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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

限界を求めるのは、君のほう。

掲載日:2026/08/29

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第39弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「誘惑してくるのは、君のほう。」の後の話です。


 昨日のことだ。

 朝の光が、カーテンの隙間から薄く差し込んでいる。


 寝台の上で、オルガは毛布にくるまって――いや、もはや完全に丸まっていた。


 小さく、小さく。

 まるで、だんご虫みたいに。


「……無理……」


 くぐもった声が毛布の中からもれる。


「無理……むりむりむり……!」


 じたじたと足を動かして、さらに丸まる。


 隙間から見えるオルガは、耳まで真っ赤だ。


 その横で、ノインは上体を起こしたまま、困ったように見下ろしていた。


「……そんなに、でしたか」

「そんなにだよ‼」


 がばっと毛布の中から顔だけ出して叫ぶ。


「なんで鏡なんて置いたの!?」

「部屋にあったじゃないですか」

「なんで使ったの!?」

「……見えると思って」

「見えたよ!」


 叫んでから、また潜る。


「う、ううううう、思い出しちゃった……」


 ばたばたと足を動かす。


「やだやだやだ……っ、あれ……あれはダメだよ……!」


 ノインは少し考えてから、静かに言う。


「そんなに不快とは……すみません」


 その言葉に、オルガの動きがぴたりと止まる。


 少しだけ顔を出して、むっとした顔で言う。


「……違う」

「違う?」

「恥ずかしいんだよ!!」


 即答だった。


 そしてまた潜る。


「自分があんなの見るの無理……! ノインの顔も見えるし、なんか……なんか……!」


 驚き過ぎたこと。混乱し過ぎて、一回はしてみたほうがいいのかとか、嫌かどうかはそれからでもいいのではとか、ぐるぐると、ぐるぐるぐるぐる……。


「無理ぃぃ! もおおおおおおおお!

 鏡、禁止! 二度とやらないで!」

「二度としません。約束します」


 優しく起こされて、慰めるようにしばらく抱きしめてくれたのはいいんだけど。


(どうやったらあんなこと思いつくの!?)


 あれ。待てよ。


 ノインは観察癖がある。


 自分が気づかないところでこちらを観察している、はずなのだから。


(まさか、その延長で鏡越しに観察してたってこと!?)


 見ないようにと瞼を頑張って閉じていたけど、どうしても時々目を開けてしまう瞬間があった。


 視界に入る衝撃過ぎる光景に、羞恥でいっぱいになっていたけど。


(……?? そういえば、鏡越しにノインと目が合った……?)


 あれ……?


 ぶんぶんと大きく頭を振る。


(でももう絶対ダメ! あれはダメ! 恥ずかしい……むりむりむり!)


 それがあったせいか、昨日の夜は後ろから抱きしめる形だったけど……横向きにされた。


(やっぱり顔が見れないのは、さみしくて少し嫌だなぁ)


 はぁ、と溜息をついてから、ぐぐぐ、と匙を握る手に力を入れる。


 気になっていることがある。


「ノイン!」

「はい。百面相は終わりですか?」


 にっこり微笑んでくれる。


「ひゃ、百面相なんてしてないよ!」

「ふふっ」


 ぐ、ぬ、ぬ。


「ちょっと訊いていい?」

「どうぞ」

「種を出すのって、一回でいいの?」

「…………」


 あ、固まっちゃった。


「だって植物の種ってたくさんできるでしょ? ノインの体に種があって作られるんだから、何回も出ないとおかしくない?」

「……え、……あの」

「一回だけなの? 一回しか出ないの?」

「…………」


 おお……視線がすっごい動いてる……。


「……い、いえ……一回だけ、では……ない、です」

「じゃあなんで一回だけなの?」

「はあ?」


 ノインが慌てて小さく咳払いをした。


「君の体に負担になるからです」

「そんなのやってみなきゃわからないじゃない」

「……わかります」

「わからないよ!」


 鏡だってそうだったし!


「ノインはできるんでしょ?」

「…………で、きます」

「何回できるの?」


 ノインが仰け反って、顔を逸らした。


「こ、個人差がある……ので」

「ノインは?」

「うぐ……さ、三回……ほど」

「ほんと?」


 しん、と部屋の中が静まり返る。


 家の外では夏の日差しが石畳を照らし、少しずつ空気の温度を上げている。


「ねえ、ほんと?」

「…………」


 俯いちゃった。


「よ」

「よ?」

「四回は……可能、かと」


 多いのか少ないのか、わからないな……。


 でも。


(最初三回って言ったのに……増えた)


 ノインは嘘をつかないけど、言い方がちょっと独特の時がある。


 貯金の時、金貨が百枚はある、と彼は言った。だけど実際は百二十枚あった。

 百枚は実際にあったので嘘はついていない。本当の金額をはっきり言っていないだけで。


 あれと同じ感じがする……。


 追撃するように尋ねたら白状したということは、もっと出せるってことじゃないの?


 渋い顔をしたまま、もぐもぐとスープの豆をゆっくりと咀嚼していることからも、これ以上言いたくない様子は伝わってくる。


(うーん)


 気になる……。


(そうだよ、ノインばっかり私と試したいことするんじゃなくて)


「じゃあ試してみようよ」

「ごほっ」


 大きく咳き込んで、ノインが恐る恐るこちらを見た。


「……試す?」

「限界まで」

「……はい?」

「ノインが何回種を出せるか、やってみようよ」


 サー、っとノインの顔色が悪くなった。


「……本気で言ってます?」

「本気だよ。とりあえず四回」

「…………ダメです。さっきも言いましたが、君の体の負担になります」

「でもノインは平気なんでしょ?」


 体を綺麗に拭いてくれたあとも、平然としてて余裕なの。


(知ってるんだけど、私!)


