脚フェチな彼の夏10
「アイツと俺は、まあ端的に言って敵同士だ」
「そう。じゃあ取り敢えずそれを信じるとして、どうして滝夜叉姫と敵対関係になったの?」
「ヤツの狙いが俺の付喪神だったんだ」
「仙洞田君の?」
そう言うと、安居院さんは少し身体を傾けて、俺を挟んだ向こう側に座るお光の事を、ひょいと覗き込んだ。
「何で?」
「ヤツの使おうとしている術とやらに必要らしい」
「術? 何それ。そこまではアタシ知らない。どういう事?」
安居院さんが体勢を戻しながら質問してくる。
どうやら事の詳細までは聞いていないようだ。
全部話しても良いものかとほんの少しだけ躊躇したが、知られたところで別段問題も無いだろうと、結局全てを話す事にした。
「天下五剣を、ね……」
「らしいんだ。どんな術なのか、までは俺にも分からないけど」
「今の話からすると、鬼丸と童子切も狙ってるって事ね。でも、どっちも超がいくつもつくくらいの業物だし、いくら滝夜叉姫でもそう簡単には手に入れられないとは思うなあ」
「そんなに凄いものなのだろうか?」
「まあ仙洞田君にはそのくらいの認識なんだろうけど、凄いよ。もう凄い以外の形容詞が思いつかないくらい。まず鬼丸は帝陛下のご所有でしょ? 知らない?」
「そう言えば……」
前に先輩から聞いていたような気がする。
確か、鬼丸は皇室所有であると。
「陛下を狙おうとするなんて、命がいくつあっても足りない愚行じゃない。そんな事があったらそれこそそっちの黒井さんとかトップが動くよ、絶対。勿論協会の方だってね」
安居院さんはそう言って、腕組みをしながらコクコクと頷いた。
まさしくその通りだろう。
陛下を狙うなんて、この国全体を敵に回すも同然だ。
普通に考えれば有り得ない。
しかし――
「でも滝夜叉姫は、言ったら国家転覆を狙ってる訳だ。普通なら畏れ多くて考える事すら出来ない事でも、虎視眈々と狙っていて不思議は無いんじゃないだろうか?」
「まあそれは一理あるね」
「安居院殿、鬼丸は主上ご所有故奪取は困難と理解しました。では童子切は如何な理由にございますか?」
「それはね、っていうか何かいつの間にかアタシが質問される展開になってない?」
確かに。
「まあ良いけど。でも童子切ってそこそこ有名じゃない? 仙洞田君達は何も知らないの?」
「恐縮ながらそれがしは…………」
「俺もネットで調べられる程度の事くらいかな」
童子切安綱。
かつて京の大江山に居たという鬼の大将・酒呑童子。その鬼の首を刎ねたという伝説の刀。
その程度の知識だ。
しかし今の世にまで“最強”として伝えられる鬼を仕留めたという刀だ。とんでもない力を秘めているであろう事くらいは用意に想像出来る。
「まあそれで十分だけどね。それ、史実らしいんだ」
「鬼退治の話が?」
「そう」
涼しい顔で首を縦に振る安居院さん。
少し前までの俺だったら、こんな話到底信じる事は無かっただろう。
それこそ桜木谷先輩のオカルト談義と同様に。
しかし、今の俺は違う。
かつてこの国に本物の鬼が存在して、それと戦う異能を持った人々も居た。そして同じ事が現代においても行われている。
その事を知ってしまったし、何より俺も“そっち側”の一員になっているから。
「じゃあ童子切も……」
「うん、現存しているよ。酒呑童子の首を斬った本物が」
「それはどこに?」
「詳しくは、多分一部の限られた人以外は知らない筈。聞こえてくる話だと、酒呑童子を斬った源氏の子孫が持ってるだとか何とか。諸説紛々で正確なところはナゾ。何せ童子切には酒呑童子の力が封印されてるっていう話だから、かなり情報が統制されてるみたい」
