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小話8・最高神官はカミを失う

神官長の回想です。

時系列としてはエリシュカが天啓の能力と女神憑依を使ってお仕事を始めたころです。

 麗らかな春の日、私は初めてあのお方よりお声を賜りました。

 戦女神して正義と平和の象徴たる我等が敬愛する女神フラントゥーナ様、そのお声は残念ながらはっきりとしたものではありませんでした。雑音が混じるうえに途切れ途切れで、最初は何が何だかわからず突然流れ込んできたその音に目眩がするほどでした。

 勿論、お声の正体も不明で私は聖職者にありながら悪魔つきにでもなったかと恐々として過ごしたものです。


 私を示す言葉は今では「神官長」という肩書き以外には殆どなくなってしまいました。

 かつての私は辺境伯の三男であり本来ならば神殿などに預けられるような存在ではありませんでした。成人の儀式で承った能力に天啓という聞き覚えのないそれがなければ辺境伯軍の軍師となるべく戦場に出る毎日だったことでしょう。

 その力を賜った以上、私は私人ではいられませんでした。元より熱心な女神フラントゥーナ様の信者であった私は成人の儀式の翌日には出家を決意しました。


 神殿に入った私は本来ならば修道士見習いとして入るところをいきなりまだ存在すらはっきりしない使徒様付きの修道士として抜擢されました。その役目は先ずは使徒が選ばれる瞬間を見落とさず、顕現された際は速やかに保護することにあります。

 そのため未だ何の力も示さない天啓という能力を何とか発現されることに力を注ぐこととなりました。

 そして熱心に修行するうちに私の天啓は敬愛する女神フラントゥーナ様のお声を僅かに拾えるようになったのです。

 なんと言いますかそれが冒頭の話と繋がるのですが……。


“ガガガガ……わら…………えら……おと……ヴヴヴ……うぎゃーー!!”


 最初に聞いたのはコレです。……いまのは失言でした。我らが女神様のお言葉に対して酷い表現を致しました。申し訳ありません。

 しかし、言い訳しても良いでしょうか。

 私に届いた女神様のお声は当初意味を為さない音、いや情報や思念の奔流といった方が正しいような、とにかく私にだけ聞こえる正体不明の何かでした。未知の何かが押し寄せるように頭に耳に目に、全ての感覚を超越して急に私に流れこんできたのです。そんなことが起これば例え私でなくても恐らくは混乱してしまいまうのではないでしょうか。


 先代天啓発現者が席をあけられて以来、現在まで空席だった私の役目は最高機密扱いで天啓に関する伝承はその名以外のほぼ全てが破棄されていました。それがどのようなものであるか誰一人知るものがいなかったのです。僅かに残った文献からは何故か“覚悟せよ”とのメッセージのみが読み取れた程度。

 予備知識もなく、調べることも儘ならない。それに備えることなど年若い私には祈る以外のことはできませんでした。

 そのため私は女神様に御言葉を戴いた瞬間、悲鳴をあげて倒れてしまったのです。


 恐らく先代もある日突然私と同じように膨大な思念の塊のような何かを受けとり倒れたのでしょう。そういうことならばそのように記しておいてほしかったとその時は思っておりました。


 第一波がそれでしたので、私は大いに混乱しました。頭が可笑しくなったか、もしくは神官の身で在りながら悪魔付きにでもなったかと大いに焦りました。

 そして救いを求め真剣に、それこそ生きてきた中でも最も真摯に祈りました。

 本来祈りとは自らの救いを求めてはいけないものです。正しい祈りとは今ある幸せを感謝して万民への恒久の平和と平温を願うだけのものなのです。それなのに聖職者で在りながら私は自らの救済のためだけに昼夜を問わず膝を付き腰を折り頭を深く下げ、必死に祈りました。空腹と脱水症状で意識を失い、意識が戻ったのちもしばらく体が固まり立ち上がれなくなるほどになるまで。

