限界を求めるのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第39弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「誘惑してくるのは、君のほう。」の後の話です。
昨日のことだ。
朝の光が、カーテンの隙間から薄く差し込んでいる。
寝台の上で、オルガは毛布にくるまって――いや、もはや完全に丸まっていた。
小さく、小さく。
まるで、だんご虫みたいに。
「……無理……」
くぐもった声が毛布の中からもれる。
「無理……むりむりむり……!」
じたじたと足を動かして、さらに丸まる。
隙間から見えるオルガは、耳まで真っ赤だ。
その横で、ノインは上体を起こしたまま、困ったように見下ろしていた。
「……そんなに、でしたか」
「そんなにだよ‼」
がばっと毛布の中から顔だけ出して叫ぶ。
「なんで鏡なんて置いたの!?」
「部屋にあったじゃないですか」
「なんで使ったの!?」
「……見えると思って」
「見えたよ!」
叫んでから、また潜る。
「う、ううううう、思い出しちゃった……」
ばたばたと足を動かす。
「やだやだやだ……っ、あれ……あれはダメだよ……!」
ノインは少し考えてから、静かに言う。
「そんなに不快とは……すみません」
その言葉に、オルガの動きがぴたりと止まる。
少しだけ顔を出して、むっとした顔で言う。
「……違う」
「違う?」
「恥ずかしいんだよ!!」
即答だった。
そしてまた潜る。
「自分があんなの見るの無理……! ノインの顔も見えるし、なんか……なんか……!」
驚き過ぎたこと。混乱し過ぎて、一回はしてみたほうがいいのかとか、嫌かどうかはそれからでもいいのではとか、ぐるぐると、ぐるぐるぐるぐる……。
「無理ぃぃ! もおおおおおおおお!
鏡、禁止! 二度とやらないで!」
「二度としません。約束します」
優しく起こされて、慰めるようにしばらく抱きしめてくれたのはいいんだけど。
(どうやったらあんなこと思いつくの!?)
あれ。待てよ。
ノインは観察癖がある。
自分が気づかないところでこちらを観察している、はずなのだから。
(まさか、その延長で鏡越しに観察してたってこと!?)
見ないようにと瞼を頑張って閉じていたけど、どうしても時々目を開けてしまう瞬間があった。
視界に入る衝撃過ぎる光景に、羞恥でいっぱいになっていたけど。
(……?? そういえば、鏡越しにノインと目が合った……?)
あれ……?
ぶんぶんと大きく頭を振る。
(でももう絶対ダメ! あれはダメ! 恥ずかしい……むりむりむり!)
それがあったせいか、昨日の夜は後ろから抱きしめる形だったけど……横向きにされた。
(やっぱり顔が見れないのは、さみしくて少し嫌だなぁ)
はぁ、と溜息をついてから、ぐぐぐ、と匙を握る手に力を入れる。
気になっていることがある。
「ノイン!」
「はい。百面相は終わりですか?」
にっこり微笑んでくれる。
「ひゃ、百面相なんてしてないよ!」
「ふふっ」
ぐ、ぬ、ぬ。
「ちょっと訊いていい?」
「どうぞ」
「種を出すのって、一回でいいの?」
「…………」
あ、固まっちゃった。
「だって植物の種ってたくさんできるでしょ? ノインの体に種があって作られるんだから、何回も出ないとおかしくない?」
「……え、……あの」
「一回だけなの? 一回しか出ないの?」
「…………」
おお……視線がすっごい動いてる……。
「……い、いえ……一回だけ、では……ない、です」
「じゃあなんで一回だけなの?」
「はあ?」
ノインが慌てて小さく咳払いをした。
「君の体に負担になるからです」
「そんなのやってみなきゃわからないじゃない」
「……わかります」
「わからないよ!」
鏡だってそうだったし!
「ノインはできるんでしょ?」
「…………で、きます」
「何回できるの?」
ノインが仰け反って、顔を逸らした。
「こ、個人差がある……ので」
「ノインは?」
「うぐ……さ、三回……ほど」
「ほんと?」
しん、と部屋の中が静まり返る。
家の外では夏の日差しが石畳を照らし、少しずつ空気の温度を上げている。
「ねえ、ほんと?」
「…………」
俯いちゃった。
「よ」
「よ?」
「四回は……可能、かと」
多いのか少ないのか、わからないな……。
でも。
(最初三回って言ったのに……増えた)
ノインは嘘をつかないけど、言い方がちょっと独特の時がある。
貯金の時、金貨が百枚はある、と彼は言った。だけど実際は百二十枚あった。
百枚は実際にあったので嘘はついていない。本当の金額をはっきり言っていないだけで。
あれと同じ感じがする……。
追撃するように尋ねたら白状したということは、もっと出せるってことじゃないの?
