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プロローグ

「それがし、先程お手にされた“鍔”の付喪神にございます」

 確か、最初にアイツが言ったセリフはこんな感じだった。



 ゴールデンウィークの初日。とある事情から親戚ん家の田植えの手伝いに駆り出されて、夕方になって何とか抜け出した後、母屋の裏手にある土蔵でお宝を探していた時。

 突然現れた少女が、目の前で折り目正しく正座してそう言った。

 俺はその声が聞こえなかったかのように、ジャージのポケットから携帯電話を取り出して現在時刻を確認した。

――午後四時四九分か。

 蔵に入る前に時計を見た時は、四時少し前だった。あれから小一時間程経ったのか。

 俺はくっとメガネを直し、そのまま表情も変えず返事もせず、改めて正座をしている少女に眼を向けた。

 相手も俺と同様、真直ぐな視線をこちらに向けている。

 目の前に突如として現れた、上が白で下が紺色の剣道の胴着のような格好をしたその少女は、端的に言って美少女だった。

 背中まで伸びているであろう黒髪はきりりと一つに結い上げられ、前髪が眉の上できっちりと切り揃えられている。二重で勝気そうな猫目、少女らしいぷっくりとした唇に小さい鼻など、およそ美少女と称するに全く問題の無い顔立ちだ。

 ただし、左眼を刀の鍔のような眼帯で覆っているのは、その可憐な容姿にはまるで似つかわしくないが。

「あの……いかがされた?」

 置物のように微動だにしない俺に痺れを切らしたのか、眼帯美少女がその容姿に相応しい可愛らしい声で問い掛けてくる。

 しかし、それでも尚俺は口を噤んだまま観察を続ける。

 年の頃は……正直女子の年齢は分からないな、恐らく俺より年下なのは間違い無いだろうが。顔つきは整っているものの、どことなく幼さというかあどけなさを感じるし、小柄で華奢で、何より胸が小さい。

 いや、小さい事は悪い事ではない。世の中には決して少なくない需要があるし、何より俺自身胸にこだわりは無い。あんなのは適当に出てりゃいいんだ。やはり何と言っても女は脚が命。特に足首がきゅっと締まっていたら最高だ。いくら顔が良くても脚がだらしなく太かったりしたらそれだけでもう存在価値は無いと断言出来る。まして必要以上に太い脚など、最早存在そのものが罪に問われるべきだと思っているくらいだ。

 そう言えば、この少女はどうだろうか。正座という体勢では脚を確認する事が出来ない。いっそ脚を伸ばすよう勧めてむようか?いやそれよりいっそ袴をめく――

「もし? よもやお加減でも悪くしていらっしゃるか?」

 ガン見を続ける俺に、恐る恐る、といった様子で再度少女が声を掛けてきた。

「いや、心配には及ばない」

 その少女の声で我に返り再びメガネを直しながら、彼女に倣って俺もあぐらのまま背筋を伸ばし居住まいを正して返事をした。

 すると、ようやく俺が声を発した事で安堵したのか、少女が小さく息をついた。

「失礼仕りました。では改めて、それがしは――」

「それはもう聞いた。付喪神、だったか? 聞いた事はある。確か年月を経た“モノ”が生命を宿す、といったような存在だったと思ったが。目にするのは恐らく初めてだが、まあそんな事はどうでもいい」

 少女の話を遮って言った。

 すると、彼女は少し目を開いて意外そうな表情を見せる。

「どうでも……でございますか?」

「まさしく。父方の血統を辿ればその手の力の持ち主がいたらしくてな、こう見えて物心ついてからこの方、物の怪や魑魅魍魎といった類を目にする事も珍しく無かったんだ。まあこうして言葉を交わした事なんかは稀ではあるが」

