第4話
翌朝、日が昇る前に目が覚めた俺は、いつも通り訓練に出かける。軽鎧を着て愛用の槍を持つ、宿舎内の訓練場に槍を置き、宿舎の周りを走る。 澄み切った空気は寝起きで回転の遅くなっている脳を目覚めさせてくれる。
朝日が昇りだした頃、訓練場へと戻り、槍の鍛錬へと入る。基本となる型をそれぞれ一〇〇本づつ繰り返す。それが終わると、今日から始める新たな訓練を開始する。
闘技大会では強力な一撃が打てなかったため、一矢も報いれないまま終わってしまったのだ。強力な攻撃を繰り出せるように、技を磨く。全力の力で放った突きを訓練用の木人に叩き付ける。訓練用の刃のない槍を使用しているので木人はそうそう壊れることはないだろうと思っていた。考えが甘かったのだろう三度の突きで訓練用の槍も木人も見事に破壊された。
片づけをしながら、次の練習方法の思案に入る俺であった。
衛兵詰所、ここが俺の職場だ。常時五人ほどの人員が詰めているここは、殺風景で特に見るものなどないであろう。詰所の奥にはベッドが置かれており、夜勤の際などはここで交代に睡眠をとるのだ。あとの設備といえば便所と隊長の座る席の周りにある書類棚くらいなものだろう。
仕事はというと、日に四回のパトロールと詰所での待機任務だ。パトロールは午前・正午・午後・夕方と時間をおいて行っている。任務時間は二交代制で日勤の午前から夕方までと夜勤の夕方以降から明け方までという分け方だ。
俺は日勤が多く、夜勤の経験は少ない。隊長曰く、子供は寝ておけ――という事らしい。前回夜勤になったときは隊員の半分が食中毒で倒れたため、交代で仕方なく夜勤に選ばれた。そのときは一緒に夜勤になったフィンさんがこちらを凄く気遣ってくれたっけ、眠くないかなんて度々話しかけて心配してくた。心配されすぎて苦労もした――「クルト君といっしょのベッドで仮眠をとる」なんて言い出して諦めさせるのに苦労した。添い寝してもらわないといけないほど子供じゃない、これでも兵士となったからには大人なのだ。
今は午前中のパトロールに出ようかというところだ。二人一組で行うパトロールは基本的には一年目の新人は先輩と組まされる。しかし闘技大会のスケジュール調整で今日は同期であるジルと行うことになっていた。
「クルトぉ、準備はできたかぁ」
「おう、大丈夫。では、隊長殿パトロールに出発します!」
声をかけると机で書類仕事をしている隊長は書類に目を落としたまま――いってこい。と太い声で答えた。
この街には衛兵隊は三つある。西と東、そして街の外部を担当する隊だ。
西にある街の大門の傍にある門兵も兼ねている西部衛兵隊、もう一つは俺が所属する東部衛兵隊。この二つは街の税金によって運営される地方衛兵と言われている。役割は街内の治安維持だ。
外部を担当する隊は国から派遣されている国営衛兵隊だ。主に街道や街周辺の治安維持を行っている。
西の衛兵隊は西の大門とその周辺の警護が主な任務である。東の衛兵隊はそれ以外の街の警護となっている為、詰所が各地に用意されていた。本拠点である東の詰所、あとは中央、北、南に計四つ詰所が用意されていた。
パトロールは俺たちがいた東の詰所から北、中央、南、そして東へとぐるっと回る道順である。俺とジルはいつも通りの決められた道をパトロールしていた。と言っても常に目を見張らせている訳ではない。兵士が巡回するというだけで、ある程度の治安は維持される。兵士の前で事件を起こそうという人間はいないだろう。適度に会話しながら街を進んでいく。
もうすぐ中央の詰所が見えるだろうと言うあたりで、ジルが何か発見したようだ。
「クルトぉ、あれお前が負けた奴じゃないかぁ?」
ジルが指さす方を見ると、何人かの冒険者の中にネコマルの顔があった。顔というよりは鎧が目立つのだが。向こうもこちらに気付いたようだ、視線をこちらに向けている。俺たちは彼らに歩み寄る。
「ネコマルさん、こんにちわ」
「えーっと、確かクルトだったっけ?槍使いの」
「そうです、三回戦であなたに一撃でやられた槍使いです」
皮肉交じりにそう返すと、彼は自分の記憶があってたと安堵の息をついている。皮肉には気づいていないようだ。