安居院さんが、顎に右手の人差し指を当てながら首を傾げた。
成程、と思う。
最強の鬼の力を秘めた刀。確かに超一級のお宝だ。
「うーん。でもそうなると、あるいはフェイクなのかもね。滝夜叉姫の五剣の秘術」
「フェイク?」
「そう。だって大体にして無理筋じゃない? 帝陛下を狙うなんて。そもそも滝夜叉姫の父親ってのが時の帝陛下に反旗を翻して返り討ちにあってるんだから。どれだけ無謀なのか良く分かってると思うんだけど」
「確かに……じゃあ何故五剣を狙うんだろう」
「童子切を手に入れる為、とか?」
再び顎に指を当てながら言う安居院さん。
勿論何の根拠も無く言ったんだろう。
しかし俺には、その考えがあながち的外れな想像でも無いような気がしてならなかった。
「まあいくら考えたところで想像の範疇は出ないけどね。でも、そっか、真物の大典太を仙洞田君がねえ。ね、元の刀、見せてくれない?」
「お光の?」
「うん。アタシこう見えて結構武器マニアなんだ。柳生十兵衛の刀なんて聞いたらウズウズしちゃって」
「あー……実は――」
期待に目をキラキラさせながらズイっと身を乗り出すようにする安居院さんに、俺はたじろぎながら、事情を説明した。
「そっか、お光ちゃんは鍔なんだ」
「ご期待に沿えず申し訳ございません」
「あ、いいのいいの。そんな畏まらないでよ。悪い事したワケじゃ無いんだし」
「一応元の姿に戻そうとは計画してはいるんだ」
「あ、そうなの? じゃあアタシ良い鍛冶――」
そう安居院さんが言いかけたところで、電話の着信を告げる電子音が鳴り響いた。
「おっとと。ちょっと失礼」
そう言うと、安居院さんはベンチに立てかけてあった竹刀袋のポケットからスマートフォンを取り出した、
「あ、お母さんだ。もしもし、アタシだけど? そっち空振りだったでしょ、こっちもまんまとやられちゃってさ――」
それから少しの間話し込んだ安居院さん。
「ゴメンね話の途中で。こっちに迎えに来てるって、あ、近いな。聞こえるでしょ? 大きい音」
つい、っと道路の方に振り向く安居院さん。
確かに遠くの方から野太いエキゾースト音が近付いてきている。
「お母さんの趣味なの。結構昔の車なんだけど、GTなんとかっていう人気のあったスポーツカーなんだってさ。うるさいだけだと思うんだけどね」
「はは、趣味なんてそんなものさ」
「じゃあね、仙洞田君。同じ獲物追ってるみたいだし、どっかでまた会うかもね。その時はよろしく」
「あ、ああ。こちらこそ」
立ち上がって竹刀袋を担ぎながら、安居院さんが右手を差し出してくる。
「今度機会があったら手合せしようよ。え、お光ちゃん」
「御意。望むところにございます」
「ふふ。あ、来た来た。じゃあね!」
一際大きい音が響いて、1台のスポーツカーが滑るようにして道路に停まった。
安居院さんは車に乗り込む前にもう一度こちらを向いて手を振り、そのまま夜の帳に消えて行った。
何となく茫然と取り残される俺とお光。
「……何やら嵐が過ぎ去ったようにございますね…………」
「ああ全く……今何時になった?」
ハーフパンツのポケットから携帯電話を取り出して時間を確認する。
0時少し前になっていた。
「うわ、結構遅いぞ。帰ろう。ボチボチお開きにもなってるだろうし」
「御意」
そのまま俺達は宿へと向かった。
道すがら、滝夜叉姫と安居院さんとの邂逅を思い出す。
何か大きく事態だ動き出すような、そんな予感を覚えずにはいられなかった。
よろしくお願いします。




