脚フェチな彼のデビュー戦6
吹き荒ぶ風に翻弄されるマッチの火。
しかし、どんなに強い風が吹きつけようとも決して消えてしまうような気配は無い。
まるでそれは、彼の自信の表れのようで。
怪異に対峙する人間大のマッチ棒、マサヒコ。
ゆっくりとした歩調で、しかし着実にその間合いを詰めていく。
彼我の距離はおよそ10m。その半分程を越えたところで、対する女の霊も動いた。
「おい、正源司」
「おう」
すーっと音も無く霊が浮上していく。その姿に、俺は思わず隣の正源司に声を掛けていた。
見上げるくらいまで浮かんで止まった悪霊。
すると、それに呼応するかのように海面から立ち上がっていた水柱にも変化が現れた。
「む、これは……」
「総一郎殿、ご用心を」
「お、おう。勿論だ」
2本の水柱は海面から離れ、悪霊と同じように上昇を始め、やがてその頭上で1つとなってそのまま空中で大きな渦を作り出した。
「正源司」
「おう、分かってる。マサヒコ!!」
目の前で展開される異様な光景に、正源司が動く。
大声で付喪神を呼ぶと、右手で真直ぐ悪霊を指差した。
「マッチでぃぃっす!!」
すぐにその声に応え、くるりと振り向いてグッと親指を突き立てるマサヒコ。
すのまま素早く身体を元の方向に戻したかと思うと、猛然と駆け出した。
すぐに悪霊との距離は縮まり、やがて真下の位置に辿り着こうかと思った次の瞬間、悪霊の頭上で渦を巻いていた海水から、大きさが軽自動車程もある水塊が何の前触れも無く地面へと落下してきた。
それはまるで意志を持っているかのようにマサヒコ目掛けて一直線に飛来して、そして、
「マッチでぃ――」
「あ」
っという間にマサヒコを圧し潰した。
じゅっ、とかいう音と共に。
マサヒコはうつ伏せ(?)のまま地面に倒れ伏してピクリとも動かない。
やがて彼の身体が淡い光に包まれたかと思うと、すぐに元のマッチ箱へと姿を変えた。
水浸しになった状態で。
瞬く間の出来事だった。
ごうごうと唸りを上げて吹き荒れる風と、テトラポットに叩きつけられて砕ける波の音。
そして――
「弱えええええええ!? 何今の!? あっという間じゃないのさ!!」
俺の雄叫び。
「し、仕方ねえだろ!! あんなお前不意打ち読めねえよ!!」
「不意打ちぃ!? どっからどう見ても正面きってのカウンターだったじゃないか!! 不用意に近付き過ぎだろどう考えても!!」
「うっせーな!! 男だったらあれこれ小細工なんてダセぇ真似できっか!! 正々堂々とぶつかってねじ伏せてナンボだろうがよ!!」
「ねじ伏せられてんだっつーの!! 大体炎タイプが水タイプに弱いなんて世間の常識だぞ!? 何でキャリア長いクセにそんな初歩的なミスするかなあ!?」
「人間誰でもミスくらいするわ!! じゃあ何か!? お前はぜってえミスとかしねえんだな!? 今後一生何があってもどんな時でもミスしねえんだな!?」
「何逆切れしてガキくさい事口走ってんの恥ずかしい!! そんなん今時小学生でも言わんわ!!」
「聞いたんか!? 小学生に聞いてきたんだ!! ぜってえ言わんって聞いてきたんか!?」
「またそん――」
正源司に言い返そうと口を開いた直後、
「総一郎殿!!」
聞こえたお光の声と共に、俺は思い切り引っ張られて跳んでいた。
げ、と我ながら奇妙な声を漏らしながら見たのは、つい今しがたまで自分が立っていた場所に巨大な水の塊が落下するところだった。
「うわあっ!?」
刹那の後、砲弾が炸裂したような轟音と共に地面が爆散する。
「正源司!!」
お光に礼を言うのも忘れて叫んだが、
「こっちは問題無えけど固まってるとやべえぞ!! このままバラけ、うおっ!?」
「主殿!!」
「くそっ!!」
話をしている間も無く、再び水の槌が振り下ろされ、俺達はそれぞれ別々の方向に跳んだ。
そのまま正源司と俺達3人は左右に分かれて、狙いを絞られないよう距離を広げる。
しかし、その陽動に惑わされる事無く攻撃は続いていた。
――こっちの動きに合わせて攻撃パターンを変える事が出来るのか!?
