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脚フェチな彼のクエスト10

 一気に場の空気が緊迫したものになった。

 あぐらをかいて対峙している2人。

 片や挑発するように笑みを浮かべる喜由。

 そして可愛らしい顔を歪めてその喜由を睨みつけている浮舟。

 こうなる事は想定していたとはいえ、やはり実際に喜由が戦いの場に赴くとなると、これまで経験してきた戦闘の場面とは違った緊張感で息が詰まりそうになってきた。

「さーて、と。じゃあぼちぼち表出るかにゃん」

「待ちやがれ」

 立ち上がろうとした喜由を、浮舟が制した。

「このまま表で暴れたらエラい事になっちまう。今用意する」

 すると、浮舟はあぐらの姿勢のまますっと背筋を伸ばして目を閉じた。

 そしてそのまま両手を横に広げて、

「ふっ!」

 目を開けると同時に短く息を吐き出しながら、勢い良く顔の前でパチンと両手を合わせた。

 いわゆる合掌の形である。

「!」

 直後、俺は得も言われぬ違和感を覚えた。

「結界でござる?」

「いや違う。俺っちとお前が暴れたら辺りがズタボロになっちまうだろ。俺っちはこの山が気に入ってんだ。だから神通力でちょっとした異界と位相を取り換えたんだよ」

「へえ、中々やるじゃん」

 本気で感心したような声を出す喜由。

 正直なところ、中々、なんてものじゃ無いと思っていた。

 特別な呪文を唱えた訳でも、大掛かりな仕掛けを駆使した訳でも無い。

 それなのに、いとも簡単に、この場所をいわゆる並行世界へとつないでしまったという事だ。

 しかも建物、いや、恐らく周辺の土地も丸ごと。

 天狗の中でも最高位とされる大天狗では無いという事だったが、その底知れない力に俺は背筋が凍るような思いだった。

「さて、んじゃ表出るか。おい小僧、お前も来いよ」

「は、はい」

 すっかり蚊帳の外だった俺も、呼ばれるままに外へと出た。

「これは………………」

 引き戸を出て外の景色を見ると、辺りの風景が一変していた。

 鬱蒼と生い茂る木々や砂利や石畳が敷いていない境内はどこにも見当たらない。

 ただ、小さい木製の鳥居だけは何故かついてきているようで、自己主張するかの如く静かに佇んでいる。

 その他には何も無い剥き出しになった土の平らな地面が延々と続いていて、空は不気味な紫色だった。

「うっひょー。精神と時の部屋みたいでござる~」

 右手をかざしながら、キョロキョロと辺りを見渡して暢気な事を言っている喜由。

「さーて、狐。ここだったら周りを気にする必要はねえ。存分に暴れてみろ」

「おーけーおーけー。あ、そうだ。ちょっち待ってて浮舟ちゃん殿」

「あん? 何だ?」

「いや折角だからさ。お召替えしてこようかと。すぐ戻るから」

 そう言うと、ててっと神社に向かって駆け出した喜由。

 そのまま引き戸をガラリと開けて中に入り、すぐにピシャリと戸を閉じた。

 何も言う間もなく取り残された浮舟と俺。

 後ろ姿を見送った浮舟はくるりと俺の方に顔を向けて、どういう事だ、と言いたげな視線を向けてくるが、勿論俺も何がなんだか分からない。

 仕方無く黙って首を横に振って応えておいた。

「ごめんごめーん。おっ待たせでござるー」

 しかし、喜由は言葉通りものの2・3分で戻って来た。

「お前、それ持ってきてたのか?」

「おうよ。こんな事もあろうかと思ってね」

 喜由は、特機のユニフォームとも言える、黒一色の戦闘服に身を包んでいた。

 しかも足元はご丁寧にも編上げのコンバットブーツまで履きこんでいる。

「だからあんなにデカいリュックだったのか…………荷物重かっただろ」

「女はなあ、オサレの為だったら身体張んだよ。覚えとけ、兄者」

 不覚にも、何かちょっとカッコいいセリフだと思ってしまった。

「よっしゃ。んじゃそろそろおっ始めるか」

