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聖女からの手紙と……

 お腹がいっぱいになったら少しは休みたい。だって消化に悪いでしょう! 何て言ったら神官長様に怒鳴られました。


「怠けるのもいい加減になさい」


だって。

 別に怠けていたから食事の時間が遅れたわけじゃないんですよ。ちゃんと仕事してました。ご自分はカロリーナ姫のお守りを私に押し付けておいて何て言いぐさでしょう。ちょっと腹が立ちます。


「勇者関係の書類が山積みです。早急に処理してくださいね」


「は~~い」


「“はい”は伸ばさない。姿勢を正す! 舌打ちしない!」


「はいはい」


「“はい”は一回!」


「はい……」


 煩いです。

 もう、私は疲れてるんです。お腹がおさまるまでちょっと休んでもバチは当たらないと思いますよ。ねぇ、女神様。


「女神様にそんなくだらないお願いしないでください」


また口に出していたみたいです。もう、癖になってます。

 しかし、神官長様って本当に規則正しく、清廉潔白。聖職者の鏡みたいな方です。ちょっとだけ尊敬しちゃいます。

 一度、神官長様にフラントゥーナ様とお話させてあげたい。きっと、卒倒なさるに違いありません。だって、フラントゥーナ様は親に反発したい十代の若者みたいな性格なんですから。

 各地域で昼の女神・先制の女神・希望の女神なんて大層なお名前で呼ばれるフラントゥーナ様。でもその実態はそれらの二つ名に全く似合わない無鉄砲なじゃじゃ馬です。私に言わせればせっかちミーハー女神です!

 神官長様の性格なら説教したくなっちゃうかもしれないです。私でさえそうでしたから。尻拭い担当の対の女神ビアーチェ様の苦労が伺い知れます。


「取り急ぎ、リビェラ様とアルノシュト殿下より届いているお手紙のお返事を」


「はい。でも、お茶くらい飲ませてください」


「ご自由に」


 温くなった薄いお茶に口をつけます。本日の朝食は豆のスープと黒パンでした。正直、不味いです。塩がとても貴重なため、殆ど味がないんです。日本人だった頃はけっこう味の濃いものを食べていましたからね。今一番恋しいのはラーメンです。いつか再現しますよ!

 お茶を飲み干すと、すぐさま冷たい視線が私に突き刺さります。神官長様の監視の視線。もう穴が開いちゃうんじゃないかと思ってしまうくらいに痛いです。もう少しくらいゆっくりさせて欲しいですが、怖いので移動することにしました。


 立ち上がり、廊下を歩き始めると、総合病院の回診みたいな列が私を先頭に出来ていきます。何でも、勇導士を解任されるまで私がここのトップなんですって。女神に最も近い存在だからだとか。勇者ラディス殿と神官長様が次席らしいです。でも庶民出の私やラディス殿は何かと蔑まれています。ラディス殿に敬称をつけて呼ばないあたりが露骨です。私の場合は年端もいかない小娘ってところも気にくわないのでしょう。

 ただし、この神殿で精神年齢一番上なのは間違いなく私。何たって前世86年分の記憶も持っていますからね。はっきり言って皆さん私の子どもよりも年下です。神官長様でさえね。新米さんは最早孫ですね。

 ただ、私のほうが体が若い分やや落ち着きには欠けますけれど。

 しかし自由に体が動くって素晴らしいですね! 体力を気にしなくても良い体に、はしゃがずにいられます? 前世では若い頃、元気で居られることに幸せなんて感じなかったです。でも晩年はかなりガタがきてましたからね。今は健康の有り難さを痛いほど感じています。

 そんなわけで時々、このおじいちゃん集団にその有り難さを説いたりするんです。嫌な顔されますけれどね。


 さあ、着きました。執務室です。先ほど換気して出ていきましたが、あの嫌な空気は抜けきったでしょうか?

 私が部屋に入ると後ろから付いてきていた神官さん達が次々に雪崩れ込んできます。その手には多かれ少なかれ書類が抱えられ、私に押し付けようと狙っているみたい。

 ああ、今日も間違いなく忙しいです。

 ラディス殿、貴方ここ2日程でまた何か馬鹿なことをなさったのですね。いい加減に自分が危険物で、それでもってちょっと馬鹿だって気づいて欲しいです。そうすれば私の仕事も少しは減るのに。きっと昨日の分はルジェク様が付いていていなかったせいですよ。人の将来がかかった大事なお見合いの時間を潰した挙句にこの始末。絶対に許せません。

 私の心の傾け方で女神様の加護が変わるんですよね。盛大に転んで大恥をかけばいいわ!


「エリシュカ様。まずはリビェラ様からの私信です」


「ありがとうございます」


 神官長様から受け取ったお手紙は綺麗な桜色の花の挿絵が入った封筒に入れられていました。私信ということで封はまだ切られていません。


「何用かしら?」


 リビェラ様は女神ビアーチェ様を奉る神殿の巫女様です。立場としては私とほぼ同じはずです。女神様の声を聞き人々に授けるのがお仕事だとか。フラントゥーナ様は大衆に向けたお話をなさることがないので私の神託は勇者限定ですけれどね。

 リビェラ様の信仰なさるビアーチェ様は母性を重んじ、慈しみ思いやり守ることが一番重要だと考える教え説いていらっしゃるそうです。ですので、魔族ですら一つの種族として存在を認め、共存することを目標としているとか。