悪霊の放つ水の凶器は、マサヒコの時のように圧殺せしめんとする巨大な水塊ではなく、明らかに刺突を目的としているであろう槍状に形を変えていた。
俺はその事実に衝撃を受けていた。
頭上から次々と撃ち込まれる水の槍。
アスファルトで舗装された駐車場は、縦横無尽に降り注ぐ海水の槍によって、ことごとく穴が穿たれていく。
「総一郎殿!!」
「うわっ!」
ガキン、という金属音が耳のすぐそばで響いた。
紙一重で水槍を避けているものの、やはり実戦経験の乏しい俺に全てを回避する事は不可能で、その都度俺とつかず離れずの距離を保っているお光や光世のフォローに助けられている。
しかし幸いな事に、悪霊の攻撃は手数は多いものの一撃一撃の間隔は比較的長い。
そして槍自体のスピードも何とか俺がついていけるレヴェルではあり、打つ手がまるで無いという追い詰められた状況には、未だなっていなかった。
但し、回避はあくまで回避でしかなく、反撃の糸口をつかむまでには至っていない。
どのくらいの時間が経っただろうか、その時、不意に悪霊の猛攻が止まった。
俺達3人と正源司はそれぞれ離れた場所で、息を荒げながら橋のたもとの上空に漂う女を仰ぎ見た。
見れば、宙空にあった不気味な海水の渦が消えている。
雨のように降り注いだ水の槍にも限りがあるらしい。
急いで合流する俺と正源司。
悪霊が上空で待機する橋のたもとから反対側の、駐車場の端近くで落ち合う。
人心地ついて周囲を見回すと、大小様々なサイズで抉られて見るも無残な姿になった駐車場のなれの果てと、大きい物では小学生の背丈程もあるアスファルトの塊がそこかしこに転がる様子が見えた。
「マジメにトレーニングしてるみてえだな。こんだけ動き回っても何とかついてこれてるじゃねえか」
「そう言えば……」
その指摘で気が付いたが、勿論ぜいぜいと息は上がっているものの、今にも倒れてしまいそうな程には疲労していない。
確かに体力はついてきているようだ。
「って、そんな事言ってる場合か。早く何とかしないと」
そう言って俺が指差した方向。
そこには、再び海水を宙へと巻き上げ始めた悪霊の姿があった」
「忌々しいもんだな。せめて下に降りてくりゃ手はあんのによ」
「しかしあの程度なら、刃が届かぬ高さでもございません。力を溜めている今ならあるいは」
「いや、やめといた方が良いな。水切れ直後ならまだしも、少しでも水が集まってる状態は危険だろう」
「じゃあどうする? 飛び道具の用意なんてあるのか?」
「差し出がましいが良いかの?」
「何か思いついたのか? 光世」
「あの大蛇を喚び出されては如何じゃ? 正源司殿。水と火で分が悪いとはいえ、あの威力の炎であらば、灯火を吹き消すような訳にもいくまいよ」
「あ、そうだよ。それで解決じゃないか正源司」
「ああ、うん、それな…………」
「どうしたんだ?」
光世がもっともな意見を出したところで、正源司はバツが悪そうな体で頭を掻いた。
「おやっさんが楽勝だっていうもんだからさ、今日持ってきてねえんだわ」
「ひょっとして……苦無を、か?」
「ぴんぽ~ん」
おどけた口調で茶目っ気たっぷりに言った正源司。
俺はマッハでどついてやった。
よろしくお願いします。




