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脚フェチな彼の夏

 雌島の悪霊退治で何とかゴーストバスターとしてデビューした俺だったが、それからしばらくはこれといって大きな変化の無い平凡な毎日が続いた。

 繰り返されるルーティン。

 学校に行って授業を受けて放課後部活でダラダラ。

 帰宅したら日課のトレーニングをこなして晩飯を食って宿題を片付けてから妹や付喪神達と適当に暇を潰す。

 ちょこちょこと付喪主としての仕事も支持されるものの、あの夜みたいな危険な任務は無く、地縛霊や動物霊の除霊やどこぞから流れてきた大人しい妖怪の保護といった類の、本来の意味で初心者向けの内容ばかりだった。

「こんな普通の毎日で良いんだろうか…………」

 今日も今日とていつも通りの1日を終え、シャワーを浴びて自室のベッドに寝転びながらポツリと呟いた。

「良い事ではございませぬか。争いやわざわいが生じぬ事こそ最良というものです」

 俺の独り言に、カチカチとノートパソコンのマウスをいじりながらお光が返事をした。

「まあそりゃそうだろうけど、けど何て言うかこう、変にソワソワするんだよな……」

「ぞんがいせんさいじゃの、あるじどの。まんいちのことあらば、くろいどのなりがかきゅうのしらせをよこしてくるであろうよ。きにかけすぎじゃ」

「ケツの穴が小さいからねーウチの兄者は。もう小さすぎて万年便秘状態っすわ」

「喜由、年頃の女子がケツの穴だのなんだのとはしたない言葉遣うんじゃない。っていうか何でお前ら当たり前みたいな顔して俺の部屋にたむろってるんだよ。自分の部屋行けよ」

 お光の他に、チビ光世も喜由も何故か俺の部屋にやってきて、黙々とアプリゲームをしている。

 ここに来る必要があるのかと。

「しかし、総一郎殿の懸念も分からなくはございません。確かにこうも動きが無いと、何か大きなはかりごとが進んでいるのではと、かえって訝ってしまうというもの」

 画面から顔を上げて、くるりとこちらを振り返りながらお光が言った。

 ここで言っているのは他でも無い、目下俺達にとって最大の脅威であろう滝夜叉姫の動向の事だ。

 定期的に黒井さんから情報はもらっているが、あれ以来その行方すら要として知れていないのである。

 唐突に俺達の前に姿を見せたかと思ったら、しばらくは手を出さないと訳の分からない事を一方的に宣言して姿を消し、しかし国立博物館から五剣の1つである三日月宗近を持ち去って、着々と準備を進めている事を匂わせてもいる。

「じゃが、それゆえにわしらにもゆうよがあたえられたのもまたじじつ。むしろいまうごかれてはぐあいがわるかろう」

 チビ光世がしたり顔で言う。

 しかし、実際のところその指摘の通りでもある。

 大典太光世の完全復活。

 そのきっかけは手に入れた。

 が、まだ具体的な形になるには時間がかかる。

「んでどうなってんの? 兄者。モモイロカネの方は」

「ヒヒイロカネ、な。いや、まだしばらくかかりそうだ」

 あれから古井さんとは何度か連絡のやり取りをしている。

 肝心の材料についてはまだ入手が困難であると伝えるし無かったが、それでも親展はあった。

 どうやら古井さんの家には、代々ヒヒイロカネの加工法が密かに伝えられていたというのだ。

『何とかなりそうだよ』

 と、少し弾んだような古井さんの声が印象的だった。

 古井さんも絶賛特訓中だとか。

 後は問題のヒヒイロカネさえあれば、という状態のまま足踏みが続いている状況だ。

 黒井さんも色々あたってはくれているようだが、流石にいわゆるオリハルコンなどという代物が相手では、そう簡単に事は運ばないらしい。

「つーかもうすぐ夏休みじゃん。休み中にゴタゴタすんのは勘弁して欲しいでござるー」

「お前はいつも通り家でゴロゴロしてるだけだろ? 何があっても別に平気じゃないか」

「んなこたねえよ。拙者だって予定の1つや2つくらい出来る予定なんでござる」

「予定が出来る予定とか終わってるだろ」

「細けえこたぁ気にすんなって、って。お、何だ珍しい」

 その時、ノートパソコンの横に置いてあった俺の携帯電話が鳴った。

「ほいほいほーいっと」

「おい待てお前何勝手に出」

「もしもーし、こちらさいかわさいつよのマジ天使JC喜由たそでござるー」

「おいやめろって!」

「は? ああ、ああ~、うん。うん。ほれ兄者、よっと」

「うわっ!? 急に投げるな!!」

 勝手に他人の電話に出て二言三言電話の向こうの相手と言葉をかわしたかと思うと、急に俺に向かって放ってきた。

「ったく……もしもし?」

『――も総一郎の部屋に居るの? くわー羨ましーなーアイツ。俺も今すぐ加わりてー。ってか今からそっち行っても良い?』

「ダメに決まってるだろ。何言ってんだおまえ」

『はあ? 何だよ急に。何で総一郎が出てくんだよ』

「俺の電話に俺が出て何が悪い。それより何の用だ?」

 電話を寄越した主は正源司だった。

 その正源司が、電話の向こうで盛大に溜息を漏らしている。

『……あー何か一気にテンション下がった。もっかい喜由たそに代わってくれよ』

「どういう思考回路してるんだよ。俺に用事があったんじゃないのか? 何だよこんな夜更けに」

『別にそんな遅くもねえだろ? まだ11時回ったばっかだぞ』

「十分遅いって。で? 何だって?」

『お前せっかちだな。女にモテねえぞ?』

「うるさいよ。そっちこそ変に話をのばすなって」

『はいはいはい。まあ普通に業務連絡だ。姉ちゃんが今日黒井さんから聞いてきたらしいんだけどよ、8月の頭に遠征あるんだってさ』

「遠征?」

『おう。嶺南? とかいうところらしいけど、お前知ってるか?』

「しってるけど、嶺南は地名じゃなくてその辺りの地域一体の事だぞ」

『あーそうなん? まあ良く知らんけど。とにかくその嶺南の何とかってところの海に行くらしいぜ。何でも結構な大物が絡んだヤマなんだってよ』

「海に、大物?」

『まあとにかく、長けりゃ1週間近くかかるかも知れねえってんでよ、一応今の内から予定入れないようにしとけってさ』

「ふーん……まあ分かったよ。ありがとう」

『ふふふ、こっからが核心だ。総一郎』

「核心?」

『この遠征、俺ら総出で行くんだってよ』

「って言うと……」

『おう。姐さんも喜由たそもだ。まあ何でかウチの姉ちゃんも来るらしいんだけど……まあそれ差っ引いても凄くねえか!? 綺麗どころと行く楽しい夏の海ツアーだぜ!? いやー俺付喪主やってて良かったー!!』

 電話の向こうで正源司がはしゃいでいる様子が、手に取るように分かる声だった。

 それから間もなくトランス状態になった正源司。

 最早会話は不可能と判断した俺は、適当にあしらって電話を切った。

「ツンツン殿何だって?」

「ああ、何か今度海に行って何泊かするんだってさ。特機のメンバー全員で」

「マジで!? うっひょー旅行でござる!! やっべマッハで用意してくるわ!!」

 俺の話を聞くや否や、ドタドタと興奮気味で部屋を後にした喜由。

 その様子を見て、俺の中では期待よりも不安の方が大きくなったのは言うまでもあるまい。

 さっきの電話でも正源司といい、正直嫌な予感しかしなかった。


よろしくお願いします。

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