第35話 母親の依存
「ゆうねるくん、お願いしたいことがあるんだけど」
唯香さんの家に入り、ファーストフード店で買ってきたハンバーガーなどを食べていると、俺の対面の席に座る唯香さんは俺の顔を見ながら話を始めていた。
「な、何ですか?」
唯香さんはニッコリとした表情でずっと見てくるため恥ずかしくなる。
「ゆうねるくん、私と付き合ってくれない?」
唯香さんの言葉に俺はポテトを取ろうとしていた手が止まる。
え、今付き合うとかいった?
「あ、あぁ……これからどこかに行くんですね」
——今なら言える、あの時の俺はとんでもないくらい間が抜けていたなと。
俺の返答をきいた唯香さんはどうやらツボにはいったのかお腹をかかえて笑っていた。
「何で笑うんですか!?」
笑いがおさまった唯香さんは笑いすぎで出た涙を拭いていた。
「ゆうねるくん、すごい天然? あーもうお腹いたくなったよ」
「どういうことですか……」
「私の彼氏になってほしいってことだよ」
突然のことすぎたのか俺は掴んでいたポテトをそのまま落としていた。
「えええええええええええ!?」
そしてようやく理解できると、人の家にも関わらず大声をあげていた。
「もしかして、嫌だった?」
唯香さんは残念そうな表情で俺をみる。
——今にして思えば、うまかったなあと思ってしまう。
「そうじゃなくて、何で俺なんですか!?」
「ゆうねるくんが可愛いからだよ」
唯香さんは俺の顔をみてニッコリと笑いながら答える。
俺は身体中の熱気が溢れるんじゃないかってぐらい顔を真っ赤にしていた。
「ごめん、からかいすぎたかな、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」
「へ? 手伝ってほしいこと?」
そう言うと唯香さんは自分のスマホを取り出してゲーム専用のアプリを起動させ、チャットの履歴を表示させていた。
宛先は『†不知火紅蓮†』と書いてある。
色々と頭が痛くなる名前だが、この人はゲーム内のチームメンバーだ。
たしか、ダンジョン攻略中に理人とパーティーを組んでいつの間にか意気投合したとかで、そのままチームに入ったと言ってたな。
「なんかチャットの話し口調で私が女だって分かったみたいで、それ以降ずっとこんな感じで送ってくるの」
画面をスライドさせて見ていくと、見ているこっちが目を背けたくなるような会話をほぼ一歩的に送っていた。
中には男でもドン引きしてしまう内容とかも——
「気持ち悪いですね」
俺は思った通りの言葉を口にしていた。
「そうなんだよね……」
唯香さんは先ほどの柔かな表情から一変してこのチャットに嫌気をさしているというような表情を浮かべていた。
「俺に相談っていうのは……もしかして」
「うん、この人が私のことを諦めさせるために私と付き合ってるってことにしてほしいの」
「あ、なるほど……」
数分前に顔を真っ赤にしていた自分が嫌になる……。
「でも、何で俺なんですか?」
「だって、リーゼくんはこの人と仲がいいし、他に話せるのはゆうねるくんぐらいだしね、それに……」
「……それに?」
「ゆうねるくん今、家にいたくないんでしょ?」
「まあ……そうですね」
「協力してくれるならこの家を好きな風に使ってもいいよ」
そう言って唯香さんはカードキーを差し出した。
「ちょっとまってください!? さすがにそれは!」
「リアルでしかも合鍵を持ってるぐらいアピールしとかないと、簡単には諦めてくれなさそうだしね」
「そう……なんですかね??」
この時はヤバいことに手を出そうとしているのではないかという気持ちと思春期の男子にありがちな綺麗なお姉さんと一緒にいられて、その先もあるかも? なんてドキドキ感と邪な気持ちが入り混じっていた。
だが、後者の気持ちが先にでてしまい、素直にカードキーを受け取ってしまっていた。
「これからよろしくね!」
「は……はい」
俺は嬉しさと罪悪感と両方に苛まれていると唯香さんは何か悩み出していた。
「どうしたんですか?」
「仮にも彼氏なのにプレイヤーネームで呼び合うのって変だよね?」
ずっとこの呼び方になっているので、違和感はなかった。
