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脚フェチな彼のデビュー戦7

「痛ってえな! そんな思いっきり叩く事ねえだろ!」

「痛くない!! 何でキャリア長いのにそんな初歩的なミスしてんだよ!!」

「しょうがねえだろ!! おやっさんが寝てても余裕だとか言ってたんだからよ!!」

「あの人はこの世で4番目に強い人なんだろ!? そんな異次元人の言う事真に受けてんじゃないよこのスカポンタン!!」

 再び醜い言い争いを繰り広げる俺と正源司。

 最早逃避行動と言っても差し支えないかも知れない。

「お二方ともそれまでじゃ。見よ」

ぎゃあぎゃあ喚く俺達に、光世が冷静に語りかけてきた。

そしてそろって光世の指差す方に目をやると、とんでもない光景が飛び込んできた。

「……え?」

「何……だと……?」

 悪霊の頭上で渦巻く海水が、明らかに先程よりも巨大になっている。

 しかも海面からは水柱が伸び続けていて、まだ成長しているようだ。

「あんなのがもしいっぺんに落ちてきたら……」

「即死、だな。間違い無く」

「簡単な仕事だって言ってたよな? 黒井さん」

「おう、間違いねえ。でもありがちな展開じゃねえか? 簡単だーとか余裕だーとか言っててさ、実はとんでもなく凄えのが出てくるとか」

「……だったら何で用意が中途半端なんだよ…………」

「それは……正直スマンかった」

「ねえ素直に謝らないで? 本気でダメなのかもって思っちゃったろ?」

 偽らざる俺の本音だ。

 事実、今にも心が折れそうになっている。

「兎に角、ここでグダグダ言ってても埒あかねえ。攻め手に欠けるってんならまずは守りを固めるぞ」

「守り? どうやって?」

「そうだな……っしゃ、あれ使えるな」

 グルリと辺りを見回した正源司が小走りに駆けて行った先には、大きくめくれて転がっているアスファルトだった。

「最初にマサヒコがやられた時のだな、多分」

「これでどうするんだ?」

「いや、これだけじゃ足りねえな。おい総一郎、その辺から大き目のアスファルトの欠片集めて来てくれ。付喪神ズも頼む」

「何するんだって」

「良いから早く」

 仕方無く正源司の言葉に従い、取り敢えず集めて回る事に。

 ゴロゴロと散らばっているアスファルトの欠片を、手際よくかき集める。

 両手に抱えるくらいになったところで俺達は正源司のところに戻った。

「ほら、こんなもんでどうだ?」

「おう上等だ。ほら、ちょっと下がってろ」

 すると、正源司はすっと屈んでそのアスファルトに右手をかざした。

 そして、

「正源司小次郎の名の下に顕現せよ!! 汝が名、ぬり・かべ男!!」

 声を張り上げて付喪神を召喚した。

 正源司の右手から放たれた光が、うず高く積み上がったアスファルトを包んでいく。

 すると瞬く間にそのアスファルトの残骸は、巨大な漆黒の壁へと姿を変えたのである。

「かべ~」

 動画のスロー再生のような、何とも言えない間の伸びた低い声が響く。

 単純にデカかった。

 高さは2階建て住宅の屋根まで届きそうなくらいあり、横幅もそれと同じかやや長いくらいで厚みがざっと4・50㎝。オマケのように短い手足もそれぞれ2本ずつついていた。

 その姿、正に妖怪“ぬりかべ”。

「霊力を込めてあるから強度もアスファルトの何倍もある。これで少しは時間が稼げる筈だ。おい、かべ男。しばらくヤツの攻撃から俺達を守ってくれ」

「かべ~」

 どうやら了解したらしい。

 しかし、目鼻はおろか口も見当たらない。

――どっち向いてるんだ? 

