脚フェチな彼のクエスト3
立ち並ぶ木々に光を遮られ、薄暗くなっている山道をガタガタと揺られながら登って行く。
どこまで行くんだろうと、若干心細くなったところで急に道が開けた。
「よーしお疲れさん。到着だ」
山道の途中に忽然と現れた開けた空間。
そこには古びたいかにも農家な造りの一軒家が建っていて、そして中々の広さの畑もあるようだった。
エンジンを止めて黒井さんが車から降りた。
俺と喜由も後に続く。
辺りは特に砂利やコンクリートが敷いてある訳でなく剥き出しの大地のままだったが、雑草の類は目立っておらず、手入れは行き届いているようだった。
3人で玄関に向かってあるき、到着したと同時に黒井さんが年季の入った引き戸をガンガンと叩く。
「おーいじいさん。来たぞー」
その後何度か黒井さんが声を掛けたが、しかし中からは何の返事も無かった。
玄関先を観察してみると、呼び鈴は見当たらず表札も出ていない。
そのまま待つ事しばし。
中から人の気配が近付いてきたと思ったら、すりガラスの引き戸越しに人影が見えた。
その直後ガチャガチャと鍵をいじる音がして、ガラリと戸が開けられた。
そこに居たのは、頭がつるりと禿げ上がっていて、顔は全体に深い皺が刻まれて少し頬が緩んでいる。
背中が丸い為か、小柄な体躯が更に小さく見えて、喜由よりも小さく感じる程だった。
「ようじいさん。来たぜ」
「………………入れ」
老人は思ったよりしっかりとした低い声で無愛想な返事をして、すぐに背を向けて家の中に入ってしまった。
「さ、行くか」
何となく気圧されていた俺は、黒井さんの言葉で我に返った。
「おっじゃまっしまーっす」
「お、お邪魔し――って喜由、脱いだ靴くらい揃えていけよ」
俺の言葉をシカトしてぺたぺたと素足で廊下を進んでいく喜由の後ろ姿を見つつ、アイツの履いてきたピンクのクロックスを揃えて俺も家に上がった。
見た目通り家の中はやはり広く、いかにもな農家の造りになっている。
気配を頼りに2人の後を追い、やがて床の間に辿り着いた。
「いやー久々に来たけど相変わらず辺鄙なとこだよなー。来るのに時間かかってしょうがねえよ」
「ふん。来てくれと頼んだ覚えも無いがの」
「はは違えねえ。お、何だよフェチ男君。そんなとこ突っ立ってないでこっち来て腰下ろせよ」
「は、はあ」
何となく居心地が悪く床の間の入ったすぐのところで立ち尽くしていたが、黒井さんに着席を促された。
それならと足を踏み出そうとしたところで老人にじろりと一瞥されたものだから、思わず固まってしまう。
しかしすぐに俺への関心を失くしたのか、すぐに視線を元に戻した。
「失礼します」
戸惑いつつも、部屋の中へと歩を進める。
そして黒井さんの隣に腰を下ろした。
上座に老人が座り、座卓を挟んだ向かいに俺・黒井さん・喜由の3人が並んで座っている構図だ。
そして訪れる沈黙。
俺はそれを誤魔化すように、部屋の中をぐるりと見回した。
床の間の壁に掛かっている水墨画の掛け軸と、その前に置かれた古めかしい土色のシンプルな壺。その横の棚には香炉と思わしきものや、埴輪らしきものまで見える。
骨董品の価値なんて見当もつかないズブの素人だけど、どれを取っても一級品の価値がるものだろうという事は想像に難く無かった。
そもそもこの目の前にある座卓だって、艶々に黒光りして天板には風流な華の絵があしらわれていて、それだけでお高いもののように見える代物だ。
「さて、と。じゃあ取り敢えず紹介だけしとくかな。フェチ男くんに妹ちゃん、こちら蒐集家の千明弘蔵さん、通称じいさん。見ての通り偏屈な年寄りだ。んでじいさん、こっちのメガネ男子がウチの新人の仙洞田君で、こっちの可愛らしいのが仙洞田君の妹の喜由ちゃん」
