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脚フェチな彼のデビュー戦3

「反時計回りに島を1周か……ダリぃな」

 雌島の入り口に立つ鳥居。

 その鳥居の下で正源司が言った。

 悪霊とやらを呼び出す為に必要な作業らしく、黒井さんから指示されていた事だ。

「んじゃ行くか」

 正源司は相変わらず普段通りの様子で、スタスタと歩き出した。

 非常に気は進まないが、止む無く俺もその後に続く。

 当然の事ながら、島には街灯などという物は設置されておらず、ひたすらに暗い。

 しかもちゃんと歩道が整備されているという訳でも無いので、歩けない程酷くは無いが、それでも懐中電灯の灯りを頼りに歩くには、

「うおっ!」

「おい危ねえぞ」

 やはりアスファルトの上を歩くような訳には到底いかないのである。

「こんなとこ好き好んで歩く連中もいるんだよなー」

 俺とは対照的な、しっかりとした足取りで歩みを続ける正源司が言った。

 そう。

 今日は人払いの結界が仕掛けられている為人影は見当たらないが、これから夏にかけて暑くなってくると、休みの前になると肝試しに訪れる若者がそれなりに現れてくるとか。特に大学生なんかが、ある程度の人数でやってくるらしい。

 正直気が狂っとるとしか思えない。

 何が楽しくてこんな不気味な場所に来るのか。

 まあ動機なんて下心以外の何物でも無いんだろうけど。

 そりゃ女の子連れて来れば嫌でもくっつけるしな。

 でも、それを差っ引いたとしても、ここ、マジで危ない。

 割と霊感がある方の俺には分かる。

 居る。

 今日はまだ見てないけど。

 はて、そう言えばおかしい。

 ここまで何も見ていない。

 こんなに強く“居る”感覚がするのに。

 何が俺の気のせいか、良かった良かった。

 などとは全く思えない。

 どう考えても悪い兆候だ。

 嵐の前の静けさ、と言っても良いような。

「多分いつもだったら島中にばらけてるのが、1つに集まり出してるんだろうな」

 俺の前を行く正源司が、いきなり俺の思考を読み取ったようなセリフを、振り返らずに言った。

「ど、どういう事だよ」

「これな、反時計回りの散歩。別に暇潰しでやってるんじゃねえんだってよ。どうもこれで“陣”を敷いてるらしいんだ」

「ジン?」

「おう。姉ちゃんに聞いた。今日の事話したら教えてくれたんだ」

「どういう事だ?」

「あちこちに在る自殺者の念を1つにまとめる陣を、こうして島の外周をぐるっと回る事で創り出すんだってよ」

「へえ、歩くだけで出来るのか?」

「いや、だからこうやってほら」

「あ、それ」

 さっきから正源司は何をしているんだろうと思っていた。

 手にしていたペットボトルを、派手にこぼしながら歩くものだ、と。

「こうして清められた水を撒いてんだ」

 わざとだったようだ。

「お。そろそろ1周するぞ」

 赤い橋が視界に入ってきた。

 おっかなびっくりで歩きつつも、何とか1周出来たようだ。

 しかし、やっとの思いで辿り着いたスタート地点で、俺はこの世のものとは思えない光景を目の当たりにして、絶句していた。

「へえ、どんなもんかとは思ってたけど、ちゃんと術式は発動してんだな」

「お……おおっ、おおお、おおおおおお………………」

 風の冷たさでは無い寒さで全身が震えて、毛穴という毛穴が開き切ったような感覚に襲われている。

 鳥居に着くまでは、何も無かった筈なのに。

 なのに、今は、

「手、て…………て、てて、手、手、手て手手ててて……………………」

 向こう岸まで続く赤い橋の両側の欄干に、海から生えだした無数の人の手が絡みついていた。

「流石に気持ち悪ぃな。どうせなら女の脚にしろってんだよ。だったら大歓迎なのによ」

「ど……どこまで冷静なんだよ!! あれ、おい!! 何だあれ!! 聞いて無いぞ!!」

 何故か逆切れしながら正源司に詰め寄る俺。

 けど、自分を見失っても仕方無いだろう。

 怪談話の中身が、そのまま現実になってるんだから。

「落ち着けって。こっからが本番なんだからよ」

「落ち着けるかぁ!! こんなんお前、デカい声でも出してないと腰抜けるわ!!」

「取り敢えず駐車場まで戻るぞ。んで一通り準備は完了だ」

「聞いてる!? ねえ聞いてる!? ってか見えてんのあれ!? 無理だって絶対!! あんな手ぇいっぱいある中歩ける訳無いだろ!?」

 確か怪談話だと、手に掴まれたら最後、海に引きずり込まれてしまう筈だ。

「走りゃ良いじゃん」

「無理だろ!! 橋200mあんだぞ!? 世界記録でも20秒くらいかかるっつーの!!」

「じゃあ飛べよ」

「もっと無理に決まってんだろ!! わしゃ鳥か!? 鳥に見えるんか!? 飛べる訳ねえだろ!! 飛べるならとっくに飛んでるわ!!」

「はは、総一郎必死だな。笑える」

「ふざけんなあああああああああああああ!!」

「で? ちったあ落ち着いたか?」

「はあ!?」

「だから、震え、止まっただろ?」

「あ………………」

 気が付けば、正源司の言葉の通りになっていた。

 必死になって正源司に逆切れして当り散らしている内に、さっきまで感じていた身体の芯から昇ってくるような恐怖は無くなっていた。

「ビビった時には怒るのが結構効果的なんだ」

「お、あ……ありがとう」

「初陣なんだ、しかもバケモノ初めて目にすりゃパニクって当然。でも、そんな時こそ冷静んなれ。自分を見失うと、相手に呑まれちまうぞ」

 腕組みをしながら、薄く笑みを浮かべて語りかけてくる正源司。

 やだ、何だか頼もしい……

「ホントに助かった。少しは落ち着けたよ。でも……」

 改めて橋の方に視線を向ける。

 蠢く無数の腕。

「やっぱちょっと無理だろ」

「お前さ、自分が何者が忘れてねえか?」

「何者?」

「お前、今どんな格好してんだ?」

「――!」

 正源司に指摘され、思わず俺は自分の身体を見下ろした。

 俺が身に纏っているのは、正面に立つ正源司とお揃いのもの、特殊部隊が装備しているような、漆黒のコンバットスーツだ。

 怪しげな古代遺跡から発見された超古代のオーバーテクノロジーを駆使して作成されたという、胡散臭さ満点の代物。一見すれば普通の繊維であるが、至近距離から実弾を打ち込まれても打ち身程度で済んでしまうという破格のアーマークラスを誇るオーパーツらしい。

その特殊装備に同じく黒のベスト、それから編上げの黒い軍用ブーツを着込んでいる。

いわゆる特機の“正装”だ。

「そう……だな。そうだった。俺は特機の隊員なんだ。付喪主っていう特殊能力を持った」

「そうだ。だったらあれくらい、てめえの力で何とでも出来るだろ?」

 真直ぐに俺を見ながら正源司が言う。

 俺は無言で力強く頷いて応える。

 そして、ベストの胸ポケットから鍔を、背中側のジッパーを開けて懐刀を取り出す。

 そのまま目を閉じて深呼吸をして、力を込めて言った。

「来い! お光、光世!!」


よろしくお願いします。

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