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脚フェチな彼のデビュー戦4

「総一郎殿…………」

 海から吹く風は収まる気配が無い。

 その冷たい風を受けながら俺は、

「よし、このまま一気に橋を突っ切ってくれ」

 お光に抱え上げられていた。

 いわゆるお姫様抱っこという体勢である。

「なあ………………それ、何か違くね?」

 正源司が、蠢く腕に向けていた汚物を見るような視線を、今度は俺に向けながら言った。

 無言で立ち尽くす光世も、そして俺を抱えているお光も同じような目で見ている。

「何言ってんだよ正源司、大正解じゃないか。これで確実に橋を渡れるだろう?」

 勿論、お光が進んで俺を抱き上げている訳ではない。

 俺の作戦に従ったまでだ。

 作戦とはこうだ。

①光世が先陣を切って腕を薙ぎ払いながら橋を渡り始める。

②その後を俺を抱えたお光が走り抜ける。

 シンプルイズベストなプランだと、自分でも思う。

ちなみに②についてはおんぶしてもらおうと思っていたが、後ろから何をされるか分からないという失礼な理由で却下された。

まったく、俺がどさくさに紛れて胸を触るとでも思ったのだろうか。

「ったくしょうがねえな……おい、降りろよ総一郎。俺が手本見せてやる」

「手本?」

「おう。こんな時に付喪主がどうするべきか、ってヤツのな」

「?」

 そう言って鳥居に向かって歩き始めた正源司。

 仕方無く、俺は一旦地面に降ろしてもらってその後に続いた。

「う……近くで見ると更に不気味だな…………」

 うねうねと蠢き続ける無数の腕。

 まるで今にもこちらに向かって伸びてきそうな雰囲気だ。

「前にも言ったけど本来付喪主ってのは得物を選ばねえ。札とか道具とか用意しなくても、その辺に転がってる適当なモノでも付喪神として使役する事が出来る。それが俺達の強みなんだ」

 真直ぐに橋の方を見据えながら正源司が言った。

「俺場合も、こないだ見せた苦無の他にケースバイケースで得物をチョイスしてる。今日は悪霊払いってんでこれだ」

 そう言ってベストの胸ポケットから正源司が取り出したのは、

「マッチ箱?」

 だった。

「おう。火ってのは全ての退魔の術の基本でな、古今東西ありとあらゆる術式で使われてる、人間が操れる最も原始的で最も神聖な力だ」

「ああ、うん。何となく分かるな」

「その火を使ってこの雑魚どもを一網打尽にしてやるよ。ちょっと下がってろ」

 正源司の指示に従って、俺達3人は鳥居の下から島側に移動する。

 2・3m程の距離が空いたのを確認すると、正源司はマッチ箱を握った右手を上に持ち上げて、大きく息を吸った。

 そして――

「出でよ業火の使徒! 汝が名、魔沙火炬マサヒコ!!」

 眩い光がその手から放たれる。

 思わず目を閉じたその刹那、付喪神の声が聞こえた。

「マッチでぃぃっす!!」

 まるで機械で作られたかのようなデジタルな声。

 慌てて目を開けるとそこには、

「…………マッチ?」

 マッチ棒が立っていた。

 バカみたいにデカい。

 恐る恐る近付いてみる。

「マッチじゃねえ。魔沙火炬マサヒコだ」

「いや名前の話じゃなくて見た目が……」

 正源司が召喚した“業火の使徒”。

 その姿は一切の比喩も誇張も無く、本当にマッチ棒だった。

 但し俺と同じくらいの大きさで、ゴボウみたいな手足が生えているが。

 目も耳も鼻も口も見当たらない。

「正源司、お前手ぇ抜き過ぎじゃないか?」

「どういう意味だよ」

「いや色々と」

「まあ良いではないか主殿。ここは正源司殿のお手並みを拝見させていただこうではないか」

「左様にございます。どれほどのほむらを操られるのか楽しみです」

「分かってんじゃねえか付喪神ズ。お前も良いから見てろって。ほら、もうちょっと下がっとけ」

 自信に満ちた笑みを見せて俺達に指示する正源司。

 俺は半信半疑のまま、また3m程離れたところまで移動した。

 正源司はそれを見届けて満足そうに頷いて、すっと顔をマサヒコの方に向けて口を開いた。

「っしゃ! 燃えろマサヒコ!! お前の力、見せてやれ!!」

「マッチでぃぃぃぃっっす!!」

 次の瞬間、ボンという音と共に熱波が頬を撫でた。

「うわっ!?」

「これは…………」

「なかなかに壮観でございますね……」

 光世とお光が感嘆の声を漏らす。

 さっきまで単なるデカいマッチ棒だったマサヒコの頭部(?)が、真っ赤な炎に包まれていた。

「確かに」

 明々と闇夜を照らすオレンジ色の炎に、俺も思わず目を奪われてしまった。

「おい、驚くのはまだ早えぜお前ら! こっからが本番なんだからよ! よし、マサヒコ!」

「マッチでぃす!」

「浮世に迷い出た迷い出た憐れな亡霊どもを、浄化の炎で眠らせてやれ!!」

 何となく正源司がノリノリになってきたような気がする。

 そんなノリノリの指示を受けたマサヒコは、スタスタと橋のたもとまで進み出た。

 そのままぐぐっと身体(?)を仰け反らせながらタメを作ったかと思うと、

「マッチ…………でぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっすっっっ!!!!!!!!」

 大音量のマシンヴォイスと共に、勢いよく頭(?)を突き出した。

 すると次の瞬間、ドンという鈍い爆発音を轟かせながら、橋を飲み込む程の巨大な炎が放たれた。

「うおおおおおおお!?」

 さっきとは比較にならないくらいの熱が襲い掛かってくる。

 咄嗟に両腕を交差させて顔を覆い、その熱を防ぐ。

 しかしその熱も、すぐに冷たい海風にさらわれた。

 熱さが遠ざかったのを確認して恐る恐る目を開けると――

「おいおい…………………」

 橋の欄干を埋め尽くしていた無数の腕は綺麗さっぱりと消え去っていたが、鮮やかな赤で染められていた橋は、煤のせいで闇と同じ黒に覆われていた。

「なあ、お見事だったけど……これ、大丈夫なのか?」

「え? あ、ああ……」

 どことなく遠い目をしているな、と思って話し掛けたがやはり正源司は放心していたようで、俺の声で我に返った様子だ。

「だ、大丈夫だろ。ほら、んな事よりさっさと渡ろうぜ?」

 多分あんまり大丈夫じゃないんだろう。

 正源司の虚勢が少し痛々しく見えた。

 とは言うものの、一瞬で無数の腕を消し去ってしまった事は紛れも無い事実だ。

 その強力さにはただひたすら感心するだけである。

 めらめらと頭(?)を燃やしながら俺達に並んで歩くマサヒコも、どこか威風堂々としているように見える。

「対岸近くまで燃えた痕がございますね。これは凄まじい」

「まさしくじゃ。これ程の炎を操るのであらば、滅多な事で後れを取る事はあるまいのう」

「お、嬉しい事言ってくれんじゃねえの付喪神ズ。もっと褒めても良いんだぜ?」

 意気揚々と軽口を叩く正源司。

 しかし、その自信も当然だろう。

 結局炎に焼かれた痕は、駐車場に接岸するたもと近くまでに及んでいた。

 他に何も無い海の上だから良かったものの、こんなの街中だったら一大事だっただろう。

 垣間見せた正源司の実力に、俺は舌を巻くばかりだった。


よろしくお願いします。

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