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麗しき魔女の涙

 あの騒ぎから3日。何の騒ぎかって? そんなの決まっているじゃないですか! お祭りでもないのにあんなに神殿内が騒々しいことはありませんよ。

 もう、考えるのも嫌です。なんで私がラディス殿の慰みものにならないといけないんですか! 青春も全部捧げてラディス殿を支えて参りました。結果、魔王も消え、世界の平和に貢献したじゃないですか。その報いがコレって酷くないですか?

 私の嘆きを他所に、私の机には次から次へと書類が連ねられてゆきます。落ち込む暇も足掻く時間も与えないつもりですね。

 いっそめちゃくちゃな仕事して周りを困らせちゃいましょうか? いやいやそんなことをして困るのは私ですね。ラディス殿に関する案件は私以外は決済出来ないことになっていますから。なんだ、この私に都合悪いシステム。


「仕事をサボっても、手を抜いても困るのは貴女ですよ」


 神官長様、私の気持ちはどうでも良いってことかしら? 


「拗ねてもダメです。貴女が一度決めたこと、覆すためには女神の許可が必要です」


「許可が出たら……」


「きっと出ませんが」


 何! 今サラッと爆弾発言でしたよ。何で女神が私の願いを聞かないって決めつけてるんですか!


「女神は女神でもビアーチェのお許しが必要ですから」


「なぜに!」


「フラントゥーナ様の取り決めを覆すのは、ビアーチェのお仕事ですから」


 そう言えば、ビアーチェ様はそれがお仕事でしたね。しかし、ちょっとした指示にもそんな効力があるんですね。女神の加護って恐ろしいです。


「ビアーチェ様はラディス殿の意志が変わらぬ限り覆すことはないでしょう」


「そんな」


「守護の女神ですからね。危険物を処理出来たとお喜びになります」


 いやいや、私も諦めませんよ。


 しかし、ビアーチェ様を説得するのは骨が折れそうです。あの方は頑固ですから。フラントゥーナ様が若者なら、ビアーチェ様は子供に自分の考え方を押しつける母親です。そう簡単には揺るぎません。

 そうなると、ラディス殿を何とか諦めさせるしかありませんね。


 歯ぎしりしながらも、決裁を進めていきます。手を止めたら私が困りますからね。もう、見てるだけの神官さんは出ていってくださいよ。見張りなら控えの神官さんだけで十分ですから。気が散ります。

 じっとりと睨み付けると神官さんの一人が嫌そうに睨み返してきました。あの人は確か貴族の坊っちゃんで、奉仕活動の一貫として期限付きの出家でしたね。あの視線は明らかに軽蔑の眼差しです。

 階級社会ってこんな感じなんですね。庶民の私のほうが立場が上ということも、そんな私に睨まれたことも気に入らないんですよね。

 もう慣れましたが、前世の記憶が拒否反応を示します。 前世の世界にも地域や時代によっては身分や階級は存在するものでした。けれど、近代化の進んだあの時代のあの国には生まれながらの貴賤など存在しなかったと思います。

 それが良かったかどうかはわかりません。そのぶん能力のない人間には容赦ない世界でしたから。

 しかし、こんなに真面目に働いている者を蔑むのは人としてどうかと思いますよね。ちょっとイラっとしましたが、無視です。八つ当たりに睨み付けたのは私が先ですしね。せっせとハンコを捺していきましょう。


 因みにハンコの文化を作ったのは私だったりします。これのお陰で仕事の効率が飛躍的にアップしました。元はサインが主流でしたからね。時間はかかるし書き損じはでるし。大変でしたから。

 そんなわけで、部屋にはハンコを捺す音と私の鼻息だけが響いています。だって、怒ってますから。勿論、ハンコ捺しだってけっこう乱暴です。八つ当たりする場所なんてここ以外にないんですもん!

 ちょっとノって参りました。このまま一気にいきましょう!


 本日のノルマは勇者様ご一行が倒したボス級の敵に関するデータ報告までです。確認したら、製本なさるそうなので早めに確認しなきゃいけません。


 はい、これで終わりです!


