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あしあと

作者: 猫じゃらし
掲載日:2026/03/27


 すべり台とベンチだけの、小さな公園。

 ボクには居心地がいいんだけど、ニンゲンにはつまらないんだって。

 ちょっと歩いたらもっと大きな公園があるから、ニンゲンの子どもはみんなそっちに行っちゃうんだ。

 まぁ、ニンゲンの子どもがきたら昼寝もしてられないから、そのほうがいいんだけど。

 誰もこない小さな公園は、ボクのお気に入りなんだ。


「トラ、いる? トラ、どこ?」


 あぁ、誰もこないっていうのは、言いすぎたね。

 ここに来るやつ、一人だけいたよ。


「にゃー」


 ボクは返事をした。

 返事をしないと、いつまでも「トラ、トラ」って呼ぶんだ。

 うるさいったらないよね。

 あいつもニンゲンの子どもだけど、ボクのことを追いかけ回さないから許してやってる。

 うるさいだけで、無理に触ってくることもないし。


「トラ、ここにいたの。ほら見て、トラ。今日はね、猫のおやつを持ってきたんだ」


 食べものもくれるしな。

 袋をガサガサされて、ボクは気になって近づいた。

 子どもの手は小さくて不器用で、おやつの袋をあけるのに時間がかかる。

 おやつをおあずけされて、ボクは文句を言った。


「にゃー」


 早くあけろよ。

 早く早く。


「ふふっ、トラ、手をかけないでよ」


 子どもがやっと袋をあけた。

 ふわんと、外では嗅げない美味しそうな匂いがした。


「はいトラ、どうぞ」


 ボクは美味しそうな匂いをぺろぺろなめた。

 カリカリしてなくて、とろんとしてる美味しいやつ。

 もっといっぱいなめたくて、僕はおやつを持ってる子どもの手にまた手をかけた。

 子どもは嬉しそうにボクを見ている。

 本当は、食べてるところはあんまり見られたくないんだよね。

 でも、この袋を子どもから奪うと、このとろんと美味しいやつは袋から出てこないんだよな。


「おいしい? いっぱい食べてね」

「んにゃにゃにゃ」


 ボクは返事をした。

 返事をすれば、もっと持ってきてくれるかもしれないから。

 ニンゲンの子どもは飽きっぽいから、すぐにどっか行っちゃうしさ。

 どっかに行くのはいいけど、おやつだけは忘れないようにって、わからせておかないとね。



 ❇︎



 やがて子どもは大きくなって、大人になった。

 猫のひとり立ちは早いけど、ニンゲンはのんびりだよね。

 まぁ、そのぶんおやつを長くもらえるから、ボクはいいんだけど。


「トラ。トラー。どこにいるの?」


 あいつは変わらずボクに会いにくる。

 どうやら飽きっぽい子どもではなかったらしい。

 毎回わからせていた、ボクの教育のたまものかな。

 おやつの袋をあけるのも上手になった。

 いろんな美味しいおやつを持ってくるようになって、ボクは満足だった。


「トラー?」


 ここだよ。

 ボクは返事をした。

 でも、声がだんだん出なくなってたんだ。

 ボクの声は、あいつには届かなかったみたい。


「いないのかなぁ……」 


 あいつは帰っていった。

 あぁ、おやつをもらい損ねたなぁ。

 でも最近は、食欲もないんだよなぁ。

 草の上に寝ころぶボクは、空を見上げた。


 ぽつ、ぽつ。

 ぽつぽつぽつ。


 小さな雨粒は、すぐに大きな雨粒に変わった。

 冷たいなぁ。

 寒いなぁ。

 屋根のあるところに移動しようと思ったけれど、体が動かなくなっていた。

 そのうち寒さもなくなって、眠くなった。


「にゃ……」


 おやつ、ほしかったな。

 一回だけ、あいつになでさせてやってもよかったかな。

 ずっと、優しい手だったもんな。

 ボクはあいつの手を思い浮かべながら、眠すぎて目をとじた。



 ❇︎



 あいつはいつまでも公園にやってくる。

 でも、ボクの名前を呼ばなくなった。

 おやつもないし、静かだし、おかしいよね。

 ベンチに座って、しばらくボーッとして、帰っていくんだ。


「にゃー」


 ねぇ、ボクいるけど。

 おやつはないの?

 前に立ってもベンチの横に座っても、ボクに気づかない。


「にゃー」


 おい、本当に見えないの?

 ボクは死んだけど、ここにいるんだよ。

 どれだけ返事をしても、ボクの声は届かないみたい。

 それでやっぱり、ボクに気づかないまま、帰ろうとするんだ。


「トラに会いたいなぁ……」


 ボク、いるってば。


「にゃー」


 大きく返事してやってるのに、なんで気づかないんだよ。

 それに、なんでそんなに元気がないんだよ。

 しかたないなぁ。

 大人になったのに、しかたない。

 入り口まで見送ってあげるよ。

 今日だけだからね。


「にゃ」


 ニンゲンは歩くのが遅くて、ボクは何度も振り返る。

 こんな足の遅さで、ニンゲンはよく生きていけるよ。

 この小さな公園でこんなにのんびり歩くのは、お前くらいだよ。


「んにゃ」


 ほら、入り口だよ。

 ちゃんと帰るんだよ。

 お前は弱そうだから、他の猫に会ったら全力で逃げるんだぞ。


「トラ、また来るよ」


 はいはい。

 次はおやつ持ってこいよ。

 絶対だぞ。

 約束だぞ。

 お前にボクは見えなくても、ボクはいるんだからな。

 長くなった足に体をすり寄せると、ボクはうっかり水たまりをふんだ。

 あぁもう、雨上がりだ。

 水を気にせず歩くニンゲンは、本当に鈍感だよ。


「トラ……?」


 お、こっちを見た。

 なんだよお前、今ごろ気づいたのか?

 ボクはずっといたよ。


「にゃー」


 次は、おやつな。

 見送りはおしまいだ。

 ボクが公園の中に戻ると、あいつはボクをずっと見ていた。

 なんだ、わかってるじゃん。

 次も気づけよ。

 ボクのあしあとじゃなくて、ボクの返事に気づけよ。

 ボクが返事をするのは、お前だけなんだから。


「にゃー」


 その時まで、またな。




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― 新着の感想 ―
拝読させていただきました。 なんてものを書いてくれるんですか。 哀しくて、寂しくて、それでいてとても優しい。 読ませていただいてありがとうございます。
泣いちゃう……! トラー!泣
相思相愛のトラとニンゲンの可愛らしくも切ない物語、とても素敵です。 おやつを持ってきてくれるから会いに出ていくんじゃなくて、来るのを心待ちにしているツンデレなトラが、死んでしまってもずっと待っている…
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