第7話
ウルフ達の動きは早く、この闇の中では視認性も悪い。厄介な相手だと思う。ウルフ達もある程度の群れで行動しているみたいだ。五匹のウルフ達がこちらに向かってくる。隊長とジルが先頭を走る。二人が盾となり攻撃を受けるのだ。フィンさんと俺は相手を仕留める役だ。
盾を構えたまま隊長とジルは壁を作るように突進する。ウルフ達は盾を避けようと左右に避ける。
左に跳び避けたウルフの一匹に走る勢いのまま槍を突き立てる――着地の寸前を狙った一撃は相手の胴体を貫いている。すぐに槍を引き戻し、次の敵へと対処する。
右に避けたウルフにはフィンさんが魔法の矢を打ち込んでいる。一撃では仕留めきれなかったものの隊長の剣による一撃で仕留めていた。
盾でのチャージのおかげで五匹を分断し孤立させている。すでに二匹は倒している。残るは左に一匹、正面に二匹残っている。
(いける、十分に戦える!)
左側にいるウルフを相手に構えをとる。こちらを標的としたのだろうウルフは突撃してくるが――フィンさんの魔法が飛ぶ。ウルフの横っ腹に突き刺さるのは魔法の矢だ。
ガッと苦痛の声を漏らすウルフ。矢の威力によって吹き飛ばされたウルフに追撃の一撃を打ち込む。腹を貫くように槍を突き刺す。
「フィンさんナイス!」
「クルト君も見事」
短い言葉で互いを称賛しあう。まだ全て倒し終わっていない、ジルと隊長がまだ戦っている。防御主体の二人では致命的一撃を相手に中々与えることができないのだ。
「俺はジルの方を」
「了解、私は隊長」
短いやりとりで標的を決める。大きな盾を上手く使い攻撃を捌くジルに声をかける。
「ジル!」それだけで気づいたのであろう、ジルは飛びついてきたウルフに大盾をぶつけ相手を吹き飛ばし距離をとる。
すかさず、槍を前にとびかかる。ジルの方に集中していたウルフもこちらに気付き身を低くするが、ジルのシールドバッシュによって流れている身体はこちらの攻撃を避けるだけの機動力はない。
跳びかかるのと同時に放った突きは浅く、相手を少し切り裂く程度に終わった。
着地をした俺と同時に姿勢を立て直したウルフは迷わずに飛び込んでくる――組みつかれたら終わる。まだ距離はある。冷静に対処する。
相手の身体を持ち上げるように槍を下から上に振り払う。穂先での攻撃ではなく柄で殴りつけるようにだ。
「ジル!」さらに呼びかけると。すでに戦いの流れを見ていたジルは用意していたようだ。剣を構える。
力をグッと込めウルフの身体をジルのいる方向に飛ぶように槍を振る。想定通りの軌道で跳んだウルフをジルは力任せに剣を振り地面に叩き付けていた。
隊長たちの方も倒し終わっていたようだ。辺りでは他の兵士たちも戦っている。動くウルフ達の姿は少なくなっていた。余裕だったじゃないかと拍子抜けする。コワイと思っていた自分が馬鹿らしかった。
そんな甘い考えはすぐに違うと思い知らされた。
「ウオオォオオン」と鳴き声が聞こえた。一匹だけのものではないだろう。それに連鎖するようにそこら中から叫び声のような鳴き声が聞こえる。取り囲むように黒い影がいる。辺りを見回すと先ほどの十倍はいるのではないだろうか、それほどの数が見えた気がした。
「隊長、あれ何匹いますかね」
「わからんが、全部やらねば我々は死ぬ。何匹でも同じだ、ゼロになるまで倒すのみ」
「クルトぉ、わかりやすくていいじゃないかぁ。全部いなくなるまで倒すだけでいいんだぁ」
「分かりやすくていい」
それぞれ軽口で答えるのはこの状況を少しでも軽くしたいからだろう。
俺は槍についた血を拭うと、盾役の二人の後ろについていく。オレ達が相手にするのは先ほどの何倍の相手だろうか。余力はまだまだある、この腕が上がらくなるまで槍を振るおう。それが俺にできることだ。覚悟を決め群れの中に突入する。