「左様にございましたか、ならば話は早い。それがし――」

「待った」

 得心し話を続けようとした少女を、再び遮る。まだお前のターンではない。

「何やら話があるようだが、その前に俺の方からもいくつか確認しておきたい事がある。まずはそちらを優先させてもらいたいがどうだろうか?」

「いや、それがしとした事が迂闊にございました。突如現れた何処の馬の骨とも知れぬ輩を前に、何の疑念も抱かぬ道理もございません。まずはご容赦を」

 そう言って深々と頭を下げる自称付喪神少女。どうでもいいが、発言が一々時代がかっているというか回りくどい。

「気にしなくて構わない。それよりまず聞きたいんだが、君はいつからこの蔵にいるんだろういか。俺は今年で一七になるが、小学生の頃からこれまで、少なくとも両手の指では足りない程はここに出入りしている。勿論昔から“見えて”はいたが、今日に至るまで君の姿を視認した事は無いんだが」

「それは無論にございます。それがし本日初めて付喪神となりました故」

「は?」

「御身がそれがしをご存知無かったのも無理からぬ事。では早速それがしの話を――」

「待て」

 再び話を始めようとする少女を止める。この短いやり取りの中で、コイツの性格が何となく見えてきたような気がする。

「何だその一問一答式受け答え。じゃなくて。もっとこう、あるだろう? 今日初めて付喪神になったなら何でいきなりなったのか、とか。今までは何故何も起きなかったのか、とか。その辺りを説明してくれよ」

「おお、これはまたもや迂闊でございましたな。それではまずそれがしが付喪神となり得た事由からお話致しましょう」

「頼む」

「御身がそれがしをお手にされたが故、にございます」

「俺が?」

「いかにも。実の所、それがしは人の身を持って顕現するには少々力が及んでおりませんでした。しかしこの度御身のお手に収まった事によりそのお力を分け与えていただけて、このように付喪神として御目文字仕る事が叶った次第にございます」

「え、何それ。俺そんな力とか与えた覚え全然無いんだけど」

「ふむ。しからばご自身のお力をご存知無かったという事でございますな。しかし百聞は一見に如かず。このようにそれがしが顕現した事が何よりの証左」

「俄かには信じられんが……と、言う事はだ。俺はお前の生みの親という事になるのか?」

「多少語弊はありますが、概ね仰る通りかと」

「そうか。そういう事か…………」

 意外な事実を目の当たりにした。俺にそんな力があったとは全く知らなかった。いや、これまでも何かとその手のオカルトなあれこれ見てきたから、まあ特別驚きもしないが。

 しかし、この際そんな事はどうでもいい。今一番重要なのは、目の前にいるこの美少女が、俺の力によって創造された存在だという事だ。俺は、つまるところの所有者・管理者・保護者である。そうなるとだ、コイツをどう取り扱おうと、それは俺の自由だという事では? 

何と言う事だろう、こんな美少女が俺の物になるとは…………

俺凄いツイてる。久し振りに田んぼの手伝いに来て良かった。

「ではそれがしの話をお聞きいただいてよろしいか?」

「待て」

「まだ何か?」

「スマンが立ってもらいたいんだが」

「は? 立て、とは立ち上がるという意味合いでよろしいか?」

「そうだ。頼む」

 俺の言葉を受け、少女は若干訝しむような表情を見せつつ立ち上がった。

 改めてみると、やはり剣道の胴着のような服装だ。白い胴着に紺色の袴、そして白足袋。左手に持っている刀は真剣なんだろうか? 背格好は、大体ウチの妹と同じくらい、か。やはり中学生程度というところだな。まあ胸は圧倒的に妹の方がデカいが。しかし、立ち上がる時にチラリと見えた足首は、実に俺好みの細さであった。