 そのなりふり構わぬ祈りが届いたのか、意識戻ってしばらくすると、お声は未だ雑音のようなものは混じるものの幾分鮮明になりました。

 そして幾つかの単語を拾うことに成功したのです。それがこちら。


“女神……ぅーナ……トリット、聖女……ガガガガ……、エリ……カ、”


 最初はその未知の何かが聞いてよいものか、本当に私しか聞こえないのかなど疑心暗鬼の毎日でした。

 次第に大きくなる「女神」の一言と「聖女」の存在を匂わせる何者かと名前。何度も何度も同じことを繰り返し繰り返し伝えてくださったそれは、途切れ途切れではありましたが、繋げることで一つのメッセージとなりました。


「女神フラントゥーナである、聖女が力を得た名はエリシュカ12歳の商家の娘、使徒としての名をフラントゥーナ・エリシュカ・ハンナとする」


 長かった。本当に長かった。聞き取りに半年、解読に二ヶ月。毎日毎日、昼夜を問わず聞こえる感じる強い強い力と、鼓膜を震わす暴力のような音と、頭に浮かんで刻み込まれる自分の思考とは違う意識。時折浮かぶ意味のわからない光景。眠ることも許さないと皮膚を刺す痛み、熱と冷気。

 あとで口伝として聞き及んだのですが。天啓はその能力自体を持つ者は多いがその殆どが能力の一端を扱えるようになった直後に発狂し自死を選んでいるため成人まで生きられないそうです。

 

 聖女の捜索は直ぐ様はじまりました。私の天啓の精度が甘く解読にもかなりの時間を要したために内容は二転三転していました。

 解読の間に誕生日を迎えてしまっていてはいけないのでその後の調査では聖女候補として12~14歳の商家の娘に該当者がいないかを適性検査の資料を見て探すこととしました。しかし、食い入るように見つめる洗礼台帳のどこにもエリシュカという名の、その年頃の商家の娘は存在しなかったのです。

 そこからがまた長かった。女神様はなかなか聖女を見つけられない我々にお怒りなのか情報量と音量を上げて尊いお声をかけてくださるのですが何分精度の低い天啓では全てを聞き取ることもままならず大変申し訳なく思っておりました。


 正直あまりにも頻繁に押し寄せる女神様からの天啓に正直な話「煩い、黙れ」と何度も罵声を浴びせてしまいそうになってしまいました。本当に周りの状態がわからなくなるほどの音と思念に頭痛と吐き気が止まらない日々でしたから。恐らくは口に出してしまったことも何度か。なんたる不敬でしょうね。汚れた言葉が浮かんだ次の瞬間、私オルドジフはこの罪を一生背負って生きていこうと毎回覚悟しました。

 ですが、何分こちらはいくら修行を重ねようがただの人間です。神様の尺度では他愛ない範囲でも私としては耐えがたい苦痛なのです。愚痴りたくもなるのが人の性です。非常に誠に遺憾であり未熟な己を恥じるべきところですが、人間には限界が存在するのです。それを申し訳なく罪悪感に押し潰されそうに思いながら毎日過ごしていた日がなんとも懐かしいことです。

 もちろん天啓内容を精査したあの日々における私の行いは誉められたものではなく、その際犯した女神様への不敬については罰をうけることも厭いわない覚悟でございました。


 暫く、何の成果も得られない調査と捜索が続き、最初の天啓から1年の後に漸く聖女候補エリシュカ様は発見されました。

 辺境の村への物資運搬を主な商いとした行商を営む家の娘で、一家で大きな商店のない辺境にある村や集落を転々とまわり商売をしていたとお聞きしております。そのため洗礼を受ける機会に恵まれなかったのでしょう。本来ならば10歳ほどで受ける洗礼の儀式は移動の度に延び延びになり台帳に名前が記載されていなかったのです。下手をすると成人の儀式での能力検査まで発見されずに放置された可能性や、それすらも忘れられ発見されずにご本人の寿命が尽きてしまう可能性もあったのですから恐ろしいものです。


