脚フェチな彼のクエスト11
小柄な喜由の身体が飛んでいく。
瞬く間。
しかし、その光景は、まるでスローモーションのように見えた。
右脚を真横に突き出すように、喜由を蹴り抜いた姿勢のまま止まっていた浮舟が、ゆっくりと脚を戻してその場に佇む。
良く天狗の外見として高下駄を履いている姿が描写されるが、今の浮舟は素足だった。
反射的に喜由の名を叫んだ俺は、しかしその後身じろぎ一つする事が出来ず、ただただその場に固まっている事した出来なかった。
「うおーこえー。いきなり縮地使ってくるとか初っ端からガチっすわあの天狗」
その声は、俺のすぐ隣から聞こえて来た。
「!?」
弾かれるように振り向く俺。
そこには何故か、腕組みをしながら訳知り顔でふんふんと頷いている喜由が居た。
「お、まえ…………ええ? 何――」
「ふふふ、狐は人を化かすのが得意なんでござる。ほれ」
そう言って喜由が指を差す。
その方向に顔を向けると、確かにさっき吹き飛ばされて地面に横たわっていた筈の喜由の姿は無く、代わりに何やら陶器の破片のようなものが散らばっていた。
「忍法変わり身の術でござる」
得意気な表情をしながら、顔の前で印を組んで見せる喜由。
俺は何だかガックリと力が抜けてしまった。
「ビックリさせるなよ…………てっきりやられたかと思ったじゃないか。一体何と入れ替わったんだ?」
「ジジイん家にあった何か古臭い壺。密かに持ってきてたんだ~」
「えっ」
「んじゃ行ってくるわ」
爆弾発言を残して、再び喜由は天狗の下へとスタスタ歩いて行ってしまった。
ヤツはとんでもない物を盗んできていたのではないだろうか。
俺は別の意味で背筋がヒヤリとした。
『あれを避けるたぁやるな、狐』
『常識っしょ。あのくらい』
『面白ぇ。じゃあこっからはこっちも本気で行ってやる』
グルグルと考え事をしていると、不意に2人の会話が聞こえて来た。
慌ててそちらに視線を戻すと、浮舟が真横に左腕を突き出している。
するとその直後、パッと一瞬光が放たれ、どこからともなく現れた錫杖が浮舟の左手に収まっていた。
スッと持ち上げて、ドンと地面に突き立てる。
先端についた金輪が、シャラン、という凛とした音を響かせた。
『覚悟は良いか?』
錫杖をゆっくりと両手で構える浮舟。
対する喜由も、静かに右脚を引いて半身になって構えを取る。
そして言った。
『悲しいけどそれ、負けフラグなのよね』
その喜由の言葉を合図に、戦闘が再開した。
自分の身の丈よりも大きい金属製と思わしきその錫杖を、しかし浮舟は軽々と、もの凄い速さで横薙ぎに振り抜く。
喜由は素早く後ろに跳んで、何なくその一撃をかわした。
『っらぁ!!』
しかし浮舟は振り抜いた錫杖を器用に頭上で一回転させると、そのまま一気に間合いを詰めて、今度は脳天から勢い良く振り下ろす。
その攻撃を、逆に間合いを詰めて僅かに身体を逸らすだけで避けた喜由。
目標を捉え切れなかった錫杖が地面を穿つ僅かな間に、攻撃に転じた。
『うっりゃあああああ!!』
半身で錫杖をかわした喜由は、そのまま身体を回転させて、振り下ろした体勢で頭が下がっている浮舟の、まさにその頭部目掛けて後ろ回し蹴りを繰り出した。
『ふっ!』
振り下ろした錫杖を一瞬の内に引き戻して、防御の構えを取る浮舟。
が――
『かはっ!?』
身体が”く”の字に曲がって吹き飛んだ。
「何だ!?」
思わず声を上げた俺の視線の先。
後ろ回し蹴りを放った筈の喜由の姿が朧に消えて、代わりにその反対側に、まるで最初の浮舟が見せたような、真横に左脚を突き出すような体勢を見せる喜由の姿が現れた。
恐らく、さっき見せたあの変わり身の応用だろう。
浮舟の攻撃を避けたあの時には、既に俺と浮舟は、喜由の術中に嵌まっていたに違いない。
完全に不意を突かれて、完璧なカウンターを喰らう事になった浮舟。
しかしすぐに体勢を立て直して、再び錫杖を構えて喜由に殺到する。
『やってくれたなぁ狐ぇ!!』
あっという間に数メートル程の間合いを詰めて、矢のような突きを放った。
しかし喜由、その攻撃も危なげなくかわし、再び反撃に転じる。
浮舟は放ったその速度のまま錫杖を引き戻して、突きで迎撃しようとして、しかし急に身体を半回転させたかと思うと、直後、ガキンという金属を叩く音が響いた。
そこには、さっきと同じように、足刀を繰り出した喜由の姿が。
今度は錫杖が、しっかりとその攻撃を防いでいた。
『同じ手が通じるとでも思ったか?』
『まっさかー』
その言葉と同時。
浮舟の背後に、もう1人の喜由の姿が現れて、がら空きになっている背後から、後頭部を狙った上段蹴りを放つ。
――これも陽動か!?
