脚フェチな彼と鍛冶師
『まずは一度その刀を見せて下さい』
メールの返信は翌日だった。
結局俺が送ったメールの内容を要約すると、“国宝級の名刀を蘇らせてもらえませんか?”というもの。
それに興味を示してもらえたらしい。
第一関門を通過した事で安堵した俺は早速次のメールを送り、その後数日に渡ってやり取りを続け、何とかアポイントを取り付けるに至った。
そして今日、日曜日。
午前11時の福乃井駅前に俺は居る。
以前桜木谷先輩と行ったチェーンのカフェである。
『丁度福乃井に出る用事があるので』
という事で、古井さんの方から福乃井市内での待ち合わせを提案してきた。
依頼する側からすると少々気が引けたが、勿論近場に越した事は無い。
「まあ俺が客だから普通なのか……?」
賑わいを見せている店内で、1人カフェラテを啜りながら呟いた。
待ち合わせは11時半。
少し早く来てしまったか、と思いながら携帯電話を取り出してメールチェックをしていると、
「あの……仙洞田さん、でしょうか…………」
消え入りそうな声が頭の上から聞こえて来た。
おもむろに顔を上げると、俺の座っているテーブルの横に、どこからどう見ても幸薄そうな女性が立っている。
背は女性にしては高い方だ。しかし“スラリとした”とは言い難い。むしろ“ヒョロリとした”という表現がしっくりくるような、病み上がりですか? と尋ねたくなるくらいに華奢な身体つきである。
半袖のロングスカートのワンピースは黒一色で、袖口から見える握れば折れてしまいそうな細い腕や顔の病的な色白さが際立っている。
しかし、これがまた相当な美人だ。
ほっそりとした顔やまつ毛の長い愁いを帯びた伏し目がちな二重の眼は、全ての不幸を一身に背負っているかのようではあるが、正に“薄倖の美女”という言葉が相応しい容貌。
「あの…………」
再び聞こえてくるウィスパーヴォイス。
しげしげと見惚れていた俺は、その声でハッと我に返った。
「あ、す、すみません! 仙洞田総一郎です。古井さん、ですよね? お待ちしていました」
勢いよく立ち上がって不可部下と頭を下げた。
そのまま着席を促すと、古井さんは小さく頭を下げて椅子に腰を下ろした。
そして訪れる沈黙。
古井さんはただ静かに俯いてテーブルに視線を落としているのみ。どう話を進めたものかさっぱり分からない。
自分のコミュニケーション能力の低さが憎かった。
やはり正源司くらい来てもらえば良かった、と思っても後の祭り。
もっとも正源司だけでなく、桜木谷先輩にも付き添いを頼んではいた。
しかし、明日からの中間テストを理由に2人とも断られていたのである。
俺も本当はこんな事してる場合じゃ無いんだよな。
勿論喜由は置いてきた。
いかん、思わず関係無い事を考えて逃避してしまった。
「あ、の、何か、飲み物でも頼んできましょうか?」
なけなしの勇気を振り絞って話し掛けたが、
「…………はい。あ……いえ」
非常にリアクションに困る返事だった。
何という絡みづらさだ。
結局それからぼそぼそと2・3言葉を交わして、古井さんは自分で注文しに行くと言って席を立った。
その後ろ姿を見送りながら、何となく安堵の溜息が漏れてしまう。
どうやらコミュニケーション能力に難があるのは、俺だけでは無さそうだ。
そう思ったら、少し気が楽になった。
しばらくしてトレイにカップを載せて古井さんが戻って来た。
俺は着席を待って、早速本題を切り出す事にした。
「あの……早速で悪いんですけど、その……見せて、もらえますか?」
俺が口を開こうとしたのとほぼ同じタイミングで、意外にも古井さんから話を切り出してきた。
「あ、はい。えっと、ちょとこんな所で堂々とお見せするのもどうかとは思ったんですけど」
流石に衆目の前で刃物を見せびらかすのはマズいだろう。
俺は適当な袱紗に包んできた懐刀を、リュックから取り出して古井さんに手渡した。
「どうも………………」
しずしずと古井さんが袱紗から刀を取り出す。
そしてゆっくりと、ほんの少しだけ鞘から抜いて刀身に視線を落とした。
次の瞬間、
「!?」
伏し目がちだった古井さんの目が、カッと見開いた。
「仙洞田君!?」
一瞬誰の声かと思った。
それ程しっかりと聞こえた古井さんの声。
「この刀、どこで手に入れたんだっけ!?」
「え……っと、それは……」
「これ、尋常じゃないから。一般人が手に出来るような代物じゃ無いんだけど」
「――!」
今度は俺が驚愕に目を見開く番だった。
勿論古井さんの態度が激変した事に対して、だ。
爛々と瞳を輝かせている古井さん。
端から見ると、刃物を手にして目の色を変えているヤバい人以外の何者にも見えない。
俺は焦って周りを見回してしまう。
「ねえ聞いてる? 目利きの出来ない素人の寝言から思って冷やかし半分で来てみたんだけど、これはやられたわ。マジもんじゃないの」
剥き出しの本音だ。
「あの、古井さん、ですよね?」
「そうだけど?」
「い、いや、何でもありません。すみません」
「いい? 君にはこの刀の価値がどれくらいかは分からないだろうけど、鑑定書なんて無くてもこれが典太だって言われたら業界かじった人なら全員が全力で納得するレヴェルよ。ホントに国宝級だ」
「そんなに、なんですか?」
「そんなに!? かーっ! これだから素人は!! そんなにどころかこんなの博物館に直行してもおかしくないんだよ!? ねえこれホントに大丈夫? 盗品とかだったらシャレんなんないんだけど」
「あの、古井さん、少し声が…………」
古井さんがエスカレートするにつれて、少しずつ周囲の視線を集まり出している。
この状況の方がよっぽどシャレにならない。
「ああ、ゴメンゴメン。私ってこう見えて刃物に目が無くてさ。業物なんか目にしたら自分を見失っちゃうんだ」
「……でしょうね」
疑う余地は全く無い。
「ご心配の点ですが、それは盗品なんかじゃありません。祖父の蔵に所蔵されていたんです」
正確にはその懐刀では無く、まだリュックに入っている鍔が、であるが。
ぶっちゃけその刀は立派な盗品だ。
俺は脇に汗をかくのを感じた。
「そっか、それなら良いんだけど。でもここまで見事な刀が一般家庭にあったなんてね……」
「正直自分には分からない世界です」
「造りが見事なのは当然なんだけど、何だろう、圧倒的な力があるよ。この刀」
「え?」
「魂が宿ってる、って言うのかな? 何だろうね、ひょっとして三池典太の魂かも知れない。まあ分からないけど……でも、うん。確かに感じるものがある。良い刀だね、仙洞田君」
「あ、ありがとう、ございます」
先程までとはうって変わって、今度は意志の籠った目で真直ぐに俺を見ながら古井さんが言った。
俺は、礼を言うのが精一杯だった。
実の所、俺の方こそ古井さんの事を疑っていたし、侮っていた。
本当にこんなひょろひょろの女の人で大丈夫なのか、と。
でも、今の会話で確信した。
この人は、
古井緑空は、
本物だ、と。
よろしくお願いします。