 ああ、今日も疲れた……。私は大きく伸び上がりました。やりきった爽快感は最高です。何かと腑に落ちないところだらけというのは気持ち悪いですが。まぁ、いいでしょう。


 ん? 何か今変な音がしませんでしたか? カチッて何かスイッチでも入ったような。


「ご機嫌麗しゅう。勇導士様」


 異変を感じた次の瞬間、私たちの前に絶世の美女が現れました。

 神官さんたちはその様子に一瞬、真っ青になりました。でも、そこに現れた美しい女性を確認すると頬を赤らめて見入ってしまいました。

 色恋沙汰厳禁の神殿ですが、全く興味がないわけではないんですね……。でも、私にはあんなに冷ややかなのにこの反応は何? やはり腑に落ちません。


「ルミドラ様からもお手紙が届いていたんですね」


「はい」


「ルミドラ様、お久しぶりです」


 美女は私が挨拶をすると、ニッコリと微笑みました。私を認識すると内容が露になる仕掛けだそうです。便利ですね。

 しかし、ルミドラ様はいつ見てもお美しいですね。高位の魔族、吸血鬼のお姫様でいらっしゃいますから、立ち居振舞いも素晴らしい。

 朱色の髪に真紅の瞳。前世の世界ではあり得ない配色です。しかし、この方にはそれが良く似合っています。

 もうどのくらいかって言いますと、ラディス殿にも勝る! そう言っても過言ではない美貌です。整った容貌に白い肌、細くしなやかな手足。美女の必須条件は全部満たしていますね。一見奇抜に見える紫色のエナメルで彩られた爪も同色の口紅も、妙に似合うんですから素晴らしい!

 しかもお召しになっていらっしゃる黒いドレスで色気が2割はアップしています。体のラインをより引き立てるデザインになっているんですね。そのボンキュッボン……ちょっと触ってみたい。


 おっと、ヨダレが。あの美貌には女の私だって魅了されちゃいます。ああ、お美しい。映像でこれだけ美しいのですから実物はもっと……。

 ダメダメまたヨダレが出てました。私ってば変態みたいじゃないですか。集中しなきゃ。


 ルミドラ様はいつも自分の姿を立体映像として映し出すような手紙を下さいます。魔族の秘術とやらなんですって。魔族の使う魔法には文字によって構築するものもあるそうで、あまり文字は書かないとか。

そのお陰で私はこのお美しい姿を堪能出来るんですけれどね。


 はぁ、ため息が出ます。

 この方が吸血鬼でなければよかったのに。そうすればラディス殿は間違いなくルミドラ様を相手にお選びになったはず。残念です。

 あの二人が並ぶ姿はきっと、どんなに壮観だったことでしょう。残念過ぎます。そのお子様なんて、更に素晴らしい容姿になりましたものを。悔しいわ! でも、彼らの子供ってどんなカラーリングになったのでしょうね。まさか斑? いや、それはいただけない。

 ただそれは、もう見られない光景です。私が望んでもラディス殿と神殿により妨害されてしまいます。

 しかし、ルミドラ様も熱心なお方です。こんなにも熱烈にラディス殿に恋い焦がれていらっしゃるなんて。

 魔族のお姫様って、もっと傲慢で鼻持ちならない存在だと思っていましたから、意外でした。なんと言うか健気です。見た目はものすごく強気な女王様って、感じなのにね。そのギャップに悶えます。

 もしも、私が男なら絶対にこんな美女放っておきません。それをふるなんて、ラディス殿ってば何て罰当たりな! まぁ、人族的には認められない恋路ですけれどね。暫定魔王をわざわざ魔国に引き渡すなんて面倒起こしたくないので。

 私は平和主義者ですから。争い事も揉め事もごめんです。穏便に、平穏に。これが私のモットーです。なんたって元日本人ですから。和が大切なんです。協調性は宝です。本音と建前はきっちり分けて、なるべく他者との衝突を避けるべし!

 ストレスに押し潰されそうにはなりますけれどね。他者の顔色を窺うのはけっこう神経つかうので。


 ところで、ルミドラ様はいったい何のご用だったのでしょう? 今のところ、ラディス殿への熱い熱い恋心を述べられる意外は何らか内容のないお手紙です。これなら、直接ラディス殿にお渡ししたほうが良かったのではないでしょうか?

 実は私のチェックという名目で神官さんたちの目の保養をしたいだけなんじゃないかしら? 人のラブレターを覗き見たみたいでちょっと申し訳ないです。

 ああ、そんな泣かないでください。美しいって罪ですね。泣き顔すら絵になるって、どういうことでしょう? 綺麗に生まれただけで普通顔より人生三割増しで得していらっしゃると思います。ずるい!

