脚フェチな彼の夏9
「総一郎殿……常から申し上げている筈です。我らに許されている事が外でも許される訳では無いと。それがし付喪神としてお仕えする身として、恥ずかしい限りでございますぞ?」
俺が安居院さんの脚を褒めた途端、お光が盛大な溜息をつきながら俺に苦言を呈してきた。
気持ちは分からなくもないが、やはりこう言われると心外である。
「お光、お前は何も分かってない。例えば、だ。今日行ったあの水ヶ島の光景。あれを見てお前はどう思った? 何て綺麗な砂浜だ、とか、何て澄んだ海の水なんだ、とか思わなかったか? そして思わず感嘆の声を漏らしてしまわなかったか?」
「それは、まあ仰る通りですが……」
「だろう? それと同じなんだ、お光。見ろ、安居院さんの脚を。この鍛え上げられた無駄の一切無い均整の取れたフォルム。にも関わらずゴツゴツし過ぎてもいなく女性らしさを感じさせるなだらかな曲線を描いているだろう? 太もも・ふくらはぎ・足首、いずれをとっても非の打ち所のない素晴らしい脚だ。違うか?」
「いえ、違いませんが……」
「そう、違わないんだ。しかもこの白かと思われるスニーカーソックス。陸上少女を陸上少女たらしめるリーサルウエポン。これを的確に装備しているセンスの良さ。そこにも俺は感心しきりだ。靴を脱いだその脚の全てを網膜に焼き付けたいと希うは、俺でなくとも誰しもがそうだろう。違うか?」
「いやもうどうでも良いですけどそれくらいで止めて下さいませぬか、総い――クソ野郎殿。安居院殿が先程から困っておいでです」
熱弁を振るっていた俺だが、お光の指摘にガバッと振り返ると、安居院さんは顔を両手で覆って俯いていた。
しかも微かに震えているような。
ちなみにベンチには俺を中心にして、ベンチに向かって右にお光で左に安居院さんという並びだ。
「あの、安居院さん?」
「……過剰に脚を褒められて恥ずかしくて仕方無いだけ。気にしないで」
「いや、でもそれはお世辞とかじゃなく俺の本音なんだ。決して安居院さんの気を引こうと思って言った訳じ」
「分かってる! 分かってるからもうヤメテ! ホント恥ずかしいんだから!」
顔を覆っていた手をどけ身体を起こして、必死の形相で俺に懇願してくる安居院さん。
月明かりの下でもハッキリと分かるくらいに顔を赤くしている。
ボーイッシュな体育会系美少女の本気で照れた表情に、俺好みの脚。
そして月明かりに照らされた穏やかな海、柔らかな夜風。
――実に風流だ。
これが詫び寂び、というものなのかも知れない。
海からの風を顔で感じながら、俺はそう思っていた。
「んなワケねーだろ」
「む?」
「いえ、それがしは何も申しておりませぬが」
確かにお光の声だったと思ったが、違うというのならそうなんだろう。
閑話休題。
「時に安居院さん。依頼を受けて滝夜叉姫を追い掛けてきたという話だったけど、もう少し詳しく聞かせてもらえないだろうか」
「…………また急に話が飛ぶね」
「不味かったかな?」
「まあ良いけど。で、どんな事が聞きたいの?」
「滝夜叉姫の追跡を依頼するなんて、どんな人物なんだろうと思って」
「ふふ、ひょっとしなくても仙洞田君ってまだこの業界経験浅い?」
「え、まあ、そうだけど?」
「普通喋らないよ、依頼主に関する情報なんて。信用問題に関わるもん。ま、この業界に限った話じゃないけどね」
「あ、そうか…………」
指摘されて気が付いたが、至極当然の事だった。
守秘義務、というやつだ。
「でも今回に限っては教えてあげる」
「え、良いの?」
「うん。むしろアタシが教えるっていうより、仙洞田君知らないの?」
「俺が? 安居院さんの依頼主の事を?」
「聞いてない? 協会に依頼したって」
「協会?」
「ああ、ホントに経験浅いんだ」
苦笑いを見せながらそう言った安居院さん。しかし事の次第を丁寧に教えてくれた。
協会。
正しくは“全国異能力者協会”、というらしい。
古来より退魔業を生業としてきた異能力者達によって結成された、いわゆる同業者組合のような組織との事だ。
「ゲームとか物語なんかに出てくるギルドってあるじゃない? むしろあんなイメージかな。特に協会の専属になるって訳じゃないんだけど、協会費を払って協会員になれば、特機なんかからくる依頼を受ける事が出来るの」
「ああ、なるほどね。何となく分かる」
ただ、協会員のほとんどは公的機関である特機に対してはある種の敵対心のようなものを持っているんだとか。
しかし特機からは仕事の依頼が割と頻繁に舞い込むとかで、大事なお得意先でもあるらしく、そこにジレンマがあるのも事実らしい。
「マンガとか映画なんかの設定である、警察と探偵みたいな関係かな?」
勿論協会が探偵ね、そう安居院さんは付け加えた。
今回の滝夜叉姫の件も、そういった特機からの依頼の一環だそうだ。
「基本依頼を受注するのは早い者勝ちでね、特に受注希望者が殺到するような大型案件は抽選制になるの。今回の滝夜叉姫の件とか」
「そうだったんだ。え、でも安居院さん1人で?」
「ううん。一応アタシん家も家族全員が退魔師やってるからね。今日はお母さんと2人で」
「へえ。じゃあお母さんも近くに?」
「ここに来たのはアタシ1人。お母さんは水晶ヶ浜の方に行ってる。分かる? 場所」
「分かるけど……水晶ヶ浜に?」
俺達が今いる水ヶ島は敦賀半島の東側に位置する場所で、水晶ヶ浜は丁度真逆の西側に位置するビーチである。
直線距離はさほどでもないかも知れないが、実際に半島を横断するには山道を通る事になる筈だから、結構な移動時間を要しそうだ。
「陽動かけられてね。今日1日振り回されたけど、最後もまた。ここと水晶ヶ浜の2ケ所でアイツの反応があってさ、二手に分かれたんだ」
「そういう事か…………」
「そういう事。じゃあ次はアタシの番ね」
「え?」
「教えてよ、仙洞田君の事」
何とも男心をくすぐるセリフだ。
こんな月の綺麗な夜に、美少女から俺の事を知りたいなどと言われるとは思ってもみなかった。
「総一郎殿、残念ながらそれは……」
「分かってる。皆まで言うな」
お光の無粋な一言を制する俺。
「勿論。色々教えてもらったし、俺が答えられる範囲で答えよう」
「じゃあ早速聞くけど、滝夜叉姫と何があったの?」
「随分直球だな」
「アタシ、回りくどいの嫌いなんだ」
成程、と思った。
偏見なのかも知れないが、流石は体育会系である。
よろしくお願いします。