「初めまして。仙洞田総一郎と申します」
「この世に舞い降りた奇蹟。さいかわエンジェルJC喜由たそってのはアタイの事さっ。惚れるなよ?」
「…………ふん、どうでも良いわい。で? ヒヒイロカネをどうこう言っていたようじゃが、こやつらがそうなのか? 黒井の小倅」
喜由のトリッキーな自己紹介にも眉一つ動かさず、千明老人は早々に黒井さんに話を振った。
「まあそんな慌てなさんなって。まずは茶の一杯でも飲ませてくれよ。どうせ来客なんて久し振り過ぎなんだろ?」
「客? お前らが圧し掛けてきただけじゃろ。別に呼んだ覚えも無いわい」
「ふふ、ま、良いか。すまんなフェチ男君。いつもこんな感じで話をはぐらかされるんだ。気ぃ悪くしないでくれ」
「あ、いや、俺は別に」
「拙者も全然。むしろじいさんの余計な身の上話とか聞かされなくて済みそうでラッキーでござる!」
「おい喜由。いくらなんでも言葉が過ぎるぞ。ちゃんと謝れ」
たまらず注意する俺。
しかし、
「どうでも良いわい。で? ヒヒイロカネが何じゃと?」
千明さんは全く気にする素振りも見せず話を進めた。
「ああ、確か持ってたよな? じいさん」
「持っとる」
「わーお。んじゃ拙者にちょーだいな?」
「断る」
「出た!! 断る!! だが断るってか!? ジョジョネタがどこでも通じると思ってんのか!? お前それ言いたいだけちゃうんかと!!」
何故かヒートアップして千明さんに絡む喜由。
「喜由、喜由落ち着け。ややこしくなるから話に入ってくるな。しばらく息止めててくれ」
「ふん。何が嬉しくて、初めて会うどこの馬の骨とも分からんよう連中にワシのお宝をくれてやらにゃならんのじゃ」
「んだとこの老害!! その目はビー玉以下か!? 目の前に居るマジカワ天使過ぎるJC喜由たそ捕まえて馬の骨ぇ!? アタイに会えただけでも長生きした甲斐があったってもんだぞこの野郎!!」
「だからお前は黙ってろって言ったろ? ほら、この源氏パイでも食べて大人しくしてろ」
「お、何だよ良いモンもってんじゃん兄者。そんなのあんなら早く出してくれよな」
更にヒートアップした喜由に、密かに用意してきた源氏パイの大袋を手渡した。
狙い通りパイに夢中になって、一気に喜由は静かになる。
こんな事もあろうかと準備してきて良かった。
「妹が失礼しました。しかし千明さん、俺達にはどうしてもヒヒイロカネが必要なんです。何とか譲っていただけないでしょうか」
「……小僧、お前さんにどんな事情があるのかは知らんし知りたいとも思わん。じゃがの、今日初めて顔を合わす相手に気前良く物をくれてやる輩なんぞ、下心のある悪党か親の財産を食いつぶす為に生まれてきた金持ちのドラ息子くらいのもんじゃ。そう思わんか?」
「それは………………」
年齢を感じさせない鋭い眼光で俺を見据える千明さん。
正論過ぎる指摘に、俺は言葉に詰まってしまった。
確かにムシの良い話だ。
お目に掛かるだけでも奇蹟的ですらある稀代の秘宝を、初対面の赤の他人にホイホイ差し出すなんて、どう考えてもあり得ない話だ。
俺は正座したまま俯いた。
「まあまあじいさんよ、将来ある若人に意地の悪い事言うもんじゃないぜ? 勿論タダで、何てこたぁ言わねえよ」
すると、隣でどかりとあぐらをかいている黒井さんが、助け舟を出してくれた。
「ほう?」
黒井さんの一言に、千明老人がすかさず反応する。
俺もつられて顔を上げて黒井さんの方を振り向いた。
視線の先の黒井さんは、何か企んでいるような悪い笑みを浮かべていた。
よろしくお願いします。




