乱入者には警戒を
居たたまれない。
午前中に行った見合い以上の居心地の悪さに冷や汗が止まりません。
眉間にくっきり皺が刻まれていたようで、母に「笑顔で」と小突かれました。その度にひきつった笑みを作っては貼り付けてみます。だけどね、あまりに好ましくないこの事態が受け入れられず、直ぐにぺロンと剥がれちゃう始末。
しかし、ちょっと冷静になって前方に目を向けると……何とも壮観です。なんというか、顔上げて直視したらきっと目が溶けます。
目の前には、厭らしい笑みを浮かべたルジェク殿下。そして、見たこともないような満面の笑みでこちらを見詰めるラディス殿。キラキラし過ぎです。その宝石みたいな瞳に見つめられると何だか物凄く不安になっちゃいます。
ほら、うちの侍女たちなんか完全に蕩けきっていますよ。父激ラブな母ですら、ほんのり赤面です。男の父ですら見惚れていますから。本当にどれだけ美しいんですか!
隣に控えるクヴェトさんとオルガさんに私のお目めは救われてます。お二人は普通顔なんですもん。……って世界を救った英雄方になんて失礼な物言い! 私、本当に最近口が悪くて困ります。
こんなこと言わなくて済むように逃げたかった。ほんの隙をみて逃げるつもりだったのに……。
こうなったのも全部ルジェク殿下のせいです! なんでうちで待ち合わせなんてするの! 何で私の結婚を邪魔するの!
あの後、応接室に雪崩れ込んできたのは、ご存知勇者ご一行様。
しかも、食後ということでほろ酔い状態。お陰かどうかわからないけれど、破壊行動は起こさないものの、
「ルー、俺を差し置いて結婚しようなど許せん!」
などと言って、ルジェク殿下ではなく私をホールドしちゃったんです。
何故! 何故! 何故! どうして私を抱きしめるの。嫌だ~! そうもがくことも出来ず固まったまま、心で叫びましたよ。誰にも聞こえませんけれどね。
でもね、その思いが何故か通じたんです。ラディス殿の腕の力がほんの僅かな時間緩んだんです。
しかし、その後の行動が問題でした。あの一瞬、隙があったのに何故逃げなかったんでしょう? 私はそのことを深く後悔しました。
だって次の瞬間、こともあろうかラディス殿が私の顔を覗き込んできたんです。
やめてくれ、目が! 目が!
またまた心で叫びました。 しかも、今度は全く察してくれません。
「あの、貴女は」
「へっ?」
あ、何かちょっと変な声が出ちゃいました。慌てて口元を押さえると、ラディス殿がその手を退けて更に覗き込んできます。
恐る恐る視線を向けると、ラディス殿の眉間に皺が寄っていました。
まさか、声で正体バレましたか? いやいや、そんなまさか……。
けれど、侮るなかれ。この方は女神様の加護を受けた勇者様。私の知らない凄い力があるのかもしれません。まさかエスパー能力にまで目覚めたとか?
「貴女がルー、いやルジェクのお相手ですか?」
「へっ?」
ヤバイ。また変な声が出た。もう、何なの。ルジェク殿下の見合い相手が勇導士だったら可笑しいとでも言うのですか!
いや、可笑しいですね。失念していました。私はただの町娘じゃないんでした。やっぱり可笑しいですよね。なんたって、現役の聖職者なんですから。結婚望むなんて不謹慎ですよね。分かってますよ!
「ルーと結婚なさるんですか」
「まさか!」
ああ、またやっちゃった。声からバレるって思ったばっかりじゃない。
「良かった」
「ええ」
もう、いいのでは? 諦めがじんわりと胸を占めていきます。
そもそもなんでラディス殿にまでナイショなんでしょう? 他の方ならともかくラディス殿一行になら知られたって構わないですよね。だって、本当は同行するはずだったんですから。それを隠そうとなさったのは確か王室でしたね。きっと王家の始祖関係の何が不都合なんですよね。そんなこと私は知ったこっちゃないです。
でも、どうしましょう。知られたら、知れてしまったら、どんな仕打ちが……。
あ、何か今ちょっと寒気がきました。
そうですよね。だって何の関係もないラディス殿に女神様の加護を勝手に付けて力をこじ開けたのは他でもない私。
「あの」
「ごめんなさい!」
「え?」
ラディス殿の顔がひきつるのが見てとれました。美しいものは歪んでもひきつっても様になります。しかし、恐ろしい。
「ああ、勇者の力が恐ろしいのですね」
「あ、はい!」
勿論!
……って私は何を正直に! もう馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿~!
でも、確かに怖いもん。だって軍隊が束になっても敵わなかった魔王を倒したんですよ。怖いに決まっているじゃないですか!