そう思った瞬間、
『ちっ!!』
舌打ちをしたのは喜由だった。
左の上段蹴りを入れようとした喜由だったが、逆に両腕を交差させて浮舟の左の上段蹴りを受け止めている。
そのまま2・3m程跳んで間合いを広げた。
『思ってたんじゃねえか、やっぱり。狐の浅知恵だな』
ゆっくりと脚を下ろしながら浮舟が言う。
『べーっだ。案外やるねっ』
舌を出して言い返した喜由。
対峙する2人は、再び互いに構えを取った。
そして数瞬の後、同時に動いた。
彼我の距離が、一瞬でゼロになる。
顔面を目掛けて放たれた鋭い錫杖の突きを、喜由は紙一重でかわしながら、逆に右拳で浮舟の顔面を狙う。
浮舟はそのカウンター攻撃を、突き出した錫杖を引き戻しつつ水平に振り抜いて迎え撃つ。
突き出そうとした右拳を寸前で止めて、深々とお辞儀をするかのように身体を畳んで、喜由はその一撃をかわした。
「凄い…………」
そこからの喜由の動きに、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
横薙ぎに振り抜かれた錫杖を避けた喜由は、そのまま身体をコマのように回転させて、左の後ろ回し蹴りを、浮舟の頭を狙って放っていた。
『喰らうかよ!!』
錫杖を振り抜いた直後で体勢を崩していた浮舟だったが、しかしその渾身の蹴りを後ろに跳んでかわしながら錫杖を振り上げて、完全に姿勢を崩している喜由を目掛けて思い切り振り下ろした。
「喜由!!」
地面と平行に横向きになっている喜由には、到底防ぎようの無い、容赦無い攻撃。
再びスローになって見える。
最悪の結末が頭をよぎり、本能的に目を閉じようとしたその瞬間。
後ろ回し蹴りを放った喜由の身体は回転を止めず、今度は軸足になっていた右足が跳ね上がった。
『こっちも……喰らうかー!!』
喜由の雄叫びと共に、錫杖がコンバットブーツに弾かれて、金属を打つ音が響き渡った。
浮舟は弾かれた勢いのまま後ろに跳んで間合いを広げる。
喜由も地面に崩れ落ちそうになりながら、左腕1本で体重を支えると、ひらりと跳ね起きてその場で腰だめに拳を固めて構えた。
一瞬の交錯で繰り広げられるハイレベルな近接戦闘。
片や重量感のある錫杖を棒切れでも振るうが如く、身軽に振り回す浮舟。
片や無手のハンディを一切感じさせない華麗な動きで、時に武器を持つ相手を凌駕さえして見せる喜由。
目の前で繰り広げられる戦いは、俺のような駆け出しの能力者には、一切立ち入る事の出来ない、別次元の様相を呈していた。
よろしくお願いします。