 例えば、私がルミドラ様くらい美人だったらどうだったでしょう。「ラディス殿は嫌なんです」と泣けば神官さんの誰かが還俗して結婚してくださったんじゃないですか? 昨日の貴族の次男坊だって、プライドなんてかなぐり捨ててくれたでしょう。きっと、こんなに今後の人生について焦らなくても済んだような気がします。


「美人ってずるい」


「そうですね」


 もう還暦を越えたじい様の神官長様まで顔を赤らめていらっしゃいます。

 ずるいずるい! 羨ましいです。あのくらい美しく生まれたかった。もう拗ねちゃいます。どうせ私は普通顔です。むしろ何故、ヨーロッパ風の顔立ちの両親から前世と同じ顔の子供が生まれたのでしょう? 謎です。私一人だけアジア人顔なんですよ? それでもって両親とも似ているって不思議でなりません。どういうからくり? 髪だけは、生まれつき茶色でしたが、瞳は黒です。前世では黒髪を茶色に染めていたので、本当に全く同じ顔です。カラフルファンタジーな髪色、瞳の色が溢れている世界において、なんて地味なカラーリング。残念過ぎます。

 でも、神官長様の薄ピンクの髪色はちょっとごめんかも。だって遠目に見るとハ○に見えちゃうもん。お気の毒です。さっき私を睨んだ神官さんは水色でしたね。長髪だから今はいいですが、短く切り揃えたらこの方も地肌が透けて見えそうです。


「勇導士さま、どうか先日のお返事を撤回して頂けますようにお願い申しあげます。次代の魔王に勇者の血を継がせることで、長きに渡る我ら魔族と人族の戦いに終止符を打ちたいのです。」


 ルミドラ様の独白は続きます。

 私もそう思っていましたよ。でも、勇者の血を継いだ魔王って最悪ですよね。なんたって勇者の力を持った魔王ですよ。女神の加護まで受けているかもしれない魔王ですよ。そんなの生まれたら、人族は全滅ですから。

 ルミドラ様、貴女に泣かれるのは本当に心苦しいですが、出来ない相談です。第一にラディス殿が拒否する縁談を無理に進めると私の身も危険ですからね。

 本当にすみません。

 貴女が嫌いなわけじゃないですよ。寧ろお友達になりたいくらい大好きです。吸血鬼ってところは怖いですが。あ、でもこんなお友達がいたら平穏な生活は無理そうですね。やはり、そのお姿を拝見出来るだけでけっこうです。

 うん、彼女は芸術ですから。芸術は鑑賞するに限ります。管理は大変なので要りません。


 ルミドラ様はさめざめとお泣きになっていらっしゃいます。陶器のように滑らかな頬を流れ落ちて、顎を伝い、玉になって滴る涙。何でこんなにキラキラ光るんでしょう? 美人のオプションでしょうか? 魔族の特性でしょうか?

 その涙を浴びたら、もしかして私もちょっと綺麗になれますかね? 今度聞いてみようと思います。


「そんなくだらないことを魔国の姫に聞かないでください。人族の品位に関わります」


「はいはい」


 また、お口が願望を漏らしていました。ダメですね。口が弛いのでしょうか? いやいや、きっとストレスです。

 ルミドラ様、きっともう私たちの文通は終わりです。悲しい。悲しいです。いつか、貴女の結婚式に呼んでくださいね。貴女の花嫁姿を見逃すなんて後悔してもしきれませんから。


「そんなアホなことも言わないように!」


「は~い」


「はいは……」


 もう良いでしょう? 分かっています。「はい」は伸ばさない。「はい」は一回。でしたよね。


 ルミドラ様は恭しく礼をしてお手紙を締め括られました。美しいお姿が細かい粒子になって消えていきます。


「ルミドラ様にお返事を書きます。代筆をお願いします」


 魔族への手紙は、文字を魔法に使われては困るので、魔力を持たない方に代筆させます。面倒です。もしも、神官さん達が不適切と判断された内容は書かれませんしね。いいもん。編集が面倒になるくらい無駄話しまくってやるんだから!

 私は代筆して下さる方に向かってニヤリと笑って見せました。

 あ、嫌だなぁ~って顔して下さいました。前回も同じ方でしたからね。私のストレスぶつけられてかわいそうに。でも、やめませんよ。弛い嫌がらせなんですから。甘んじて受けて下さい。


 私は淡々と返事を述べていきます。

 今、若い神官さんが笑いました。神官長様はお顔がひきつってますよ。

 いいもん。いいもん。

 この世界では大人な18歳。でも前世ならまだまだ未成年。ちょっとは甘えさせて下さい。絶対中身はおばちゃんなんて言っちゃダメですよ。


 さあ、本領発揮です。覚悟してくださいね。







読んでくださってありがとうございます。


愚痴ぽい主人公ですみません。

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