脚フェチな彼の夏3
「って事があって今に至るって訳」
「っかー!! 泣かせる話じゃねえか!! なあ総一郎!!」
「分かったって。分かったからそんないくっつくなよ暑苦しい」
抜けるような青空に、白い砂浜と透明度の高い海がバツグンに映えている。
地元(とは言い難いが)にこんな南国リゾートみたいな場所があるとは知らなかった。
8月頭の今日、俺達は“北陸のハワイ”とも言われるという、福乃井県は鶴賀市にある水ヶ島という海水浴場に来ている。
海水浴場とは言っても、海にポツンと浮かぶ離れ小島である水ヶ島。砂は白いし海水は透き通った水色だ。日本海側の海とは思えないような場所である。
にも関わらず、正直地元であっても苓北に住んでいる俺達にはほとんど馴染の無い場所で、主に関西方面からの海水浴客が多いんだとか。
そんな、渡し船が島と陸を往復しているような非日常を味わえるリゾート地で、俺は何故かむさ苦しいツンツン頭の男に、ガッシと肩を抱かれている状態だ。
「しっかし酷い男も居たもんだねえ。こんなキレイなお姉ちゃんを捨ててっちゃうなんてなあ。ええ? そう思うだろぉ? フェチ男君もさあ」
「思います。思いますからもう少し離れて下さい。酒臭いです」
「ああん!? 酒飲んでんだから酒臭くてあたりまえだっつーの!! こんなキレイな海とお姉ちゃん見ながら真昼間っから酒が飲めるこの幸せ!! この平和な世の中に生を受けたっていう事実の重みを、今の若者は全っ然理解してない!! 実に嘆かわしい!!」
俺を挟んでツンツンの反対側の隣には、既に出来上がっている無精ヒゲの中年がクダを巻いている。
更にその向こう側には、完全に酔いつぶれたツンツン男の姉が、死体のように横たわっているのが見えた。
赤いビキニが眩しくも扇情的であるが、イビキが爆音となって轟いている為魅力も9割引きくらいになっているが。
「あはは、いやー思ったよりも愉快な面々だねえ。退屈しなくて済みそう」
そんなある種カオス空間となっているビーチパラソルの下。
そのせいで桜木谷先輩と喜由、それにお光と光世も早々に海へと逃げ出してしまっている。
が、そんな惨状をころころと朗らかに笑いながら楽しんでいる女性が1人。
金色に近い茶髪をポニーテールに纏めて、青地にハイビスカスの模様をあしらったビキニ姿。ネックレスを始め、ブレスレッドやらアンクレットやらピアスやらもジャラジャラと身に付けて、結構ケバめなギャル風な外見。しかし、顔立ちはどこかあどけなさも感じられる、端的に言って美少女である。
その美少女こそが、この水ヶ島まで俺達がやってきた目的である、矢尾美邦その人だ。
俺や正源司と同年代くらいに見える彼女は、しかし黒井さんの話によると、その昔人魚の肉を食べた事で不老不死になって、それから千年以上も生きているという、八百比丘尼と呼ばれる伝説上の人物だそうだ。
勿論目の前にいる今時ギャルの矢尾さんを見ていても、全然そんな風には見えない。
「しっかし美邦さんってホントに千年以上生きてんスか? 俺らとタメって言われても全然分かんねーんスけど」
「ホントだよ? まあ長生きし過ぎて誕生日とかはカンペキ忘れちゃって、正確な歳は分かんないんだけどね」
だそうだ。
元々は俺達と同じ普通の――異能持ちの時点で普通とは言えないが――人間だったが、不老不死となって長い年月を生きた事で、超自然的な力が身に付いてしまったのだとか。
「ったく野暮な事聞くもんだねえ若人どもめ!! 良いじゃないのこんだけ別嬪なんだから!! 1歳だろうが1000歳だろうがさ!! 大事なのは見た目だぜ!? 性格が良いとか料理が上手いとか、んなもん問題なんねえから!! 美人は3日で飽きてブスは3日で慣れるとか言うけどあれウソだからな!! 美人は3日で慣れても美人のまんまだしブスは3日で殺意が湧いてくるんだよ!! 分かってんのか若人どもめ!!」
「分かりましたからちょっと静かにしててもらえませんか? さっきからまっっったく話が進まないです」
こんな調子で矢尾さんの話もどれだけ中断された事か。
いい加減イラついて少し口調がキツくなってしまう俺。
「おらおやっさん、今度はワインどうさ? これ凄え美味いって姉ちゃん言ってたぜ?」
「お? んだよ気が利くじゃねえか。ったくしょうがねえな……って、あれ? ソムリエナイフどこだっけ?」
「あ~そのカバンに入ってねえんなら、ひょっとしたらおやっさんの車の中に置いてきたのかも。向こう岸まで戻んねえとダメだな~」
「はああああ!? ったくよ~……ちょっくら取ってくるわ」
酒臭い溜息をついた黒井さんは、そう言っておもむろに立ち上がると、フラフラとパラソルを後にして海に向かった。
「おい正源司、グッジョブだが大丈夫か? 渡し船まだ来てないぞ?」
そんな様子を見て、俺は思わず心配になった。
「大丈夫だろ。腐ってもMJ12の序列第4位なんだ。たかだか数百mくらい寝てても泳げるって。ってかさっきからうるせえってのバカ姉貴!! おい!! 聞いてんのか!!」
しかし黒井さんの事なぞ歯牙にもかけない正源司。クルリと振り返ったかと思うと、うつ伏せになって寝ている睦美さんのお尻を思い切り叩いた。
ぺちーんと良い音が響くと、「ぐがっ」と一瞬イビキがつまり、それから睦美さんは静かになった。
「家でもいつもこんなんだよ。何でかケツ叩くと静かになんだよな。日頃の恨みもあるから割と思いっきりいくんだけどよ、本人記憶ねえんだ」
ケロっと言い放つ正源司を見て、普段の2人の生活が垣間見えたような気がした。
「あっはははは。良いねー君ら姉弟。楽しそう。普段からそんな感じ?」
「まあこんなもんスね。いつもは俺が叩かれ役っスけど」
「ああ何かそんな感じする。さて、と。じゃ話は戻るけど依頼の件ね」
「お願いします」
ようやく本題に戻った。
それから矢尾さんが丁寧に説明してくれた内容は、ざっくり言えば“人探し”だ。
件の“妖”。
いつの日か矢尾さんを迎えに来ると言い残し、彼女の前から姿を消した。
千年以上待ち続けて、尚姿を見せない想い人に、とうとう我慢が出来なくなったとか。
「自分でも気が長い話だと思うんだけどね」
そう言って白い歯を見せた矢尾さんは、しかし、どこか寂しそうな雰囲気が漂っていた。
「まあともかく探して欲しいの。その“猫又”を」
無理なんじゃないかな。
この時俺は、胸の内で密かにそう思っていた。
よろしくお願いします。