渋い顔をしたまま、もぐもぐとスープの豆をゆっくりと咀嚼していることからも、これ以上言いたくない様子は伝わってくる。
(うーん)
気になる……。
(そうだよ、ノインばっかり私と試したいことするんじゃなくて)
「じゃあ試してみようよ」
「ごほっ」
大きく咳き込んで、ノインが恐る恐るこちらを見た。
「……試す?」
「限界まで」
「……はい?」
「ノインが何回種を出せるか、やってみようよ」
サー、っとノインの顔色が悪くなった。
「……本気で言ってます?」
「本気だよ。とりあえず四回」
「…………ダメです。さっきも言いましたが、君の体の負担になります」
「でもノインは平気なんでしょ?」
体を綺麗に拭いてくれたあとも、平然としてて余裕なの。
(知ってるんだけど、私!)
ノインはゆるく首を振った。
「俺の問題ではありません」
むかっ。
「私がやるって言ってるの!」
「……う」
「できないの?」
「………………か、可能、です」
「じゃあやって」
「…………」
「やって」
このたった数分のやり取りで、ノインが疲れ果てたように溜息をついた。
「条件があります。それを守れるなら、四回君を抱きます」
だく? 種を出すだけなのに?
「わかった。なあに?」
「嫌ならすぐにやめること。無理はしないこと。……途中で休むこと」
「いつもと同じじゃない」
休むのはよくわからないけど。
(四回抱きしめるってこと? んん?)
「じゃあ今晩はノインのお試しはお休みして、私のお試しだね!」
「こ、こんば…………どうしてそんなに元気なんですか……」
項垂れるノインは長く、深く、息を吐いた。
***
ノインがまた、物を用意してる。
(水差しの数が増えてる……)
ノインは荒い呼吸を整えている。
オルガも息を整えようとしつつ、ノインを凝視した。
(いつもなら落ち着いたノインが体を拭いてきて、肌着を着せてくれて……寝る)
少し横になってフーっと息を吐いていたノインの目つきが変わった。
(っ! ここだ!)
がしっと腕を掴むと、ノインがびくっと大きく反応する。
「ど、どうしました」
「二回目……」
「……」
起き上がろうとしたノインがそのまま横になった姿勢で、ふっと息を軽く吐く。
「わかってます。……体はどうですか? 痛くないですか?」
「平気だよ」
「……そうですか」
「……ぎゅーってする?」
「??」
薄く瞼を閉じていたノインが、怪訝そうにする。
「私が抱きしめようか?」
抱きしめるんだよね? 違うのかな。
「……嬉しいですけど、今はしなくていいです」
「ふーん」
なにか考えるようにノインは静かになった。
(……やっぱりかっこいいなぁ)
「…………なにを鼻唄を歌ってるんですか」
すっと瞼を開けて、ノインが起き上がる。
「? そんなことしてた?」
「君が上機嫌なのはわかりました」
上から覗き込んでくる。
「……体はどうですか?」
「さっきも訊いたね。うーん、ぽかぽかはしてる!」
「……体温は高い。……そしてやたら元気」
「んん?」
「無理してませんね?」
「してない!」
*
ふーむ。
(水飲んでる……)
ふー、っとノインが深く息を吐く。
「君も水分補給してください」
「わかった」
素直に水差しを受け取って、飲む。
ごくごくと飲んでいると、ノインが恐々とうかがってきた。
「そんなに喉が渇いてたんですか……?」
「んぅ? ぷはっ。違う違う。ノインが飲んでたから、たくさん飲んだほうがいいのかなって」
「……おなかが水でたぷたぷになりますよ……?」
「体がすごいぽかぽかしてるし、大丈夫だよ!」
「…………だからなんでそんなに元気なんですか」
軽く息を吐いてから、横になってノインが瞼を閉じる。
つられるようにオルガも転がり、尋ねる。
「ノインは元気ないね」
「……そういうわけでは」
「ぎゅってしようか?」
「……ぎゅってしましょう」
おっ!?