「クルトはすごい槍捌きだったね、もし強力な武器があったら僕なんかじゃ適わないだろうね」
「顔面に5発もクリーンヒットされたもんね。レベル差と武器の性能差がなかったら、ネコマル瞬殺だったよね」
ネコマルの発言に追加で言葉を発したのは、隣にいた女性だ。こちらも冒険者だろう、黒く長い髪を後ろで纏め、腰の位置まで垂らしている。黒くしなやかな髪は絹のように滑らかで、彼女が動くたびに揺れている。
「いえ、ネコマルさんの最後の技すごかったです」
「え? あ、そう? あれでも初級技なんだよ。」
「ネコマル、冒険者の技はこちらの人間にしてみたら理不尽な物ばかりなんだからね」
……予想はしていたけど、やはりあの技でも大したことは無いものなんだな。過去に見た冒険者同士の戦いは目にもとまらぬ技の応酬だったなと、改めて思い出す。
「クルトっちの槍は凄かったよ。レベルさえ上がればネコマルよりもずっと強くなれるよ。」
クルトっち――と俺を呼んだ黒髪の女性は大きな瞳でこちらを見ていた。大きな胸の前で握りこぶしを作りグッとこちらを鼓舞するように突き出す。その衝撃でプルンと胸が上下に弾けていたが、ボクは決して何も見ていない。胸元に吸い寄せられる目を必死に反らしながら、ありがとうございます――と彼女に告げる。眼福だからではない。
「ナツミ、それが私の名前だよ。クルトっち」
「――ナツミさん達はこれからどこかにお出かけですか?」
「王都に行くんだよ、闘技大会も終わったしね。本大会は王都だし」
本大会は先日あった闘技大会の優勝者が集まる大会だ。地方で行われる予選大会が先日の大会なのである。
本大会という言葉が出たからには誰かが優勝したのだろうか。ネコマルさんは四回戦で負けたと聞いたが。
「本大会ってことは誰か優勝したんですか? ネコマルさんは負けたって聞きましたけど」
ネコマルが後ろでぐぅと唸っていた。
「私が女性の部で優勝したの。ネコマルの腕試しのついでに出ただけだったんだけどね」
「でたー、友達が参加するついでに応募したんですけどー私だけ受かったんですーつらいわー発言」
「ネコマルうっさい、ってことで王都に向かうんだよ」
なるほど。彼女は冒険者として一流なのだろう、大会には名声を求めた冒険者や腕試しのものなど様々なものが参加する。その中で優勝するってことは冒険者として高い位置にいるってことだ。衛兵隊は参加ノルマがあり毎回出場枠があるそうだ。冒険者が現れてから自分から手を挙げて参加するものは少ないが、俺は自分で手を挙げて参加した。兵士の中では、それなりに強いと思っていたが、冒険者には手も足も出なかった。これでは進んで参加したくなるものもいなくなるのは当然だろうと思う。
「そうですか、王都までは五日くらいでしたっけ。お気をつけてくださいね」
「ありがとうね、クルトっち。この街にもまた来るから、その時はよろしくね」
「クルト、またな。レベルしっかり上げておけよ」
二人は別れの言葉を告げると出発の準備をしていた他の冒険者達との輪に戻る。去っていくナツミの後姿は揺れる髪が動物の尻尾のように元気に跳ねていた。
そういえばと思い後ろを振り返ると顔を真っ赤にしたジルが直立の姿勢で固まっていた。
「ジル、どうしたんだ……?」
問いかけても動かないので頭を思いっきり叩く。
「はっ、天使がいた気がしたんだが。気のせいかぁ?」
ボケているみたいなのでもう一度殴っておく。
「ぐほっ、クルトぉあんまり殴るなよぉ馬鹿になるだろうぅ」
それ以上にはならないだろうから安心しろ――口には出さない。
「見惚れてたって事か、ナツミさんすごく綺麗だったな」
「だなぁ、オレなんて妄想の中ですでに大きな庭のついた白い家に住んで子供が三人とペットの犬を飼って……」
ジル本当に気持ち悪い――ジルの妄想を聞き流しながらパトロールの続きを行う。それにしても『レベル』を上げておけか。 ――『レベル』とは冒険者たちが良く使う人間の強さを表す度合だ。魔物のほうは『難易度』といわれていた。
彼らみたいに強くなるにはどうしたらいいのだろう。そんなこと考えながら巡回を続ける。その後は特に問題もなく巡回を終えた。その日は特に問題もなく任務を終えた。