 彼女の存在に気がついたのも偶然のようなものでした。変わった物を売る行商人がいるとの噂を聞き付けた憲兵がエリシュカの親が持つ荷馬車を改める際に高位神官の一人が立ち会ったことが発端でした。

 立会人を努めた神官が心配そうに親の背に隠れる彼女を憐れに思い声をかけたときの彼女の挨拶で「エリシュカ」が見つかりました。

 エリシュカはこの国では凡庸な名前でしたが、凡庸過ぎるために若い世代から避けられたのか10歳から15歳の商人の娘でエリシュカはこの時奇跡的に彼女だけだったのです。


 エリシュカ様は13歳の少女でしたが、何処か達観したものの見方をするお人でした。時折見た目通り年頃の少女然りとした様子を覗かせて我々を和ませてもくださいました。

 その時もう50を迎えようかという年だった私はまるで孫でも出来たような気分になりました。

 今でもエリシュカ様のことは最早近々の家族など誰一人生きていない私とっては唯一の孫娘のような思いで見守っているつもりですよ。


 そんな彼女はご存じの通りに、この国の歴史上最高精度の天啓能力をお持ちだそうです。お可哀想なことです。あ、これも女神様には不敬ですね。誠に申し訳ありません。


 あるときエリシュカ様は私の願いに答えて女神様が日頃私にお掛けくださっていお声を一字一句間違いなく届けてくださいました。


「無能の桃色爺が妾の言葉を余すところなく聞きたいとな? あの忌々しい桃色爺め、妾の言葉に耳を傾ける気がないのかと思っておった。ただの無能と知ってからは興味もないわ。幼い頃はそれは美しかったのにそれも損なわれ残念なことよ。今は妾よりも若いというのになんとも口煩く頑固になりおった。これを老害というのかの? 今となっては妾とエリシュカがラディスと懇ろになる機会を奪う悪役ぞ。そんな事よりもエリシュカ不在のうちに妾は運命の神子をこさえに勇者と××××××をエリシュカの××××と××××」


「何喚くかこの阿呆女神が!!」


 天啓の上位互換に相当する能力でその身に女神様の思念を降ろして。ついでに鋭く嗜めるまでが込で。


 あれ以来、私の女神様はお隠れになられました。苦悩に満ちた日々が走馬灯のように流れては儚く消えてゆくのを感じ虚しさと言い様のない憤りに全身が震えます。

 時折聞こえるのは不良娘の奇声にございます。

 耳鳴りと頭痛と全身を蝕む痛みは病でございましょう。これからは治療をすすめていくべきでしょう。

 ただでさえ遠目に見れば肌と同化してしまいそうな薄紅色の髪が、真しやかに囁かれる悪しき噂の通りに日に日に寂しくなりつつあるのは間違いなくこの病のせいです。

 

 それを癒すが如く宥めるエリシュカ様の気苦労も身に染みました。


「聞かないほうがいいですよ。聞いたら神官長は大切な何かが変わってしまいますから」


との気づかいの言葉を大げさだとはね除けてしまったことを後悔する毎日です。

 エリシュカ様はやはり慈愛に満ちた聖女様なのですね。いつもお説教ばかりの私めにもこんなに配慮してくださっていたのですから。それを無下にした私のなんと愚かなことか。

私はこれからはただ一人我が孫娘のためだけに生涯を尽くしましょう。


 そしていつかあの不良娘に罵声を浴びせようとして懺悔したことは撤回します。


 ーー歴代の天啓能力保持者たちが書物に何も残さなかったことには深い理由があったのだーー


 私の手記にはそう記させていただきます。


「黙れ邪神、煩い!」


 



神官長さんオルドジフという名前で、白髪混じりの桃色長髪の老紳士です。

その昔はたいそう美しい容姿だった設定です。

瞳の色は琥珀色。

まるで乙女な遊戯のヒロインみたいな色味だと今更思いました。

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