「ちょっと待ってって。何でそうせっかちかなあ。別に拙者は逃げも隠れもしないっての」

「んだよ早くしろよ。こっちゃさっきからイライラが募ってんだ」

「はいはい。おい兄者」

「何だ」

「手ぇ出して」

「手?」

 急な申出に訝しみつつ、俺は喜由の目の前に右手を差し出した。

「違う違う。逆。左手」

「何なん――」

 と、そこまで言いかけた途端、

「がぶ」

「痛った!! おい喜由何をするだー!?」

 おもむろに左手の薬指に、喜由が噛みついた。

「ひょっほひうかにひてて」

「静かにってお前オイ!! ……って、あれ?」

 薬指をきつく吸われる感じがするな、と思ったと同時、急に眩暈がして視界がグラついた。

「っしこんなもんかにゃ? ご苦労、兄者」

「お……い、お前、何、したんだよ…………」

「ああ、ちょっと霊力をね。いつもより多めにいただいたんでござる。おみっちゃん殿とおねえちゃん殿の分ぷらすあるふぁ」

「何で急に……」

「ドーピングに決まってんじゃん。一応念には念を入れてって、ね」

 ぱちっとウインクをして見せる喜由だが冗談じゃない。

 いきなり霊力を吸われた俺は、酷い虚脱感でそのまま地面に座り込んでしまった。

「おい狐ー。てめえその小僧に何したんだよー」

 遠巻きに俺達の様子を窺っていた浮舟が、怪訝な表情を浮かべながら尋ねてくる。

「ああーっと何でもない何でもない。ウチの兄者貧血気味だからさ、ちょっと校長先生の話が長くて気持ち悪くなっただけ」

「訳分かんねえ事抜かしてねえでさっさとしやがれ。いつまで待たせる気だ」

「そうイライラしなさんなって、もう準備出来たから。んじゃ兄者、階段とこででも座って休んでてちょうだい。行ってくるから」

「……気を付けろよ。大丈夫だとは思うけど、ムチャはしないでくれ」

「あいよ。ったくシスコンなんだから兄者」

 そう言って、クルリと俺に背を向けて歩き出す喜由。

 俺はその後ろ姿を見送りつつ、神社の階段へと向かった。

 浮舟は神社の建物を壊したくないのか、結構離れたところに立っている。

 距離にして20m近くはありそうだ。

 流石にこの距離では会話なんかは聞こえないだろう。

 鳥居のもう少し向こうで待つ浮舟の下に、喜由がようやく辿り着いた。

 向かい合って対峙している2人。

 2・3mくらいの間合いがありそうだ。

 俺は意識を集中させて喜由の感覚にシンクロさせる事にした。

『いやいやお待たせしちゃいました』

『待たせ過ぎだ馬鹿野郎。侘びはきっちりと身体で払ってもらうぜ?』

『いや~ん何かその言い方エロい~』

『言ってろ。取り敢えず細けぇ取り決めは無しだ。どっちかがぶっ倒れて動けなくなるか降参するか、それまでは勝負は決まらねえ。良いな?』

『無問題でござる』

『得物や妖力の類も構わず使えば良い。俺っちも使うかも知れねえ。良いか?』

『もっちろんでござる』

『んじゃ始めるか』

『おっけーい。じゃあ超久々に暴れてやるかな…………ん!』

 言い終わると、喜由は両の拳を握り締め、少し身体を屈めて構えた。

 すると、紫色の淡い光が喜由の身体を包み込み、目に見えてその外観が変化していく。

『ほう…………狐の本領発揮ってか』

 喜由の茶色の髪が更に明るい色になり、ふさふさとした狐の耳が頭に生えている。

 そして尻には立派な尻尾も。

『ふふん、本領、にはまだ早いにゃん。取り敢えず尻尾3本で様子見さっ』

『はっ、とことん舐めてくれる。後悔すんなよ?』

『いやいや。女は後悔してな――』

 しかし、喜由は最後まで言葉を続ける事が出来なかった。

「喜由――――――!!!!」

 一瞬の内に喜由の眼前へと迫った浮舟が繰り出した蹴りに、冗談のように吹き飛ばされていたからだ。

 

 




 


よろしくお願いします。

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