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脚フェチな彼の相談

「……ふうん、なるほどねえ…………」

 一通り俺の話を聞き終えると、睦美さんは頭の後ろで両手を組んで、そのままソファの背もたれにゆっくりと身体を沈めた。

 組んだ脚のジャージの裾からは、きめの細かい白い肌をした素足が見えている。ソファと同じ赤いペディキュアが塗られた爪先が扇情的で、形も実に整った足だ。これでストッキングでも履いていれば、最早俺の視線は他に浮気する事は無かっただろう。

「事情は分かった」

 しかし、頭の上から聞こえて来たその声で我に返る。

「まあ何を思い悩んでるのか、ってのは大体理解出来たよ。それを踏まえた上でだけど……まず大前提として、そーいち、アンタ付喪神ってどういうもんだと思ってる?」

「どういうもの、ですか?」

「そう。どう思ってる?」

「そう、ですね……」

 不意に振られたその質問に、しかし俺は即答出来なかった。

 あまりにも根本的過ぎたから。

 こう面と向かってズバリ問われた事は、そう言えばこれまでずっと無かったかも知れない。

 ある日突然俺の前に現れたお光。そしてそのお光を追ってやってきた光世。そして何より、俺の妹としてオフクロが腹を痛めて産んだ喜由。

 正直なところ、他の付喪主をろくに知らない俺にとっては、この3人以外の付喪神の事も当然知る由も無い。

 どう、と問われたところで“家族のようなもの”としか回答する事が出来ないのだ。

「あはは、まあそうなんだろうね。ちょっと聞き方が曖昧だったかな? アタシが聞きたかったのはさ、もっと大きい視点での事なんだよ。付喪神ってどういう事象だと思う? って聞けば良いかな?」

 俺の回答に、睦美さんはからからと笑ってそう答えた。

「事象……主に年を経た無機物が、生命を持った存在として変質したもの、じゃないかと」

 今度はそう答える。

 すると、俺の答えに満足したのか、睦美さんがにんまりした笑みを浮かべる。

「うん、まあそんなとこだろうね。大体はあってる。じゃあもう少し補足しようか」

「はい。お願いします」

「じゃあさ、そーいちは疑問に思った事、ない? 何で俺の付喪神は女の子なんだろう、とかって。あ、女の子なんだよね? アンタの」

「あ、ええそうです、けど……それは……」

 その質問には、少なからず心当たりがあった。

 何で刀の付喪神が、可愛らしい少女なのだろうかと。

 喜由はベースがあったから当然としても。

「思った事、あります」

「だろうね。結論から言うと、それはアタシ達“ヒト”の影響なんだ」

「人間の、ですか?」

「そう。いっこいっこ片付けてこう。まず自然発生する付喪神も、アタシらみたいな付喪主が召喚する付喪神も、実のところ大差無いんだ。どっちも人の“念”や“霊力”なんかを受けて生命を得てる、っていう点ではね」

 そう言って、睦美さんは少し身体を起こして足を組み直した。

「ただ古けりゃ良いってもんじゃない。それとか大勢の人間の念を受けてれば良いってもんでも無い。それだったら、そうだな、例えば古い仏像なんか、みんな付喪神になっちまう。そうだろ?」

「ええ、そうですね」

 この辺りは桜木谷先輩からも聞いている。

「みんな無意識下の深層心理ではちゃんと自覚してんのさ。いくら崇め奉ったところで、目の前にある神仏のありがたい象はパチモンで、ご利益なんてある筈無い、ってね」

 実にぶっちゃけた発言だった。

 身も蓋も無いとはこの事だろう。

「だから超有名な、それこそ毎日何百何千って参拝されるような神社仏閣の、それも国宝級の仏像なんかでも、まず付喪神になる事は無いんだよ」

「だったら、どういうものが付喪神になるんですか?」

「ポイントは“負の感情”」

 ぐっと身を起こして、右手の人差し指をピンと立てる睦美さん。

「負の?」

「そう。もっと単純に言えば“恐怖”とか、かな?」

「恐怖……」

「呪われるーとか祟られるーとかっていうアレだよ」

「ああ」

「負の感情は強くてね。例えそれが誰かの妄想だったとしても、思い込んだらその誰かにとっては真実になる。しかもそうの手の話ってのは広がりやすくてね。その内は無しに尾ひれがついてどんどん内容も大袈裟になって、やがて相当な“負”の念が対象に向けられるようになる」

「そして、付喪神が生まれる、ですか」

「そういう事。あ、でもさっき聞いた限りでは、その光世ちゃんだっけ? 元々野良の付喪神の。その娘は違うだろうね。多分妖を斬りまくった業物だから、自然に神性っていうか妖力っていうか、そういうのを帯びるようになって生まれたんだと思うよ」

「そんな事もあり得るんですか?」

「何の変哲も無い鉄の塊でも、磁石にずっとくっついてたらその内磁石になる、みたいなもんさ」

「成程」

「まとめると、自然に生まれる付喪神tも付喪主に召喚される付喪神も、どっちも元は人間が創り出したもの、って事。オーケー?」

「はい。オーケーです」

「よろしい。小次郎、コーラ持ってきて」

「はあ? んだよいきなり」

「黙って座ってて暇でしょ? 喉乾いたの」

「ったく自分の方が近いクセに…………」

 と、言いつつも、割と素直に腰を上げた正源司。

 ブツブツ言いながら台所へと消えて行った。

「そう言えば、まだ付喪主になってそんな経って無いんだろ?」

「え? ええ、まあ。大体2ヶ月弱ってとこ、ですね」

「ふうん……しかも、独学で、だよね、確か。大したもんだよ」

「そうでしょうか」

「身内の贔屓目抜きにしても、小次郎はあれで中々に腕は立つ方なんだ。手前味噌になるけど、チビの頃からアタシが直々に鍛えてたってのもあるしね。その小次郎相手にして、それなりに立ち回れたってのは、それだけで胸張って構わないよ」

 薄く笑みを浮かべながら、それでも少し真剣な目で、睦美さんが言った。

 俺は何となく姿勢を正して、ただ黙って頷くしか出来なかった。

「おらよ姉ちゃん。ほら、総一郎も。麦茶しかねえけど」

「さんきゅー」

「悪いな正源司。麦茶で全然構わないよ」

 ったく、と言いながらどかりと腰を下ろす正源司。

 そのまま自分のお茶をぐいっとあおった。

「ふいー、さて喉も潤ったところで続きといこうか」

「お願いします」

「次はアタシらが召喚する付喪神ね。まあ始めに言っとくと、本当はどんな付喪神を召喚するかってあらかじめ決めておいて、それから喚び出すのが基本なんだ」

「え、そうなんですか?」

 寝耳に水の一言だった。

「だから、そーいちが無意識で召喚した付喪神が女の子なのは、アンタの深層心理が影響してる可能性が考えられる」

 そう言って、再びごくりとペットのコーラを飲み込んだ睦美さん。

 遠慮なくゲップする姿を見ながら、俺はお光を初めて召喚した時の事を思い返していた。


よろしくお願いします。

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