あれからかなりの時間が過ぎていた。現れたウルフ達の数は最初の半分程度になっただろうが、まだまだ沢山いた。敵の物量に押し込まれたオレ達は陣の周りで防衛線を張るのがやっとになっていた。負傷者も増え、皆が満身創痍だ。敵を倒すペースも落ちているし、魔術師たちは魔力が尽きて剣で戦っている。フィンさんもそうだった。
予備兵力もすでに投入していた。このままでは崩されてしまうのも時間の問題だろう。
陣の一角が崩れ、敵の中に取り残されてしまった人がいた。魔力が尽きて剣で戦っていた魔術師の一人だ。みんなが彼のことを諦めていただろう。
でも、俺は嫌だった――誰かが目の前で死んでしまうのが許せなかったのだ。
「クルト君、ダメ!」
フィンさんの叫び声が聞こえるが無視して走る。
崩れた陣の方へ走る。盾で攻撃を受け止めている兵士たちの間と通り抜ける。すれ違うウルフに石突で殴りつける。取り残された魔術師に群がるウルフ達を槍で力の限り振り払う。近くにいるウルフ達に牽制するように槍を振り回した。
彼の方を向き、状態を確認すると既に目に光はなく、のど元をかみ切られている。すでに絶命していた。
――遅かった。頭が真っ赤になる。
「うわああああああ」
腹の底からの叫び声をあげる。周りのウルフを標的とし槍を叩き付ける。構えなどなくただ力任せの攻撃だ。ウルフ達は距離をとりこちらの隙を伺うように様子を見ている。
冷静な相手の行動を見て、俺も一段思考を冷却させる。全滅させるためにはどうしたらいいかを考える。構えをとり、相手を見据える。――ウルフを一撃で倒していけばあと一〇〇回も槍を振るえば終わるだろう。そんな考えが頭に浮かび。実行に移す。
踏み込みはいつもより深く、相手の間合い以上に踏み込んでいる。確実に仕留める一撃を出すためだ。最初の標的と決めたウルフは跳びかかろうとしているが、その動作よりもさらに早く槍を突き出す。
捻りを加えた突きは容易く相手の毛皮を突き破る。後ろで気配がある。確認もせずに俺はさらに前へと踏み出す。
敵を倒したことにより空いたスペースを利用し回避する。後ろから跳びかかっていた敵は空振りをするが、そのままの勢いでこちらへと向かっている。
槍を大きい円を描くように振り回す。穂先で一匹のウルフの喉元を切り裂く。
さらに左右から襲い掛かってきたウルフを石突と穂先それぞれで突きを繰り出し、牽制する。穂先で突いた方は絶命していた。しかし、槍に突き刺さったままになっていた。
引き抜こうと槍を引くが、思った以上に手間取っていた。思わず舌打ちをしていた。一瞬のすきだっただろう。跳びかかっていた、ウルフに気付かなかった。後ろから来ていたウルフは俺を地面に押し倒す。
まずいと思ったときには槍から手を放していた。腰に付けていた短剣を両手で持ち相手の眉間に突き刺した。
跳びつかれたウルフは倒したもののツメで背中を切り裂かれていた。すぐに立ち上がり槍を持とうとするが、さらに大量のウルフがこちらに跳びかかってきた。再度地面に引き倒される、右腕は噛みつかれ動かせる状態ではない。
喉元に食らいつこうとするウルフには左腕を食わせてやった。革の防具など役に立たず噛みつかれた腕は牙が突き立ち、顎の力で骨はミシミシと軋んだ音がする。
痛みに涙がでる。失禁もしてしまっていた。ここで死んでしまうんだなと客観的に思ってしまうほど、冷静に頭は考えていた。陣の方をちらりとみるとフィンさんがこちらに来ようとしているが、隊長に止められているのが見える。
(あぁ……、ごめんフィンさん)
フィンさんには悪いことをした。魔術師を助けに行くのは無理だと判断し、止めてくれたのに無視して飛び込んできてしまった。結局は無意味だった。せめて彼女たちが生き残れるようにと神様に祈る。
ゴゥっと音がした。次にはドーンと激しい光とともに破裂する音。ウルフ達が宙を舞っていた。俺に噛みついていたウルフ達も全て吹き飛んでいた。
「大丈夫かい、クルトっち」
声のした方を見ると太陽の光で眩く輝く黒髪を揺らす女性が立っていた――いつの間にか朝になったんだな、なんてことを考えて俺の意識はそこで暗い闇に落ちていった。