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脚フェチな彼のクエスト15

 ゆさゆさと身体を揺さぶられ、加えて耳元で大きな声で呼ばれ続けている。

 いい加減眠っている事も出来ず、俺は重い瞼を上げた。

「あああ兄者あああ!? き、きき、気が、気が付い、た!?」

 ぼやけている視界。

 しかし、至近距離に喜由の顔があるのは分かる。

 目からポロポロと涙をこぼしてしるようだ。

 泣いている顔を見せるなんて珍しい。

 喜由の泣き顔なんて随分久しく見ていなかったな。

 最後に見たのはいつだっただろう。

 そうだ、確かあれは俺が小学校の一年か二年の頃だったか。

 家で倒れて病院に担ぎ込まれた時、にーににーにと俺の手を握りながら泣きべそをかいていたのが最後だった筈だ。

 今の喜由は、あの時と同じ顔をしている。

 大きくなってすっかり小生意気になってしまったが、やっぱり妹は妹なんだと思ってしまった。

「っつ!」

 その時、不意にチクリと痛みが走り、一気に意識が戻った。

 そして、自分の身に起こった出来事も思い出し、がばりと身体を起こした。

「ど、どうしたの!? まだ痛む!?」

 俺の顔を不安げに覗き込む喜由。

 どうやら俺は地面に寝かされていたらしい。

「い、いや、ちょっと痛かったけどもうそんなに、って…………傷、無くなってる……?」 

 右の脇腹を確認すると、ポロシャツとジーンズにはべっとりとした生々しい血の跡があるものの、傷自体は綺麗に無くなっている。

「これ、お前が、か?」

「うん。幸い斬られた傷だけだったから妖力で傷は塞いだ。だからもう大丈夫」

「そうか、助かったよ。ありがとう。俺どれくらい寝てた?」

「全然。血を見て倒れてすぐに傷治したから、ほんの2・3分くらい」

「2・3分………………」

 ものの数分程度の出来事だったようだ。

 正直死んだと思っていたが、実際にはそれ程でも無かったらしい。

「んな事は無いから。割と深手だったもん。内臓までイってたらマジでヤバかった」

「ホントか……」

 真剣な表情で言う喜由を見て、ポロシャツの避けた部分から脇腹を触ってみる。

 やはり傷痕らしいものは何も無く、元通りになっていた。

「まあ拙者がいるんだからそう簡単には死なせないけど…………」

 ポツリと呟くように言うと、喜由はゆっくりと振り返った。

「この落とし前はきっちりつけさせないとねえ………………」

 その視線の先には、未だ空中に留まっている浮舟の姿が。

 俺もその姿を一瞥して、そして視線を戻すと、

「お、おい、喜由?」

 さっきまで泣いていたとはとても思えない、怒りを露わにした喜由の顔が目に入った。

「お前どうするつ」

「兄者」

 毅然とした声で俺の言葉を遮る喜由。

「ごめん。最初からちゃんと戦ってれば、兄者を危ない目に遭わせる事は無かった」

「え? あ、ああ、いやでも、お前も一生懸命やってたじゃないか」

「違う」

 ピシャリと否定する。

「あたしが本気出せば”あの程度”の小者、瞬殺だから」

「は?」

「身の程を思い知らせてやる。あたしにたてついた上に、兄者を傷付けた。万死に値する暴挙だ」

「喜由、おま――」

 言いかけて、途中で声が出せなくなった。

 それは、俺も初めて見る喜由の表情だった。

 怒り。

 これまでも、喜由が怒った事くらいはあった。

 しかし、今回の怒りはまるで質が違う。

 明確な”殺意”を漂わせている。

 今までのように、どこか人を煙に巻くような飄々とした雰囲気は皆無だ。

 正直今の喜由には俺ですら声をかけるのを躊躇ってしまう。

 それだけ剣呑とした表情を見せていた。

「兄者」

「っ! はい」

「ここから動かないで」

 すっと喜由が地面を指差した。

 つられて下を向くと、いつの間にか俺と喜由を囲うように、地面に円が描かれている。

「結界。ここならさっきくらいの鎌鼬でもビクともしない。絶対に動かないで」

「…………分かった。なあ、あんまりムチャするなよ、喜由」

 喜由は俺の言葉に、黙って頷いて応えた。

 そしてそのまま踵を返し、浮舟に向かって歩き出した。

 遠ざかる喜由の後ろ姿を見て、また俺は不安を覚えていた。

 しかし、それは喜由や俺が傷付く事に対する不安では無い。

 さっき喜由が見せていた殺意が、暴走するのではないのか、という事に対して。

 やがて喜由は浮舟の下に辿り着く。

 俺は感覚を喜由とシンクロさせて様子を窺う事にした。

『よくもやってくれたな』

『…………すまん。人間に手ぇ出すつもりは無かった。これは俺っちの失態だった』

『謝って済む事と済まない事がある。あたしだけならまだしも、兄者を傷付けたのは明らかに済まない事だ。覚悟は出来てるんだろうな?』

『いや勿論お前の怒りももっともだ。相応の償いはさせてもらう。羽団扇はやれんが代わりに――』

『どうでも良い』

『何?』

 喜由の返事に、宙に居る浮舟が怪訝な表情を浮かべた。

『どうでも良いっつってんだ。羽団扇なんざ』

『…………お前、誰だ……?』

 堪らず浮舟が問い掛ける。

 それほどまでに、喜由の纏う空気は変わっていた。

『そこそこで留めておいてやろうかと思ってたけど、ヤメだ』

 それは、離れた場所で見ているだけの俺でも、震えが走る程。

『八つ裂きにして灰も残さずに焼き尽くしてやる』

 それ程の、圧倒的なプレッシャーを放っていた。

『覚悟は良いか? 天狗。答えは聞かねえがな』

 次の瞬間、喜由の姿が突如として炎の渦に包まれた。

「喜由!?」

 焦って喜由の名を呼んだが、感覚を通しても炎の熱は伝わって来ない。

 浮舟の攻撃では無いようだ。

 やがて炎は消えて、再び喜由が姿を現したが、

「え………………?」

 そこには、さっきまで俺が見ていた喜由の姿は無かった。

『狐、それがお前の本気か……』

『さて、な。確かめてみな、身を持って』

 さっきまでどころか、俺の知っている喜由の姿では無い。

『さーて、ファイナルラウンドだ』

 白面金毛九尾の狐。

 伝説の大妖怪が、今まさに目の前に顕現していた。


よろしくお願いします。

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