「大丈夫。貴女には決して使いません。貴女の前でそれを使うのは、貴女を守るときだけです」
「はぁ?」
何だか雲行きが怪しくないですか? それって、一般市民を守るって意味ですよね。世界の救い主としてのお言葉ですよね。それならなんて素晴らしいお言葉。使命を全うしてなお、人々の為に力を尽くそうとなさるなんて……。
そう無理矢理考えてみました。そうだったら美談だなと。
でもね、この方がそんなボランティア精神持ち合わせていないことなんて百も承知です。そうなると、先ほどの発言の真意は一つ。逃げたい逃してくれ~!
そんなわけで、私は見合いを続行しています。しかも、お相手はルジェク殿下ではなくラディス殿。そう、よりによってラディス殿です。見かけ倒しの性格破綻勇者ラディス殿です。
何故? 振り返ってみたものの事情がさっぱりわかりません。
お見合い相手はルジェク殿下なんですよね? というか、ルジェク殿下をチョイスしてくるあたり父の頭もちょっと可笑しいです。
そして、勇者様を目の当たりにして、目の色変えちゃったのは更にいただけません。 ラディス殿がお金に見えているんじゃないですか?
そう思っても仕方ないですよね。だって勇者様といえば今や羨望の的。誰もが一度は見たい会いたい人です。まぁ、それ以上の関わりは皆さん怖いですからご免でしょうが。それでも客寄せパンダよろしく勇者様見たさに人が寄ってくるわけです。商売人の血が騒がないわけがありませんから。
だからって、娘を人身御供にするつもりですか! お母さん、貴女も変ですよ! うっとりしないでください。
「あの、何で」
「はっきりいいましょう。一目惚れです。どうか」
「お断りします」
あんたが惚れっぽいのは知ってるんですからね!
先週は酒場の新しいウエイトレスのアーリアさんとやらを口説いていましたよね。その一月前は隣町の宿に居合わせた旅芸人の踊り子でしたっけ?
それでもって口説きおとしてはポイっと捨てて。処理は私が采配していたんですよ!
何だかイライラしてきました。
「あの、結婚を前提に」
「お断りします。どうか相応しいお相手をお探しください」
私は席を立つと脱兎の如く走りだしました。捕まってなるものか!
だって、私の青春はもう僅かしかないんです。このバカ勇者のためにまだ身を削れというのですか! 絶対嫌です。絶対に嫌です。私はラディス殿とだけは絶対結婚しません!
もう、こうなったら後宮に行くのも手ですね。女神の加護がこの国の独占状態になるなら万々歳です。豊かな国で左団扇の生活をすればいいんです。
アルノシュト殿下をお慕い出来るか怪しいところですが。しかしその辺りは申し訳ないですが諦めて!
だってラディスとだけは嫌なんです。絶対幸せになれない。私にだって幸せになる資格はあるはずです。
ねぇ、女神様。まさか、貴女様の差し金じゃないでしょうね!
私は走りながら女神様への不満を思いつく限り挙げました。そして、半泣きになりながら住み慣れた聖堂へと逃げ帰ったのでした。
この際、期間限定出家の限定解除しましょうか? そうすれば私は婚姻とは無縁です。子供は生みたかったですが、この際仕方ないです。優しい夫とカワイイ子供との田舎暮らし……。前世からの夢でした。前世からの夢でした。前世では夫が生活習慣病を患い、自分も持病が悪化したため成し得なかった夢です。今生では是非叶えたかったのに。
けれど、相手がラディス殿では優しい夫という項目がまず当てはまりません。あんな浮気なお方をわざわざ夫にして苦労するより静かに神に祈ります。
ある意味悟りの境地に達しようとしたその時。
私は再び捕まってしまったのです。一番捕まりたくない男の腕の中に。
「出家するつもりか!」
はい。貴方と伴侶になるくらいならそうします。だから離して!
走って息が上がっているので声も出ません。拒絶したいのに、体に力が入りません。
嫌だ。離して。離してください。
「絶対に逃がさない」
うわっ。全身の毛穴が隆起しました。なんて声で話すんですか。ただでさえ色気だだ漏れの美声なのに。掠れて更に色っぽくなってます。正に凄艶! 鼻血が出そうです。チラリと見えたアクアマリンの瞳に動悸がします。
もう何か色々限界です。頭が可笑しくなりそう。精神年齢還暦を軽く超えた私には刺激的過ぎてついていけません。
先ほどは青春を謳歌したいようなことも考えました。でもやっぱり前言撤回。激しく隠居希望です。
「やっとみつけたんだ。逃がさない」
わお! 情熱的ですね。でもおばちゃんには痒くて堪らない。
いや、待てよ。やっぱり正体バレちゃいましたか? それはそれでヤバイです。もう、どうしよう。どうしよう。ああ~! どうすれば良いんだよ~!
あ……、
「おい!」
ラディス殿の声が遠ざかっていきます。私ってば容量オーバーでブラックアウトですか? 若しくは窒息して失神したともいいます。
ああ……、意識が……
お待たせしました。
今日中にもう一話アップ予定です。
どうぞお付き合いください。