脚フェチな彼のクエスト21
ざくざくと山道を踏みしめながら下山する。
デカいリュックを背負った喜由が先を歩いている。
その後ろ姿を見ながら、俺はついさっき目撃した九尾の本性を現した喜由を思い出していた。
銀色の髪を揺らす、妖艶な大人の女性。
その美しい姿に、一瞬妹である事も忘れて魅せられた。
「あのデカいおっぱい思いっきり揉みまくってやりたいと思いながら」
「思ってないよ。勝手にモノローグに割り込むな」
「まあそう照れんなって」
「照れるか。ったく…………」
おっぱい云々はどうでも良いが、目を奪われたのは間違い無い。
しかし、同時に、俺は味わった事が無い程の恐怖も覚えていた。
今みたいにおちゃらけた事を言う普段の喜由の面影は、どこにも見当たらなかった。
あれが、本当の喜由の姿なのか。
かつては悪逆非道の限りを尽くした妖怪だった、しかし、今は生まれ変わって更正した。
そう認識していたし、そこに疑う余地なんて無かった。
けど、かつての喜由は、確かにまだ存在している。
そして、喜由がその気になれば、いつでもその力を取り戻せる。
だとしたなら、俺は――
「なあ喜由」
これまでと同じように、喜由と接する事が出来るのだろうか。
「何だよ兄者、拙者とセックルなんて。誰も居ない山の中だからってぶっちゃけ過ぎだろ」
「接するだよバカヤロウ。シリアスな空気壊すな」
「シリアスなのは兄者だけでござる。何、まだビビッてんの?」
立ち止まり、振り返りながら言った喜由は、自然な笑顔を見せていた。
「ビビってるというか……分からなくなった。って言えば良いのかな。いや、不安になった、っていうのが正しいのか」
「何がよ」
「何がって、さっきのお前だよ。九尾の姿を取り戻した」
「ああ、あれね。あれでもまだ100パーじゃないよ」
「は?」
ケロリとした顔で喜由が言う。
「まあまだ殺生石に封印されてる状態だからね、拙者。だから100%昔の姿に戻るのは無理ゲー」
「え、じゃあ何か? さっきのあれでも本気じゃ無かったっていうのか?」
「ん~、まあそんな感じかな。だって髪銀色だったっしょ? 拙者の」
「ああ」
「ホントならあれ金色だから。もっとゴージャスな感じで」
「そう、なのか…………?」
「うん。あともうちょっとパイオツもデカい」
「お前やたらと胸にこだわるよな」
「いやー一番のセールスポイントかなーって」
「デカけりゃ良いってもんじゃないんだよ。お前は分かって無い」
「下らない事言ってんじゃないよ兄者」
「お前が……いや、話を戻そう。一体どうなってるんだ? お前は2号と3号と合体して元の力を取り戻したんじゃないのか?」
「そうなんだけど、殺生石の封印が解かれた訳じゃないから。まだまだ抑え込まれてる状態だよ。さっきのアレは、言ったら兄者の霊力で封印の効力を逆に抑え込んだ、って感じかな?」
「封印を、抑え込む?」
訳が分からなくなった俺は、喜由の顔を凝視する。
そんな俺の反応を見て、喜由がクスリと笑った。
「結局封印は悪い力を押さえるものだから、兄者の霊力には干渉しないんだ。だからそれを利用して、封印の効力をぐっと小さくしたって訳。でもセロには出来ないから、あれが精一杯」
「そうだったのか……で、あの状態で何割くらいの力だったんだ?」
「いや結構なもんだよ? 7割くらいはいってるかな」
「そうか…………」
右の人差し指を顎につけながら言った。
「お前が100%力を取り戻したって訳じゃないのは分かった。けど、あの雰囲気は本物じゃないのか? 正直あの殺気は尋常じゃ無かった。お前、本気で浮舟を殺そうとしてただろう?」
「あ~、うん。まあ。けどあれは仕方無いって。身内殺されそうになったんだよ? キレて当然っしょ。ってかあそこでキレなきゃ九尾じゃないでござる」
全く悪びれた様子も見せずに喜由が言った。
そのままくるりと踵を返して、スタスタと歩き出す。
「いやそうだとしても」
俺もその後に続いて歩きながら話を続けた。
「あの殺気と殺意は本物だった。だから不安になったんだ。実はあの時のお前が本当のお前なんじゃないか、って」
「だったらどうする?」
「は?」
「だから、九尾モードの拙者が本当の拙者だとしたら、どうする? って聞いたの」
少しスピードを緩めて俺の右隣に並びながら、チラリと横目で俺を見ながら喜由が言う。
まるで俺を試すかのような視線だった。
「どうするってそりゃ……………………」
そこで、俺は言葉に詰まってしまう。
ザクザクと土を踏みしめる音と蝉時雨だけが聞こえている。
「そりゃ、何? 答えらんない?」
からかうように喜由が言った。
上から見られているようで、俺は少しムキになった。
「そんな訳無いだろう。どうするかって、そりゃ決まってる。俺が根性叩き直してやるよ」
「何それ。出来るの? 兄者に」
「当然出来るさ。何せ俺はお前の兄貴だからな」
「兄貴だから、ねえ…………ちょっと瘴気に当てられただけで死にそうになったの、忘れてる?」
「忘れる訳無いだろう。それでも、だよ。絶対に昔のお前には戻らせない」
「無理だね。拙者がその気になれば、一瞬で兄者なんてあの世行きでござる」
「それは無い、絶対に」
喜由の挑発的な言葉を、俺は完全に否定する。
「へえ、自信満々じゃん」
「そりゃそうさ。だって俺がやられた事が引き鉄になったんだろ? 九尾の力を取り戻す。だったらもう答えは出てるじゃないか。お前に俺は殺せないよ」
「………………」
俺の言葉を聞いて、喜由が黙り込む。
そして、俺自身がその言葉で気が付いた。
喜由が、真実昔の悪い妖怪から生まれ変わったんだという事に。
「だから、いつだって俺が止めてやる。お前が暴走しそうになったら」
その言葉に喜由は返事をしなかった。
でも、俺には分かる。
喜由が、俺の言葉を聞いてホッとしている事が。
「調子に乗るなよ。たまたま、なんだからね」
「はいはい読心術読心術」
それから下らない事を話しながら、俺達は歩き続けた。
流石に帰りは下りだけあって、行きよりも時間がかからない。
軽く息が上がってきたところで、黒井さんの車が見えてきた。
よろしくお願いします。