抱きしめられて、オルガはぱちぱちと瞬きをする。
「……体温がかなり上がってますね」
「元気だよ!」
「そういうことを聞いているわけでは……。少し目を閉じませんか」
「ノインの真似?」
「はい。俺の真似をしてください」
しばらく瞼を閉じていたが…………途中でオルガが「ふふふ」と変な笑い声を出し始めた。
「なんですか」
「ふふっ、くふっ、フフフフフ」
「…………なるほど。好奇心が勝っていて、興奮状態なんですね」
「だってノインだけ疲れてるんだもん」
「……君も疲れてるでしょう」
「違う違う。種? を、出すとノインはぐったりするけど、私はそれを見て、出たんだーって思うだけだし」
「……そうでしょうね。内部の感覚はそれほど鋭敏ではないと聞いていますし」
「最初はこう……ぐいって押されて、広がる? 感じ? うまく言えないな……痛いっていうより、知らない感覚で、すっごくびっくりしてね、フフフ」
「へえ……そんな感じなんですね」
「あれだけびっくりしたのに、ノインが種出すの、全然わからないから、ンフフ」
変なの~と笑っていると、ノインも小さく笑ってくれる。
「ねえねえ、もう目を開けていい? そういえば三回目は?」
「…………あと少し」
*
見るからに疲れてそう……。
「ねえ、そんなに疲れるの?」
尋ねると、飲んでいた水をノインが少し吹き出した。
「私は元気だよ」
「……いえ、疲れてるはずですが」
「んー、思ったより平気!」
「あの」
「ん?」
「もうやめてもいいと思うんですが」
「……」
「明日、動けなくなるかもしれないですし」
「まだ大丈夫だよ?」
「…………」
「ねえ、どうしてそんなに疲れるの?」
「体を使うので、けっこう体力がいるんです」
「そんなに?」
なんでだろ。種を出すだけなのに……。
「体勢変えないんだね」
「ごほっ、ごほっ」
「なんであんなに変えるの? なんで今日は変えないの?」
「……」
「ノインは気持ちいいの? そんなに疲れてるけど、どうなの?」
水差しを戻すとノインは横たわり、少し照れて呟く。
「……気持ちいいですよ」
でも、と続けられる。
「君の体が一番大事です」
「? 大丈夫だって言ってるじゃない」
困ったように息を吐いて、ノインが瞼を閉じる。
「ねえ、三回したよ。あと何回できるの? できそう? もう終わりなの?」
「…………」
閉じていた瞼を薄く開いて、迷うように視線を動かす。
「すぐには無理なので、少し休ませてください」
「……休むとできるの? どうして?」
そういえば毎回ちょっと休んでた。
「体が準備するのに時間がかかるんです」
「種を作ってるってこと?」
「……そ、そうですね」
「膨らむの? 見ていい?」
「…………ダメです」
ノインが毛布を引き寄せてそのまま背を向けてしまった。
「少し休むだけなので、大人しくしててください」
「…………」
うーん。
大人しく待っていたけど。
(…………暇)
最初より時間がかかってる。さっきより、時間がかかってる。
「ねえねえ」
「……なんですか」
「まだ?」
「まだです」
「種できた?」
「……まだです」
ベッドの上で、ゴロゴロと転がる。暇だ。
「なにしたら準備できるの?」
「……オルガ、時間が必要なだけですから大人しくしててください」
鍛えてるのにこんなに疲れるものなんだろうか。私は鍛えてないけど、こんなになってない。
変なの。
(うん? あっ、そっか。種を作るのが大変なのかな!?)
オルガは閃きに瞳を輝かせ、ベッドから降りてチェストに向かった。
引き出しを開けて、それを身に着けると戻る。
しばらくノインを背後から眺めて、また声をかけた。
「寝ちゃったの?」
「……起きてます」
ちょんちょんと背中をつつくと、ノインがこちらを振り向いて……硬直した。
「な……なに、ど……」
「元気になるかなと思って」
丈の短いあの肌着を着ているのだけど、ダメかな。
ノインは魔物退治の時、回復するのに自分を元気の素だって、言ってた。
ノインは深く息を吐いて、額を軽く押さえた。
困ったように小さく笑う。
「オルガ、それを着る必要はありません」
目に見えてオルガが落ち込んだのに気づき、ノインが軽く手を引いて抱き寄せた。
「大人しくしててくれたら、それでいいんです」
ノインは一度、言葉を切ってから続けた。
「四回目の準備をしてるだけなので」
そうなんだ……。
男の人って、変なの。
そのまま静かになった寝室だったが。
しばらくして、ノインの呼吸が少しだけ変わる。同時に、空気も。
(??)
休んで元気になったというよりも、無理やり整えたような奇妙な感じ。
ノインはゆっくりと体を起こした。
「……オルガ」
「ん?」
顔を上げる。
「もう一度……体の確認をさせてください」
いつもと同じ言葉なのに、少しだけ間がある。
「大丈夫だよ?」
「……違和感は」
「ないってば」
短いやり取りのあと、ノインは一瞬だけ目を伏せた。
それから、静かに息を吐く。
「……横になってください」
*
終わったあと、ノインはすぐには動かなかった。
呼吸を整える音だけが、静かに響く。
「……ノイン?」
「……はい」
返事はすぐだったものの、少しだけ掠れていた。
それでも、ノインはゆっくり体を起こしてくる。
いつも通り……こちらの様子を確かめるために。
***
思ったより。
「大丈夫だった!」
翌朝、勢いよく言うと、ノインが動きをぴた、と止める。
照れ笑いをするオルガは、満ち足りた気持ちでいることもあって、瞳を輝かせている。
「四回か」
どこか楽しそうに言うオルガとは違い、ノインはなにか言いたそうだ。
しかし、言いかけてやめている。
オルガがにっこり微笑んだ。
「でもノイン、もっとできるでしょ?」
「……い、いえ……あの」
「四回目に何回も大丈夫ですかって訊いてくる余裕、まだあったもんね?」
「あ、あれは……慎重にしただけ、で……」
「楽な体勢をとってくださいとか……」
「起き上がれなくなったら大変じゃないですか」
「……私、決めた」
「?」
「ノイン、手加減しないで何回できるか試してみよう!」
「い、嫌です!」
「なんで!?」
「危険です!」
「やってみないとわからないって!」
「わかります!」
二人の言い合いは、この朝しばらく続いたのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




