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脚フェチな彼のクエスト16

 既に浮舟が起こした風は止んでいる。

 しかし喜由の髪は、まるで風の中で踊っているようにゆらゆらと揺れていた。

 背中くらいの長さだったその茶色い髪は、地面に届きそうな程長くなり、そして、新雪のように、白くなっている。

『ふん。まあ、”今は”こんなもんか』

 その髪を一つまみつかんで、喜由がつまらなさそうに呟いた。

 その様子を、浮舟が空中に留まったまま、微動だにせず見下ろしている。

 あまりの変わりように魅入ってしまっているのか、それとも気圧されて動けずにいるのか。

 かくいう俺もその姿に圧倒されて、ただただ見ている事しか出来ずにいる訳だが。

 薄暗い異世界のこの地にあって、何よりも映える白銀の髪と同じ色の9本の尾。

 遠目で細部まではっきりとは見えないが、それでも身に纏う、緋色に金や紫その他極彩色の柄で彩られた着物は絢爛豪華そのもので、裾が地面にまで広がっている。

 そしてその姿を、喜由の周りを静かに飛び交ういくつもの拳大の青白い炎が、灯りのように照らしていた。

『何を呆けて見ていやがる。ほれ、こっちはもう支度を終えているぞ?』

 険しい表情で自分を見ている浮舟に向かって、喜由が笑みを含めたような口調で、挑発するように言った。

『だんまりかよ。俺の瘴気にあてられたか、はたまた恐れをなしたのか……まあどちらにしろ、締まらねえ真似はよしてくれよな』

 更に続けた言葉に、浮舟が一層眉を吊り上げて、そして勢い良く羽団扇を振りかぶり、

『調子に乗ってんじゃねえ!!』

 一気に振り下ろした。

 が、

「え……?」

 鎌鼬どころかそよ風の1つも起こらない。

 驚きの表情を見せた浮舟は、そのままもう一度羽団扇を振り回す。

 しかし、やはり風は吹かなかった。

『っく!』

 浮舟はムキになった様子で、それから何度も何度も羽団扇を振るうが、一向に風が巻き起こる気配は無い。

 そんな浮舟を、喜由はにやにやと笑みを浮かべながら見つめている。

『……どうなって、やがる?』

 しばらく同じ動作を繰り返して、ようやく浮舟がてを止めた。 

 そして、少し息を切らせながら、手にした羽団扇に視線を落とす。

『ふわ~あ。もう終わりか? 気が済んだかよ』

 そんな浮舟に、喜由があくびをしながら、いかにも退屈そうに問い掛ける。

『…………てめえ、何しやがった』

 その言葉に、浮舟がぎろりと喜由を睨みつけながら答えた。

『別にぃ? 何もしちゃいねえが?』

『ふざけるな。どうやって風を止めてやがる』

『だからぁ、何もしちゃいねえっての。ただ――』

 と、そこで意味ありげに言葉を止める喜由。

『ただ、何だ。もったいぶるんじゃねえ』

『ただ、俺の瘴気がお前とお前の羽団扇の神通力を飲み込んじまってんだよ。だから風は吹かねえ』

『バカな……』

『信じられねえってか? だったらこれでどうだ?』

 そう言うと、喜由の瞳が金色に染まって淡い光を放った。

 すると次の瞬間、

『え? わ、ちょ、うわあああああああああああ!!』

 空中にいた浮舟がいきなり落下した。

 そのままどさりと地面に打ちつけられる。

 咄嗟の事ではあったが何とか受け身を取って、また4・5m程の高さだった事もあり、右腕を抑えて痛みをこらえる様子を見せるものの、すぐに浮舟は立ち上がった。

『これで分かっただろ? もうお前に勝ち目はねえよ』

『そんな……お前、何者だよ…………』

『今更何だよ。ご存知なんじゃねえのか? 白面金毛九尾の狐。まあ色々あって今は”金毛”じゃあねえけどな』

 喜由はそう答えながら、1歩踏み出した。

 すると、それに合わせるかのように浮舟が後ずさる。

『所詮はまだまだ未熟な駆け出しか。半端者の分際で俺の身内に手ぇ出しやがるとは、身の程知らずも良いところだ』

『……どうするつもりだ』

『あん? さっき言っただろうが。灰も残さず燃やし尽くしてやるって――な!!』

 再び喜由の瞳が金色に揺れる。

 その刹那の後、浮舟を囲うようにして、青い炎が地面に円を描いた。

 直径5m程の円。

 その円周上に膝丈程の高さの炎が揺らめいている。

 中心に居る浮舟はそれでも気丈に喜由を睨み続けているが、自分の身にこれから起こる事を予想しているのか、明らかに顔色が悪い。

炮烙ほうらくってんだ。熱く無いだろう? この蒼い炎は俺の匙加減で熱さが変わるんだ。触ってもぬくい程度から岩をも蒸発させるくらいまで熱くする事も出来る。お気に入りの術さ。安心しろ。羽団扇は燃やさねえから』

『……妲己だっき

 絞り出すように浮舟が言った。

『かの国で悪逆の限りを尽くした化け狐。よもやその本物が出張ってきやがるとはな』

 忌々しげに、喜由を睨みながら続ける。

『ほう、随分懐かしい名前出してくれたもんだ。良く知ってるじゃねえか。けど、ちょっとばかり違うな。妲己はもうこの世には居ねえ。俺は言わば生まれ変わりだ。間違えるんじゃねえよ』

『そんな戯言、誰が信じるかよ。今のお前は、どっからどう見ても正真正銘、悪鬼羅刹の権化。悪名高い九尾の狐だ』

『ふん。まあ勝手に言ってろ。で? 他に何か言い残したい事はあるか?』

『………………天網恢恢疎てんもうかいかいそにして漏らさず。必ず天誅が下るぞ。覚悟しておけ』

『はっ、下せるんならな』

 嘲るような笑みを見せて、ゆっくりと右腕を持ち上げる喜由。

 炎の円に向けて掌をかざすようにして止めた。

『じゃあな、天狗』

 憐憫の情を欠片も見せない冷たい口調で言い放つ喜由。

 そして、三度喜由の瞳が金色に染まっていった。





 

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