪神がいくら強くなったところで、術者のレベルが元のままでは真価が十分発揮されない可能性もある」

 2人から鋭い指摘を受けて、俺は何も言えなかった。

 確かに、言われてみればその通りだ。

 天狗の浮舟との戦いだって、正直俺は何もしなかった。

 というよりも、何も出来なかった。

「よし、仙洞田君。となれば、やる事は1つだ」

「やる事、ですか?」

 俺が思い悩んでいると、おもむろに先輩が口を開いた。

「特訓、だよ。レベルアップの為の、ね」

 そう言って口端を上げる桜木谷先輩。

 お馴染みのメガネが、キラリと光ったような気がした。


よろしくお願いします。

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