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残念な姫君の襲来

 おはようございます。なかなかいい朝です。

 昨日はあの後大変だったみたいですよ。

 ラディス殿の腕の中で失神した私を勇者パーティーの皆さんが救出してくださったようです。そして、聖堂に併設された診療所に担ぎ込んで頂いたとか。

 名にはともあれ、ラディス殿から逃れられたのは幸いでした。


「おはようございます、エリシュカ様。あの……」


 私の補佐をしてくれている神官さんたちのお出ましです。今日も朝から忙しいみたいですね。仕方ないのかなぁ。だって昨日は丸一日休暇を頂いたんですもの。そのぶん働かなければいけません。

 でも、その前にもう少し爽やかな朝を堪能したいです。せめて、朝食くらいはゆっくり食べさせてくださいよ。それに、まだ着替えもしていないんですからね。こんな格好で部屋を出て行くわけにはいかないでしょう?


 そういえば、昨日のドレスは誰かが着替えさせてくれたんですかね。あんなに締め付けた洋服じゃゆっくり眠れませんしね。有難いです。でも、一体誰が着替えをさせてくれたんでしょう? してもらってなんですがちょっと恥ずかしいです。


「とりあえず起き抜けの1杯を……」


 サイドテーブルに置いてあった水差しからグラスに水を注ぎ、一気に飲み干します。


「……くぅ!」


 空きっ腹に水が染み渡ります。効くねぇ。寝起きはこれに限ります。寝てる間に失われた水分を体が補給しようとしているんでしょうね。

 うん、目が覚めました。今日も一日頑張るぞ!


「エリシュカ様!」


 ああ、忘れてました。何か急ぎの用なのでしょうか? でも、朝食にしたい。


「失礼致します」


「え!」


 開け放たれたドアから修道女が二人雪崩れこんでくると、私の寝間着を剥いで法衣を被せました。強制着替えは初めてです。こんなに慌てて一体何があったのでしょうか?

 続いて私の補佐をしてくれている神官さんたちに捕獲されました。彼らは私の腕をがっしり掴みと引きずるように歩き出しました。


「何なんですか!」


 神官たちは兎に角焦っているようで、顔がもの凄く怖いです。


「カロリーナ姫がお出でになって……」


「はぁ? 何で?」


「それはこちらがお聞きしたいくらいです。開門と同時にいらっしゃって貴女との面会をご希望なさっています」


「用件はお聞きになりましたか?」


「何も。ですが、もしも出家の希望でしたら諦めて頂けるようご説得を!」


「あはは」


 わかりますよ。でも大丈夫ですから。だってカロリーナ姫ですよ。欲の塊みたいなお姫様です。万が一にも改心して出家なさるなんてことがあればきっと雨が、いや槍が降ります。

 そのくらい有り得ないお話です。だから安心してください。でも、そんな方ですから神殿にいらっしゃること事態珍しいのですけれどね。


 でもまぁ、嫌な客ですねぇ。要らない訪問ですね。本当に何の用なんでしょう。なんとか穏便に帰ってくれないですかねぇ。あの人、苦手なんですよ。


「エリシュカ様におまかせしますから、早くお引き取り願えるようお伝え下さい」


 な、何ですと!

 そんな面倒な仕事押し付けないでください。私、昨日お休みしていましたし、仕事が溜まっているんですよ! それにご飯……。


「わかってます。お食事をなさりたいのですね。会食なされば宜しい。私たちは関わりたくありません。さっさと追い払ってください!」


「ははは」


 思わず乾いた笑いが漏れちゃいました。神官さん本音をぶちまけましたね。なんというか、カロリーナ姫にちょっとだけ同情しちゃいます。

 でもね。あのお姫様に同情しちゃいけません。絶対危険です。だって昼ドラの悪役女優さんみたいな性格のお姫様なんですから。見た目は海外ドラマの太ったおばさんって感じです。なんかこういうキャラクター居るよね、ってお人です。関わりたくないでしょう?

