脚フェチな彼のクエスト13
「喜由!!」
見えない刃で脚を斬り裂かれた喜由は、痛みに顔を歪めながらも懸命にその場に立っていた。
『カマイタチ、ね…………またありきたりな技を……』
しかし喜由のその言葉も、強がりにしか聞こえない。
そんな様子を見て、余裕の笑みを見せた浮舟。
容赦無く羽団扇を振りかぶった。
「まだまだ行くぞぉ!!」
再び勢い良く腕を振り下ろす。
そこからは、一方的な展開になった。
羽団扇が起こす暴風。
戦いの場には激しい風が吹き荒れて、その全てが不可視の刃となり、縦横無尽に喜由へと襲い掛かる。
少しずつ、しかし、着実に喜由の身体に刻まれる裂傷。
特殊な繊維で編まれ、しかも強力な霊的補助も施された特機謹製の戦闘服も、浮舟の繰り出す鎌鼬によっていとも簡単に斬り裂かれている。
勿論喜由もただ刻まれるがままになっている訳では無い。
俺の目には見えない風の刃も、浮舟の異能を帯びたそれはやはり自然の風とは異なるようで、喜由の目にははっきりと映っているようだ。
次々に襲い掛かってくる風刃の悉くを、驚異の身体能力で見事にかわし、時には拳や蹴りで撃ち返してもいた。
しかし、その凶風に加えた浮舟の直接攻撃もあった。
それまでも互角以上の戦いだったところに、四方から襲い来る斬撃が加わったのである。
いかに喜由が神懸かった動きを見せようとも、その身に刻まれる傷は増える一方だった。
致命の一撃は受けてはいないものの、じりじりと、確実に追い詰められつつある。
――もういい、やめてくれ……!
そんな惨状をみて、堪らず感覚でつながっている喜由に、再三呼び掛けた。
しかし、喜由からは返事が返ってくる事は無く、その瞳には闘志を宿らせたままで。
仕方無く、忸怩たる思いを抱えながら戦闘の行く末を見守るだけの俺。
腕や脚のあちこちから血を流す喜由の姿を見て、俺は自分が傷つけられているかのような感覚に襲われていた。
ともすれば、今にも泣き出しそうですらある。
でも、痛い思いをしながら懸命に戦っているのは、他でも無い喜由自身だ。
そして、その喜由が、まだ戦い続ける事を望んでいる。
涙が零れないように、俺はぐっと歯を食いしばって、一瞬も見逃さないよう戦場をただ見つめた。
数え切れないほどの風刃をしのぎ、また大きく一つ風を弾いたところで、不意に猛攻が止まった。
およそ10mの間合いを開けて対峙する喜由と浮舟。
浮舟は、変わらず宙に浮いたままだった。
攻撃が収まった事で緊張の糸が切れたのか、遂に喜由ががっくりと地面に片膝をついた。
「喜由!?」
その様子に、思わず俺は声を上げた。
『流石のお前もここらが潮時のようだな。まあ良くやったよ。俺っちに羽団扇を使わせただけでも大したもんだ。ま、音に聞こえた白面金毛がこの程度だったのかって思いはあるがな』
既に勝ちを確信しているのだろう。
悠然と空中で腕組みをしながら、文字通り見下ろすように浮舟が言った。
『さ、降参しろ。狐。別に俺っちは命まで取ろうってつもりはねぇんだ』
しかし、喜由は返事をしない。
少しの間、沈黙が続いた。
『どしたい、狐。痛みで口がきけねえのか?』
再度浮舟が呼び掛ける。
すると、俯いていた喜由が、ゆっくりと顔を上げた。
その顔は、
『いつから自分が勝ったと思ってた?』
笑っていた。
『何だと?』
『実力伯仲の戦いの中、敵が切り札を見せて形勢が傾きピンチになる。んでさあいよいよお終いか、って土壇場で秘められた力が解放されて一気に逆転サヨナラ。ワンパターンだけど、でもこうでないとカタルシスが無いってもんよ』
『この期に及んで何を言ってや――』
浮舟の言葉の途中、喜由の姿が消えた。
そして、
『いつから狐は飛べないって思ってた?』
滞空していた浮舟の背後に現れる。
驚愕に満ちた表情で慌てて振り返る浮舟。
次の瞬間、喜由の回し蹴りで地面へと叩きつけられた。
『白面金毛がこの程度だったのかって、んな訳無いっしょ』
そう言いながら、喜由がすーっと地面に舞い降りる。
そして、再び腰だめに拳を固めて構えを取った。
その視線の先、およそ5m。うつ伏せで地面にうずくまっていた浮舟が、ゆっくりと身体を起こした。
『てめぇ…………やってくれたなぁ………………』
『ラウンド2、行ってみよっか』
激闘が再開した。
やおら羽団扇を豪快に振り抜いた浮舟。
間髪入れず風が荒れ狂い、喜由を目掛けて不可視の風刃が殺到する。
しかし喜由は微塵もたじろぐ事無く、まっすぐに浮舟目掛けて駆け出していた。
襲い掛かってくる鎌鼬を、最小限の身体の動きでかわし、叩き落とし、全く危なげなく瞬く間に間合いを詰める。
『っらぁ!!』
凄まじい震脚と共に正拳を放つ喜由。
『っち!』
それを空中に舞い上がってよける浮舟。
そのまま再び羽団扇を振るった。
しかし風が届くその前に、既に喜由は姿を消している。
無数の鎌鼬が地面を抉るのと同時。
空中の浮舟の目と鼻の先に現れて、再び正拳を見舞った。
「凄い……」
戦いの流れは、一気に喜由へと傾いた。
最早飛行というアドバンテージが無くなった浮舟は、とことん近接戦闘を仕掛けてくる喜由に対し、後手に回りつつあった。
羽団扇を使わなかった、さっきまでの戦いの方がまだマシだったように感じる。
明らかに、その得物に頼りきっている印象だ。
喜由もそれを見抜いているんだろう。
いかに四方八方から斬撃が襲って来ようが、それをかわして防ぐだけの能力が喜由にはあり、そして攻撃もそれだけに固執している。
今度は逆に、喜由が浮舟を追い詰める番だった。
『ぐ……っは!!』
空中で喜由の足刀が浮舟を捉えた。
浮舟の小柄な身体が地面に落ちるのを見届けて、喜由もゆっくりと降りてくる。
そして、静かに歩を進めて、4・5m程の距離で立ち止まった。
『くっそが…………』
口元の血を拭い立ち上がりながら、浮舟が怨嗟の言葉を漏らす。
『まだやる? 浮舟ちゃん殿』
『あたりめぇだ。ここまでコケにされて黙って引き下がれるか。正直ここまで追い詰められるとは想像もしてなかったぜ』
『ま、相手が拙者だからね』
『俺っちも負ける訳には行かねぇ。こうなったら奥の手を出すが悪く思うなよ』
『おいおい、わざわざ敵に向かって必殺技出します宣言は無いでしょ』
『悪ぃが軽口には付き合ってられねぇ』
そう言うと、浮舟の雰囲気が変わった。
殺気。
はっきりとした敵意が、喜由に向けられている。
喜由も警戒したのか、さっと表情を引き締めて、半身になって構えた。
『身の安全は保証しねぇからな。覚悟しろよ』
これまで見せた事の無い、厳しい表情で喜由を見据えながら、浮舟が言った。
そのただならぬ気配に、消えた筈の不安が、また俺の中で大きく膨れ上がってきた。
よろしくお願いします。




