神さまにやり直しを強請された、不憫な王妃の話。
がーっと勢いで書きました。
そもそもの始まりは何だっただろうか、とドゥーナは腕を組む。
この帝国に望まれて嫁いだのではないのは確かだ。だけど、どうして嫁いでしまったのか、そのきっかけはなんだったのかと考えて考えて、ああそうか、と頷いた。
従姉の、ディアナの代わり、だった。
美しいディアナ、麗しのディアナ。
金の髪は柔らかく、空の色を写し取ったような透き通った青い瞳。
肌は真珠のように柔らかく輝き、ふっくらとした唇は可愛らしい珊瑚色。
彼女を飾る言葉はどれもが素晴らしいもので、彼女自身も讃えられるに相応しい存在だった。
それなのに、ディアナは突然消えてしまった。
帝国の正妃として望まれ、それに応えたはずのディアナは、まるで髪に隠されてしまったかのように忽然と。
ただ一言、ごめんなさい、と記された手紙だけを残して。
ディアナの穴を埋めるために選ばれたのが、ドゥーナだった。
自国に、王族に繋がる未婚の女性はドゥーナだけしかいなかったという、下らない理由で。
ドゥーナは、ディアナとは全く違う。
肌の白さは通じているかも知れないが、健康的なものではなく、病的な白さで。
髪の色もくすんだ赤褐色だし、瞳の色だけが辛うじて鮮やかな緑色なのだが、それだけが目立ってアンバランスで奇妙でしかない。
そんなドゥーナを帝国によく差し出せたものだと、ぼんやり思う。
帝国はディアナを欲していたのに、やってきたのは、みすぼらしい小娘だ。
夫となったひとは、華やかな結婚式の後から会ったことがない――避けることのできない公務のときだけは顔を会わせるが、会話などあるはずがないから、ドゥーナの体調が悪いことに気づくはずがない。
そして、夫である帝国の主がそのような態度をとるのだから、彼の臣下たちがそれになぞるのは当然のことだ。
だが、ドゥーナはそれを黙って受けた。
それが自分の勤めだと思ったからだ。
姿を消してしまったディアナへの怒りも、みすぼらしい自分へ向けられる蔑みも、自分が受けとめるべき物だ。
別の言い方に変えれば、他にドゥーナの役割など無かった。
寝所へ足を運ばない夫との間には、子を孕めるわけがない。
王妃としての役割を果たせないのだから、いっそのこと廃位してくれればいいものを、どうしてかそれも赦されない。
ならば、彼らが気の済むまで、と諦めることにしたのだが、どうやらそんな悠長なことを言っていられない問題がある。
ドゥーナの肌は白い。病的な白さは、不健康さの象徴だ。
自国で、王族に連なる自分がどこにも嫁げなかった理由は、そこにある。
血を吐くような重症なものではないが、他のひとにとって何の苦にならないものがドゥーナを苦しめた。
それでも、自国にいる時は薬で押さえることができたが、ここではそうはいかない。
持参した薬はとっくに底をつき、ドゥーナにできることは、できる限り体を動かさずにいることだけだ。
そして、それがまた「役立たずの王妃」と囁かれる理由になる。
――おかしいなあ。
ぼんやりと椅子に腰掛け、腕を組んでドゥーナは考えた。
――血を吐くようなことは、無かったんだけどなあ。
お気に入りの白いドレスの胸元を赤く染め、そもそもの原因は、と息を吐く。
原因なんて決まっている。
全てだ。
全てが、ドゥーナを苛んだ。
考えなしに消えたディアナも、ディアナの身代わりに自分を差し出した自国の皆も、自分を放置し続けている帝国の皆も。
全てが全て、ドゥーナを拒んだ。
なるほど、体は正直と言うことか、と喉元からせり上がってくる血の塊を吐き出すが、助けは呼ばない。
ドゥーナを助けてくれるような存在は、帝国にいないのだから。
このまま血を吐き続けて息を止めてしまえれば、楽になるような気がする。そうしたらその先、誰にも迷惑をかけたりせずにすむだろうし。
じわじわと視界が滲むのは生理的な涙のせいだ。
悲しいとか、辛いとか、そういった理由なんかじゃない。
寂しいとか、苦しいとか、切ないとか、そんなことであってたまるか。
――だって、私、悪くないんだもの。
望まれなくても、身代わりだったとしても、それを必要としたのは帝国で、ドゥーナが頼んだことではないから。
だから、ドゥーナが悪いはずがない。
軽い音を立て床に倒れたドゥーナは、床の冷たさにうっとりしながら、どうしようもないと深く息を吐いた。
ああ、もう――全てがどうでもいいや。
やり直したい? と誰かが囁いた。
だから、なんで? と返した。
君の一生がかわいそうだったからさ、と誰かが笑う。
かわいそうだったらやり直さなきゃだめなの? と尋ねれば、誰かが「おもしろいね。」と手を叩いて笑う。
「強制的にやり直しさせるから。決定だから」
神さまにそう言われたから。
仕方ないなぁ、と頷いた。
――それでも、多分、あのひとは私に見向きなんてしないんだろうなあ。
そのうち続きを書く……はず。