 まぁ、お姫様なので基本的なマナーとか立ち居振舞いなんかは洗練されているんです。でも、だから可笑しいというか。


「カロリーナ殿下、失礼致します」


 私専用の執務室のドアを神官さんがノックします。このドアの向こう側には噂の珍客が。

 ああ、さっきから王族になんて失礼なことばっかり。言いませんよ。不敬罪ですから。勿論神官さんたちの暴言も内緒です。


 さあ、いざ出陣です。

 執務室の扉がゆっくりと開かれます。お待ちになっているのが応接室や客間ではないということはガッツリ密談ってことですよね。しかも、何かしら政治的な意図を含んだ……。嫌だなぁ。


「おはようございます。カロリーナ殿下」


「おはようございます。おはようというには日もずいぶん高いですけれどね。ご機嫌麗しゅう。エリシュカ様」


 なんか一言二言多いんですよね。王族の条件なのでしょうか、カロリーナ姫の従兄弟ルジェク殿下もそうでしたし。

 しかし、何でこの人にまで私の正体教えちゃったんでしょう? 王族とはいえ、私がこの職に就いた頃は降嫁されて侯爵夫人でしたよね? いらんことしますね。こんな危険人物に!


「さて、時間もないので本題に入ります」


「はい」


「妾とラディス様との仲を取り持って頂きたい」


「は?」


「あの方とそういう間柄であることが重要になのだ。そのように取り計らえ」


「はぁ……」


 何言っちゃっているのでしょう。しっかりお断りしたじゃないですか。

 しかも、せっかく朝食にお誘いして、話し半分に聞こうと思っていたのに、まさか先手を打たれるとは。このままでは朝食抜き決定ですね。嫌だなぁ。生活のサイクルが狂って体調悪くなっちゃうじゃないですか。せめて座らせてくれませんかね? 朝は血圧が低いんです。食事抜きでずっと立っていたら間違いなく倒れますから!


「そのお話でしたら、ラディス殿直々にお断りを受けたとお聞きしています。ですから、こちらもそのように」


「なにも結婚とまで行かぬとも良い。妾の愛人になれと命じよ」


「え? あ、あい……」


 そんな破廉恥なことをわざわざココに言いに来たんですか! ちゃんと空気呼んでください。神官さんたちがドン引きしていますよ。

 我らが女神フラントゥーナ様はそういった考え方を認めていらしゃいません。戒律でも人生における伴侶は一人と定められています。死がお互いを別つまで一生その伴侶と添い遂げることこそ美徳。これはフラントゥーナ様を信仰していらっしゃる方ならば周知のこと。王族ですら、守るべき法です。

 ただし、国王のみは例外となります。血を絶やすわけにはいかないからですって。

 そんなわけで側妃は蔑まれる存在だったりします。後宮に行きたく無い気持ちがわかっていただけましたでしょうか?

 因みにそうは言っても貴族の間では不倫が蔓延しているみたいですよ。場所が変わっても特権階級は政略結婚が常みたいですから。仕方ないんですかね? 敬虔な聖職者には世知辛いばかりです。


「エリシュカ様が命じて下されば、あの方も首を縦にふらないわけにもいくまい。妾はあの方の愛ではなく情けとお子が欲しいだけ」


「はぁ」


「しかし、妾はそう若くない。美しさもとうに失われた。神の如く美しい勇者様を射止めるだけの資質は持たぬ。だか、法を冒しても勇者の血脈というが必要なのだ。王家のために」


 ご自分の立場はご存じのようですね。それだけが救いです。ま、そりゃ、そうですよね。王家の威信を失墜させたのは貴女様ですから。国王陛下はじめいろいろな方にこってり絞られてましたもん。その割にはやつれもせず艶々していらっしゃるのは流石です。

 何をしたって? それはおぞましくて私の口からは言えません。


「頼む」


 頼まれても困るんです。苦笑いする以外に返事もできません。

 一方のカロリーナ姫はしおらしい仕草で如何にも困ったと泣きます。

 でもね、目だけは確りこちらの顔色を伺っています。涙もマスカラの下から流れてますね。完全に目薬でしょう!


「リビェラ様と結婚なさるとの噂は存じておる。だが、かの国の信仰では多妻が許されていると聞いた」


 何時の話です! そういった情報にはやや疎いようですね。

 しかし、そうですね。我らが女神フラントゥーナ様と対をなす女神ビアーチェ様の教えは確かにその通り。けれど、それはビアーチェ様を信仰なさる地域のみに許されたものです。国土の殆どが荒れた不毛の土地で女性の寿命が極端に短かったために許された妥協策なんですよ。豊かになった今では一般的ではありません。


「いいえ、リビェラ様との縁談は破棄されました」


 良いお話でした。でもダメだったんです。だってそのリビェラ様は我らが女神フラントゥーナ様をゴキブリの如く嫌っていらっしゃいますからね。ですから、その女神の加護を受けたラディス殿も然りです。あんなに恨み辛みを並べたてた手紙を寄越す相手と結婚なんて無理ですよね。