 などと考えていると、返事をしたかべ男はゆっくりと身体を旋回させ始めた。どうやらこちらを向いていたようだ。

 サイズがサイズだけに仕方が無いのかも知れないがその動作は緩慢で、回れ右をするのにも結構な時間がかかった。

 しかし、今は頼もしい守護神である事は間違いない。

 悪霊と俺達の間に立ちはだかり、完全にその射線を防いだ。

「で、これからどうするか、って話に戻るが」

「一度ここから離れて戦力を立て直すのはどうだ?」

「ダメだな。あそこまで具現化した悪霊を少しの間でも放置したらこの辺一帯がエラい事んなっちまう」

「ならば今一度彼奴めの攻めが止むまで待つのはどうじゃ?」

「それまで持てば良いんだけどな。けどヤツの貯め込んでる水の量だけ見てもさっきの倍以上はあった。ぶっちゃけそこまでかべ男が持つとは思えねえ」

 そう正源司が言った直後だった。

 腹に響くような低く鈍い衝突音が聞こえた。

「来たぞ!」

「だ、大丈夫なのか?」

 ドン、ドン、と次々と着弾する音が続く。

 短い腕を懸命に伸ばして俺達を守っているかべ男の後ろ姿が、見ていていじらしくて泣けてきそうだ。

「マズいな。思ったよりも一撃が“重い”。向こうも本気出してきたってとこだな」

 轟音は止む気配を見せずに続いている。

 時折ぱらぱらとかべ男の破片が降ってくるところを見ると、徐々にダメージが蓄積されているようだ。

 いかに霊力を注がれた事で通常のアスファルトよりも硬度を増していたとしても、本当にいくらも持つものでは無いだろう。

――どうする?

 じりじりと焦りだけがつのる。

「ここは一か八か打って出るより他ございません」

 その時、お光が柄に手をかけつつ申し出て来た。

「いや、それは危険だろう」

「しかし他に手が無いのも事実じゃ。何、我が柳生の剣に斬れぬものなど無い。たかが水如きに後れを取るものか」

「まさしく。それにこのままかべ男殿の陰にかくれているだけでは、勇ましく散ったマサヒコ殿に顔向け出来ません。総一郎殿」

 真剣な眼差しを向けてくるお光と光世。

「勇ましくってマサヒコのは――」

 その時、マサヒコの名を呟いて1つ閃いた。

「正源司、マッチ箱はもう無いのか?」

「もう1箱あるっちゃあるけど……どうすんだ?」

「あるのか、よし。お光、光世、反撃に出るぞ」

「何か妙案でも思いつかれましたか?」

「いや、多分案とも言えないものだろう。手短に説明するぞ」

 悪霊の無慈悲な攻撃が続く中、ざっと概要を3人に伝える。

「マジで一か八かだな」

「しかし試みてみるよりございません」

「すまん、お前達にはかなり危険な役を任せる事になるが……」

「邪を払うわ我らが使命じゃ。それに、これよりも更に困難な修羅場を幾つも潜ってきておる。案ずるには及ばぬ」

「…………頼む。けど危なくなったら」

「承知しております。ご案じ召さるな、総一郎殿」

「お光、参るぞ」

「御意」

 見つめ合ってコクリと頷くお光と光世。

 俺の方に振り返ってもう一度無言で頷くと、それぞれかべ男の左右の端へと移動した。

 直後、一際大きく激突音が轟いて、かべ男の身体の左上角の辺りが吹き飛んだ。

「お光、光世!!」

 思わず2人の名を呼んだが、その時にはもう既にどちらとも姿が見えなくなっていた。

「総一郎!!」

「おう!!」

 すぐさま正源司が俺を呼ぶ。そして右拳をぐっと突き出してきた。

 その拳には、残りのマッチ箱が握られている。

 俺はその右手に自分の右手を重ねた。

「名前は?」

魔沙火炬マサヒコ改だ!」

「ええー……」

「言ってる場合か!! やるぞ!!」

「お、おう!!」

 そして俺達は、重ねた手に意識を集中させた。


よろしくお願いします。

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