 また、神が介入することで世界の在り方を変えようとするのは蛮行と考えるようです。フラントゥーナ様のように選ばれた者に加護を与えるというのがそもそも間違っているということですね。

 さぁ、今度はどんな罵言雑言を書き連ねられたのでしょう。リビェラ様は、本当にラディス殿を嫌っていらっしゃいますからね。でも、まぁ、彼女の仰ることは一理あるんですよ。ラディス殿は確かに性格が破綻しているので。


 何々、あら、何だか感謝されているみたいです。ラディス殿との縁談がなくなって、心底喜んでいらっしゃいますね。しかも、ちょっと同情されてますよ。フラントゥーナ様みたいな破天荒な女神付きの巫女は大変だろうって。慰めの言葉までかけて下さるんですか。それはありがとうございます。ただ、巫女じゃなくて勇導士ですが。

 ラディス殿については一切触れていませんね。名前すら出てきません。いくら教義により認められない存在だとしても、世界を救った英雄をここまで嫌うものでしょうか? ビアーチェ様も勇者加護なさってるですけどね。

 あの男、リビェラ様に何をしたのでしょうか?国際問題にならなければいいのですが……。

 リビェラ様のお手紙は最後にこう記されていました。


「運命は貴女の元へ」


 ビアーチェ様は運命の女神とも呼ばれていましたよね。予言がお得意だとか。何だか意味深な御告げです。


「運命……か」


 その言葉を聞いて、ぼんやりと浮かんだのは直明の顔でした。


「後がつかえています。案件の仕分けだけでも進めてください」


「はい」


 せっかく浮かんだ彼の顔が即座に消えました。もう拗ねちゃうよ。夢以外でだって会えるなら会いたいのに。何で邪魔するんでしょう。


「何か?」


 神官長様が睨みをきかせます。うん、怖いです。コワい人には逆らわないに限ります。

 私は次の手紙に手をつけました。


「あ、それは……」


 珍しいです。私への私信です。しかも、名前で届けられるなんて滅多にないのに。

 封を切ろうと持ち上げると、中身が落ちました。これはチェックされていたんですね。落ちた便箋を拾い上げながら差出人欄に目を向けます。


「ヒッ!」


 しかし、差出人の名前を見て私は手を引っ込めました。なんですか、何でこんな……。


「そちらは先ほど拝見させて頂きました。私も驚きましたよ」


 驚きの余り手指が震えます。


「恋文ですね」


「はひ?」


「ええ、ラディス殿の」


何ですと!


「何でそんなもの持って来たんですか!」


 私の絶叫は完全に無視されました。寧ろ「何でアンタそんなに怒ってるの? 意味分かんない」とでも言いたげな目線を向けられています。


「それは照れ隠しですか? それとも、ノロケの一種ですか?」


 神官長様がこれまた不可解な問いを投げ掛けます。


「言葉通りです」


「ああ、プライベートな手紙を見らたのが恥ずかしかったのですね。すみません。事情も知らず」


「そうではなく」


「では、どういった意図がおありです? 次にラディス殿の心を射止めたものとの結婚を進めるよう提言されたのは貴女ですよ」


げっ。そんなこと言いましたっけ? いや、言いましたけれど、これとそれとは違うでしょう!


「そう仰った直後に貴女はラディス殿との見合いに嬉々として出掛けられた。これはそういうことなのでしょう?」


「違います。違います。断じて……」


「こちらも気が回らずすみませんでした。貴女がそんなにラディス殿に恋焦がれておいでだったとは」


「いやいやいや、違うの!」


 神官さんたちは一様に頭を下げました。


「我ら一同お慶び申しあげます」


 そして神官さんたちに声を揃えて祝福されました。

 いや、待て。私、絶対に嫌ですよ。あれはルジェク様との見合いだったはずです。ルジェク様も嫌ですが、この際背に腹は変えられません。むしろルジェク様助けて!


「いやいや、ルジェク様との見合いには行きましたよ。でもラディス殿とは見合いなんて。あの方が勝手に乱入なさっただけです」


「ほう、それはまた情熱的な。市井の娘たちが喜びそうですな」


「なぜ!」


 外堀を自分で埋め立ててるような、墓穴を深く深く掘り下げたような状況です。ヤバイね。


「そういえばアルノシュト殿下は……」


 もう、側妃でも構いません。ラディス殿だけは嫌です。

 理由は簡単。あの方と一緒になって平穏無事に寿命を全う出来るとは思えません。

 だって、魔族が目の敵にしているんですよ。実状を知らない女性たちからの嫉妬だって恐ろしいです。そして何よりあの人知を超えた破壊能力が恐ろしい。他の全てから守られても、あの方の不注意で命を落としてしまいそうです。


 あり得ない。絶対あり得ないです。私にも、生きる権利があるはずです。どうか私にも伴侶を選ぶ権利をください!


「ダメです」


「いやぁ~~」


 私の叫び声響くなか、神官さんたちの拍手がそれを掻き消す勢いで鳴り響きました。

 いらん祝福です。誰か助けて!







そんなこんなで、漸く本編に入ったような気がします。

読んでくださってありがとうございます。


「英雄の結婚事情」はプロットはおろかキャラクターすら考えず、初期設定だけで書き始め、1ヶ月で書き上げた話です。

加筆修正後に此方に転載していますが、さすが、無計画に書いた話。

けっこう凄いことになっています。


コツコツ直して転載していきますので、お付き合い頂けると有難いです。


森本万葉

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