「ではルミドラ姫か。それなら尚更問題ないではないか。魔国では伴侶という概念が希薄だと聞いた」


 いやいや、それも、もう解決致しました。

 それに魔国にラディス殿を渡すわけにはいきません。なんせ、暫定魔王ですから。私もですけれどね。


「いいえ、ルミドラ姫とは未だ調整中ですがお断りする手筈で……」


「おお、ではやはり妾との結婚に」


 どうして、そういうお話になるのでしょう。ラディス殿は貴女を毛嫌いしておいでなんですよ? 恋する乙女というような盲目的な何かでも有るまいし悟ってください。

 私だって、貴女に押し付けられたらどんなに気楽だか。でもダメなんですよ。ラディス殿が望む相手を探して結ばせてあげない限り、私の使命が終わらないんです。そうしないと、私、永遠に勇者って存在の尻拭いをさせられちゃうんです。

 もし、勇者の結婚を政治的な意図で利用したら最後、私はその場で不老不死にされちゃいます。そして、次代の勇者が選ばれるまで女神に遣えないといけないんです。青春を奪われるどころかこれは最早奴隷ですよ。

 実はそれが理由で前勇導士が魔王を復活させちゃったとか。自分を女神から解放するために魔王を自分に憑依させて魔王化したんですって。

 そこまでして勇者選定を行わせるって女神様貴女は一体何をしたんですか。そこまでさせちゃうフラントゥーナ様は正直怖いです。

 今のところ私は魔王になるつもりはありません。しかし、人事ではありません。このままではいけないんです。

 しかし、そんなことがあったのに何で、勇者選定の時に勇導士を選ぶんでしょう?


 あ、そうか。私が勇者やるのを拒んだからそういう契約になったんでしたね。

 女性を守る女神様が選ぶ勇者は絶対女性だとか。でも普通の少女にいきなり「魔王討伐」なんて言えば十中八九拒みますよね。

 もう、女神様も学んで欲しいです。

 それなら、最初から男性勇者を選定出来るビアーチェ様にお任せすればいいのに。

 しかし、残念なことに我らが女神は待つのが嫌いみたいです。そういう気質の女神様だっていうのは知っていますが、そのために対なる存在がいるのではないでしょうか。ビアーチェ様の立場も考えてあげて欲しいです。

 こんな感じなので我らが女神の尻拭いはビアーチェ様のお仕事になちゃったみたいですよ。だからこそ、リビェラ様が我らがフラントゥーナ様を嫌うんでしょうね。


「それでは再び魔王が降臨してしまいます。ラディス殿の希望と女神の意思にて選らばれた花嫁を宛がうようにと……」


 そうそう、私は自分が魔王にならないためにも使命を全うしなければなりません。例え幸せな夢を失っても。


「それは女神の御告げか?それとも、そなたの戯言か?」


「対の女神様方のご意志です」


「う……、では、ラディス様が自発的に妾への情けを示されたなら良いのだな」


「そうなりますね。ただし、例の秘薬はダメですよ」


「秘薬とは何ぞや?」


 あ、惚けましたよ。

 これについてはツッコミません。ツッコんではいけないことになっていますから。例のおぞましい出来事に繋がるみたいですから。王家が金と権力で揉み消した事件です。今更引き摺り出したりすれば、私の身が危険です。

 しかし、まずご自身を省みてからいろいろお話して頂きたい。

 今年で42才になられるカロリーナ姫。目測ですが、体重80キロの身長158センチ。歩くことすらままならない貴女がお子をお産みになるなんて自殺行為です。

 本音はただラディス殿が好きで堪らないんでしょうね。やっぱり恋は盲目、なんですかね。

 ですが、一度は縁談を断られた身の上。プライドが許さないみたいです。それでも欲しいからこんな苦しい言い訳を持ってきたんですね。回りくどいなぁ。そんな事態を招いたのは、カロリーナ姫にも原因はあるんですよ。あ、容姿は置いといてもってことです。殿下は覚えておいででしょうか?


