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脚フェチな彼の選択

「いーやーだー。拙者もまーじーるー」

 正源司家を訪問した同日夜。

 日課のドレーニングをこなし、やや遅めの夕食を終えて自室に戻り、早速お光と光世と話をしようと思った矢先、当たり前みたいな顔をして喜由がベッドに寝そべってスタンバっていた。

 どう考えても話がややこしくなる映像しか思い浮かばなかったのは言うまでもあるまい。

 特にこれから話し合う内容について説明した訳でもないのに、何かを察したのか散々駄々をこねて何とか居座ろうとする喜由を、必死で部屋に追い返そうとして一悶着した。

「あの、それがしは別段構いませぬが……」

 とお光は言ったものの、やはりここは俺が1人できっちりと話をしておきたいところ。

 勿論今後の仙洞田家に関わる事だし、少なからず喜由にも影響のある内容だし、気持ちは分かる。

 少々かわいそうな気がしないでもなかったが、やっぱり我慢してもらう事にした。

「さて…………」

 現在時刻は午後9時半を回ったところ。

 ベッドに腰掛けている俺と、正面にあるテーブルの左右にそれぞれお光と光世チビが正座して待機している。

「早速だが単刀直入に言おう。正直なところお前達が一振りの刀に戻りたがっている事について戸惑っている」

 一息に言った。

 お光と光世は真直ぐに俺を見つめたまま、黙って耳を傾けている。

「こうして一つ屋根の下で生活しだしてから、まだ2ヶ月も経っていないが、俺の中では既にお前達は家族の一員なんだ。だから1人減るというか、別の1人になるというかどちらと言えば分からないが、兎に角その変化を望まない気持ちがある」

 俺の言葉に、しかし2人は身じろぎもしない。

「しかし、俺も自分のわがままを突き通そうとも思わない。お前達が元の姿に戻れば強くなる事は分かっているし、そもそも今はより力を必要としている状況だ。お前達の希望も渡りに船とも言える」

「ならばまよわれることもあるまい」

 先に口を開いたのは光世だった。

「わしらのおもわくとあるじどののりがいはいっちしておる。おきもちはありがたくはあるが、やはりここはじつりをとるべきではないか?」

「まさしく。五剣の1つが賊の手に落ちた事を考えれば尚更だ」

「であるならば、やはり我々が元に戻るが得策かと」

「それでも、なんだよ…………」

 俺はそう言って深く溜息をつき俯いた。

 そのまま訪れる沈黙。

 お光も光世も、じっと俺の言葉の続きを待っているようだった。

 正直ここからの話は俺の本音であって、これを聞かれたくなくて喜由を追い返したという事実もある。

 しかし、やっぱり全部ぶつけなくてはならない。

「それでも、俺はお前達と一緒に居たいって思ってるんだ。単純に言えば寂しいんだよ。だってそうだろ? まあ最初は色々あったのは確かだけど、折角ここまで仲良くなったんだ。そりゃお前達にエロい事してやろうとかってのも目的ではあったけど、でも、こうやって家族みたいに暮らしてきて、大変な事とか危ない事とかもそれなりに一緒に乗り越えてきたんだ。それなのに、その中の誰かが居なくなるなんて、そりゃ寂しいだろ」

「総一郎殿…………」

「あるじどの…………」

 包み隠さず言ってやった。

 思ったよりも恥ずかしいものだ。

 そして今更ながら思い知ったのが、同じくらい、怖いという事。

 もし、寂しいとか、俺が1人で勝手に思っていただけだとしたら。

 お光も光世もそんな感情を一切持ち合わせてなく、一刻も早く元に戻りたいと思っているとしたら。

 まるっきりバカみたいじゃないか。

 俺だけが空回りして、まさにピエロだ。

「総一郎殿、顔をお上げ下さい」

 俯いたままぐるぐるとそんな事を考えていると、お光の声が聞こえて来た。

 ゆっくりと顔を持ち上げると、お光は至って真剣な表情で、俺に視線を向けていた。

「総一郎殿のお気持ち、それがしも十分お察ししております。それがしも、同じ思い故」

「え?」

「わしもじゃ、あるじどの。さびしくないといわばうそになる」

「ええ?」

 俺の杞憂を吹き飛ばすような、お光と光世の返事だった。

「初めてお会いした時は、まあ決して良い印象は持ち合わせてはおりませんでした。唐突に脱げ、とも申されましたし」

「あ、ああ~、まあ…………うん」

「しかし、これも何かの縁と半ば諦観し共に時を過ごす内、総一郎殿の人となりも見えてくるにつれ、付喪神として使役される事も満更では無いと思うようになりました」

「まあ、いくじがなくてあしばかりみておるあほうではあるがの」

「………………」

 的確過ぎて返す言葉が出て来ない。

「じゃがしのみやにたんかをきったことといい、きゆめのことでけんめいになったことといい、なかなかにみどころもあると、おもうてもおる」

「光世……」

「そういう事にございます。我らも総一郎殿をお慕い申し上げているのです。寂しく思わぬ筈がございましょうか」

「お光……」

 2人が同時に腰を浮かせて、膝立ちのまま俺の傍まで移動してきた。

「それでも、にございます。総一郎殿」

「うむ。おおいなるてきにたちむかうには、このままではにがかちすぎておる。なによりも、われらがあるじどのをおまもりせねばならぬゆえの。わしらとてあんいにけつだんしたわけではないのじゃ」

 お光と光世、2人の顔を交互に見る。

 どちらも、それぞれに意志を宿した力強い瞳をしていた。

 その目を見ていれば、それ以上の言葉は不要だと、そう自然に思える程の。

 こんなに俺の事を考えて出してくれた結論に、どうして俺が反対する事が出来るだろうか。

 この時、俺の気持ちも決まった。

 2人を、元に戻してやろうと。

「…………ありがとう。お光、光世」

 俺は2人に向かって深々と頭を下げる。

 目頭が熱くなって、涙がこぼれないようにするのに必死になりながら。

「こちらこそ、感謝の念に堪えません。短い間でしたが、ありがとうございました」

「まことおみつのもうすとおりじゃ。あるじどのせわになった」

 2人のその言葉に続いて、何か動く気配を感じて顔を上げると、お光と光世が三つ指をついて床に頭を垂れている姿が目に入った。

「おいおいどうしたんだよ。頭上げてくれって。こんなの逆に戸惑うじゃないか」

 慌てて2人にそう言うと、お光も光世も静かに面を上げた。

「なに、やはりただすべきところはたださねばの」

「左様にございます。けじめは肝要かと」

「んで? どうやって元に戻んの?」

 唐突に聞こえてくる喜由の声。

 3人同時に声の方向を見ると、いつの間にか部屋に入り込んでいる、体操服姿の喜由の姿があった。

「……いつからそこに居たんだ?」

「ずーっと居たけど部屋に入ったのはつい今しがた。ふひひっ、感動のシーンだったでござるっ」

 にんまりと白い歯を見せながら、笑って見せる喜由。

 お前のおかげで台無しになったけどな。

 そう言い返す気持ちすら湧いてこなかった。


よろしくお願いします。

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