「あの……いかがされた?」

 じろじろと自身を見つめる俺の視線を受けて、更に怪訝な顔つきになる少女。

 そんな様子を微塵も意に介さず、すっと息を一つついて、俺は毅然と言い放った。

「脱げ」

「…………は?」

「着ている物を脱げ、と言ったんだ。何、遠慮する事は無い。スパっと全部キャストオフすりゃいいんだよ。あ、でも足袋は脱ぐな。こう見えて俺は全裸に靴下派なんだ」

「な、何を、おっしゃ………………」

 見る見るうちに少女の顔が真っ赤に染まっていく。成程、伊達に人の姿をしている訳ではないな。付喪神とは羞恥の感情も持ち合わせているという事か。とは言え――

「何も恥ずかしがる事なんて無いじゃないか。俺はお前にとっていわば父親同然の存在だ。親子なら共に風呂に入る事もあるだろう。さあ、今こそ父にお前の全てを見せておくれ!」

「し、し、正気か! それがしは付喪神! そこいらの女子おなごとは訳が違うのでございますぞ!?」

「そうか、なら理解出来ないのもムリは無いな。では教えてやろう。思春期を迎えた人間の男子という生き物はな、年がら年中一にも二にもエロい事で頭が一杯なんだ。それこそ寝ても醒めても! 良くマンガとか小説とかで“やれやれ僕は女なんかには興味無いんだ”とか“悪いけど妹みたいな存在だからそんな気になれない”とか“どけそこの裸の女! 今はそれどころじゃないんだ”とかってシーンがあるけど、あれホント理解不能なんだよ!! ぜってー無理だろ!!  そんな事言っちゃうヤツぁハイファンタジーの住人だっつーの!! 普通そんなチャンスあったら確実に手ぇ出すって!! だからお前が人間だか付喪神だか何だか知らねーけどそんなの関係ねーっての!! 人間の姿しててしかも可愛くてその上俺が生みの親とか言うんだったらもう絶対そういうエッチな事してやるって思うに決まってんじゃないのさ!! アンタだってそう思うでしょ!? アタイ何か間違ってる!?」

 いつも間にか俺も立ち上がって熱弁を振るっていた。何だか感情の赴くまま、一気に捲し立ててしまったようだ。奇妙な静けさが場を支配して、はあはあという荒い俺の息遣いだけが響いていた。

「何が何やらさっぱりでございましたが…………どうやら不埒な事柄を並べ立てられていたという事だけは、しっかりと伝わって参りました……………………」

 まるで感情の篭っていない少女の声が、やけに良く聞こえた。

 ハッとして彼女を見れば、これまで俺が目にした事の無いような目でこちらを見ているではないか。

 その時俺は理解した。

――汚物を見るような目とは、この事か、と。

「だがそんな事で怯むと思うなよ! 童貞歴=年齢の男子高校生の性欲舐めんな!! さあちゃっちゃとエロい事させ――え、ちょっと待って? 何で急に刀抜いたりしてんの? ちょ、おい、危ないからこっち向け痛え!! おい! 今ちょっと刺さっ、痛いってっ!! コラ!! お前親に向かって何……何刀振り上げてんだよ!? 怖い怖い怖い!! 本気で怖いって!! ごめんなさい!! ごめんなさいって!! ちょっとやだ!! やめ、や、待て待て待て、せめてメガネは外させ――うわあああああああああああああああああああ!?」

 その後の記憶は定かではないが、晩飯の時間になっても母屋に戻らなかった俺は、探しに来た母親に発見されたそうだ。土蔵の入り口付近でうつ伏せに倒れていたとか。全身に切り傷や痣を負った状態で。

 蔵の中がしっちゃかめっちゃかになっていた状態から、①俺が蔵の中を手当たり次第に家捜ししていたところ、②崩れてきた色んなものに巻き込まれて下敷きになり、③何とかそこから脱出したところで力尽き、④どうでもいいけどメガネがダメになった。という事で一件落着となった。勿論その場に居合わせた親戚一同からこっ酷く叱られたのは言うまでもないだろう。

 こうして俺はお光と出会った。後から思い返せば、その後巻き起こるあんな事やこんな事を如実に暗示する、最悪とも言えるファーストコンタクトだった。



某ラノベ新人賞の落選作です。日の目を見る機会も無いので、一人でも多くの方に読んでいただければ幸いです。

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