「例え殿下が若い美女だったとしてもラディス殿は殿下をお選びにならないと思いますよ」


「なぜにそう思う」


「勇者が選定された時に殿下は私やラディス殿になんと仰ったかを覚えていらっしゃいますか?」


 私の言葉を聞いたカロリーナ姫は小首を傾げた。

 ああ、もう不敬罪でもいいから言いたいです。可愛くないです。お年を考えて下さい。せっかく高貴な雰囲気だけはお持ちなのに。ホント勿体無い。それこそ、カロリーナ姫の武器なのに。

 しかし、それに気づいて更にパワーアップしても嫌なので助言はいたしません。


「なんのことを言っている。わかるように話せ」


 本当に覚えていないんですね。私は絶対に忘れません。


「お前のように下賤の者に女神の加護が与えられるとはな。世界はいよいよ危ういとみた。奴隷同然の分際で思い上がるな。謀ろうとしてみろ、直ちに成敗してくれるわ……でしたっけ?」


「なんだそれは。民の低俗な芝居か何か?」


 ああ、自分の発言もすっかり忘れていましたか。実際はもっと痛烈でした。あのセリフの前に私を散々嘘つき呼ばわりしましたし。挙句、偽証罪とか何とかいって「命をもって償え」と脅しましたよね。

 ラディス殿にはお綺麗なその顔を見て「男娼ならば買ってやる」と仰ったことも覚えてますよ。低俗って、この方だけには言われたくないです。

 救世勇者を貶めた罪で訴えてみましょうか? 王族ですが、多少のお咎めは受けるはずですよ。


「殿下が勇者様に贈られた出立のお言葉です」


「なんの冗談だ」


いえいえ、事実ですよ。


「でしたら、勇者ご一行にお聞き下さい。私の言葉が嘘でないと証明されると思います」


「な……、妾を嘘つき呼ばわりするのか」


 いいえ、そんなつもりはありません。恐らく本気で忘れているようですから。もし何かするならば都合よく出来た殿下の記憶力を賞賛して差し上げます。


「いいえ、認識の相違があるようですので」


「くっ」


 あ、悔しがっていらっしゃいます。ちょっといい気味です。


「そんな話はどうでもいい。ラディス様の情けをお願いしたぞ」


「はい。お言葉だけはお届け致します。ご要望にお答え出来るかはお約束はできません」


「お前!」


「嘘は女神フラントゥーナの教えに反します」


 高位の神官さんが助け船を出して下さいました。というか、いらっしゃったんですね。そういえば、執務室には控えの神官さんがいつもいらっしゃいましたよね。カロリーナ姫が客だと聞いた時点で逃げたと思っていました。


「無礼な」


「女神の御前で貴賤は存在しません。よって我らは同じただの人。貴女のように立場で相手の言動を封じる行為は女神の教えを冒涜するも同じ」


おお! 良いこと言いますね。もう、気配を消さずに最初から援護してくださいよ。


「では、加護を与えられたそなたらは何だ。これは平等に反する」


「そうですね。しかし、私たちは私たちでそれぞれ使命を背負っています。その危機管理の意味も込めた加護なのです」


 人々は私たち加護を受けた者が女神に贔屓されていると見ているのでしょうか? でも、使命を果たさないと魔王になっちゃうかもしれないってご存知なのでしょうか? もしくは、時と自由を奪われて永遠に女神のために働かないといけないんですよ。これでも私たちは贔屓されていると言えます? 代わってくださるなら代わりますけど?


「どうとでも言える」


 そうですよね。だって私が今思い浮かべたそれはフラントゥーナ様を信仰する者にとっては黒歴史ですから。聖職者ですらごく一部しか知らない機密です。


「妾は引かぬぞ。例え女神と争うことになろうとも」


 カロリーナ姫は捨て台詞を吐くと、挨拶もなく執務室を出ていかれました。

 うん、悪役っぽいです。そういうセリフを吐く人間はたいてい幸せになれません。諦めて下さいな。そのほうが身のためです。


 カロリーナ姫が去った執務室は、濃い香水の香りと、変な疲労感で満たされていました。

 控えていた神官さんも私も、彼女が出て行った瞬間それはそれは大きなため息をつきました。もう朝からぐったりです。

 けれど、仕事は待ってはくれません。


 私は英気を養うためにも朝食を取ることにしました。


「今日のスープは何かなぁ~~」


 食事を思うと気分も明るくなります。

 解放感からか食堂に向かう足取りは軽やか。ふんわり甘いパンの香りに疲れも吹っ飛びます。さあ、食べるぞ!











読んでくださってありがとうございます。


新キャラ、カロリーナ姫。強烈な容姿の烈婦です。どんな事件を起こしたのか気になる……。



今日中にもう一話、書けたらいいなぁ。

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