「そうだ、ゆうねるくんの本名教えてよ」
急に聞かれて戸惑っていたが……
「佐倉 悠弥です」
すぐに答えてしまっていた。
「さくらゆうやくんか、いい名前だね。 そういえば私の名前は知っているんだっけ?」
「えぇ、最初会った時に聞きましたよ」
理人と俺と唯香さんで初めて会った時、俺と理人はプレイヤーネームで名乗ったが。
『はじめまして、成田唯香です』
と、本名で名乗っていた。
もちろんそのあと普通にプレイヤーネームを言っていたけれども。
「思い出させないでよ! ホント恥ずかしかったんだから!」
唯香さんの顔が一瞬で真っ赤になっていた。
「それなら、私のことは唯香って名前で呼んでほしいな」
「わかりました唯香さん」
「ううん、さんはいらない! 呼び捨てがいいの!」
「無理ですよ!」
年上の人を呼び捨てで呼ぶには抵抗があったので全力で拒否をしていた。
それからは学校帰りや休みの日などは唯香さんの家で過ごすようになり、ゲームでも不知火なるプレイヤーから唯香さんを守る(?)ために2人で過ごすことが増えていった。
そんな日々を過ごしていくうちに半年近く経ち、俺や理人は中学2年になり唯香さんは大学2年にそれぞれ上がっていた。
——その頃の自分の家は父親と元母親の仲がますます悪化していた。
それに付随して元母親の俺に対する当たりが強くなっていた。
先ほどの通り、放課後や休日のほとんどを唯香さんの家で過ごしているため勉強することがほとんどなくなったため成績は落ちる一方。
「お父さんとあなたといい、何で私をこんなに苦しめるのよ!!!」
散々な結果の用紙を見せるたびに小言から始まり、最終的には大声で怒鳴り散らかしてから狂ったように泣き出していく。
「悠弥、お母さんはあなたのためを思っているのよ!!」
そして、あたかも自分のやっていることが正しいということを必死に伝えようとする。
「……そんなわけないだろ」
俺はそのままリビングを出て部屋に戻っていった。
『母さんは誰かに依存しなければいられない人なんだ』
その日は唯香さんの家から帰る途中、偶然にも父親とばったり会った日のこと、俺を拾うと軽いドライブをすることにした
父親も元母親とのいざこざに嫌気がさしたのかもしれない。
『……今までは俺に依存してたが、今回のことでその価値がなくなったんだろう』
ハンドルを握ったまま父親は半分笑いながら話していた。
『だからその矛先がおまえに変わったんだ』
それを聞いた瞬間、身体中がゾワっと寒気が押し寄せてきた。
『なんだよ、俺が養っていかなきゃいけないのかよ』
ある程度の年齢になったらそれは仕方ないかと思うところはあるが父親が言っているのは、ずっと……ということだろう。
『大丈夫だ、そんなことは絶対にさせないからな』
父親は力強く答えていた。
力みすぎたのか、スピードが出過ぎていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「悠弥、あーんしてー」
相変わらず人が話してにもかかわらず深愛姉は自由気ままに自分が持っている『超甘!生クリームプリン』をスプーンで掬い俺の口元に運んでいた。
ちなみに俺の手元には『和風!黒胡麻プリン』が残っている。
「……ちゃんと夕飯食べれるんだろうな?」
深愛姉はさっきから両方を食べていたが、いつものごとく満腹になったようで残ったものを全て俺に食べさせていた。
言っとくが俺もそれなりに満腹なんだけど?
口を開かないと口の周りが生クリームだらけになるので仕方なく口を開ける。
すぐに甘ったるい風味が口の中に広がっていった。
「それにしても悠弥にも思春期の頃があったんだね〜」
深愛姉はニヤけた表情で俺を見ていた。
「……できることならいらなかったよ」
俺は持っていた『和風!黒胡麻プリン』を食べる。
「でも、それが普通なんじゃないの? 男の子って」
「俺に聞かないでくれ……」
「それで、その後はどうなったの?」
甘いものを食べて目が覚めたのか元気になった深愛姉は早く話せとせがんで来ていた。
——スプーンに生クリームたっぷりのプリンを添えて。