 ノインはゆるく首を振った。


「俺の問題ではありません」


 むかっ。


「私がやるって言ってるの!」

「……う」

「できないの?」

「………………か、可能、です」

「じゃあやって」

「…………」

「やって」


 このたった数分のやり取りで、ノインが疲れ果てたように溜息をついた。


「条件があります。それを守れるなら、四回君を抱きます」


 だく? 種を出すだけなのに?


「わかった。なあに?」

「嫌ならすぐにやめること。無理はしないこと。……途中で休むこと」

「いつもと同じじゃない」


 休むのはよくわからないけど。


(四回抱きしめるってこと? んん?)


「じゃあ今晩はノインのお試しはお休みして、私のお試しだね!」

「こ、こんば…………どうしてそんなに元気なんですか……」


 項垂れるノインは長く、深く、息を吐いた。


***


 ノインがまた、物を用意してる。


(水差しの数が増えてる……)


 ノインは荒い呼吸を整えている。

 オルガも息を整えようとしつつ、ノインを凝視した。


(いつもなら落ち着いたノインが体を拭いてきて、肌着を着せてくれて……寝る)


 少し横になってフーっと息を吐いていたノインの目つきが変わった。


(っ! ここだ!)


 がしっと腕を掴むと、ノインがびくっと大きく反応する。


「ど、どうしました」

「二回目……」

「……」


 起き上がろうとしたノインがそのまま横になった姿勢で、ふっと息を軽く吐く。


「わかってます。……体はどうですか? 痛くないですか?」

「平気だよ」

「……そうですか」

「……ぎゅーってする?」

「??」


 薄く瞼を閉じていたノインが、怪訝そうにする。


「私が抱きしめようか?」


 抱きしめるんだよね? 違うのかな。


「……嬉しいですけど、今はしなくていいです」

「ふーん」


 なにか考えるようにノインは静かになった。


(……やっぱりかっこいいなぁ)


「…………なにを鼻唄を歌ってるんですか」


 すっと瞼を開けて、ノインが起き上がる。


「? そんなことしてた?」

「君が上機嫌なのはわかりました」


 上から覗き込んでくる。


「……体はどうですか?」

「さっきも訊いたね。うーん、ぽかぽかはしてる!」

「……体温は高い。……そしてやたら元気」

「んん?」

「無理してませんね?」

「してない!」


*


 ふーむ。


(水飲んでる……)


 ふー、っとノインが深く息を吐く。


「君も水分補給してください」

「わかった」


 素直に水差しを受け取って、飲む。


 ごくごくと飲んでいると、ノインが恐々とうかがってきた。


「そんなに喉が渇いてたんですか……?」

「んぅ? ぷはっ。違う違う。ノインが飲んでたから、たくさん飲んだほうがいいのかなって」

「……おなかが水でたぷたぷになりますよ……?」

「体がすごいぽかぽかしてるし、大丈夫だよ!」

「…………だからなんでそんなに元気なんですか」


 軽く息を吐いてから、横になってノインが瞼を閉じる。


 つられるようにオルガも転がり、尋ねる。


「ノインは元気ないね」

「……そういうわけでは」

「ぎゅってしようか?」

「……ぎゅってしましょう」


 おっ!?


 抱きしめられて、オルガはぱちぱちと瞬きをする。


「……体温がかなり上がってますね」

「元気だよ!」

「そういうことを聞いているわけでは……。少し目を閉じませんか」

「ノインの真似?」

「はい。俺の真似をしてください」


 しばらく瞼を閉じていたが…………途中でオルガが「ふふふ」と変な笑い声を出し始めた。


「なんですか」

「ふふっ、くふっ、フフフフフ」

「…………なるほど。好奇心が勝っていて、興奮状態なんですね」

「だってノインだけ疲れてるんだもん」

「……君も疲れてるでしょう」

「違う違う。種? を、出すとノインはぐったりするけど、私はそれを見て、出たんだーって思うだけだし」

「……そうでしょうね。内部の感覚はそれほど鋭敏ではないと聞いていますし」

「最初はこう……ぐいって押されて、広がる? 感じ? うまく言えないな……痛いっていうより、知らない感覚で、すっごくびっくりしてね、フフフ」

「へえ……そんな感じなんですね」

「あれだけびっくりしたのに、ノインが種出すの、全然わからないから、ンフフ」


 変なの~と笑っていると、ノインも小さく笑ってくれる。


「ねえねえ、もう目を開けていい? そういえば三回目は?」

「…………あと少し」


*


 見るからに疲れてそう……。


「ねえ、そんなに疲れるの?」


 尋ねると、飲んでいた水をノインが少し吹き出した。


「私は元気だよ」

「……いえ、疲れてるはずですが」

「んー、思ったより平気!」

「あの」

「ん?」

「もうやめてもいいと思うんですが」

「……」

「明日、動けなくなるかもしれないですし」

「まだ大丈夫だよ?」

「…………」

「ねえ、どうしてそんなに疲れるの?」

「体を使うので、けっこう体力がいるんです」

「そんなに?」


 なんでだろ。種を出すだけなのに……。


「体勢変えないんだね」

「ごほっ、ごほっ」

「なんであんなに変えるの? なんで今日は変えないの?」

「……」

「ノインは気持ちいいの? そんなに疲れてるけど、どうなの?」


 水差しを戻すとノインは横たわり、少し照れて呟く。


「……気持ちいいですよ」


 でも、と続けられる。


「君の体が一番大事です」

「? 大丈夫だって言ってるじゃない」


 困ったように息を吐いて、ノインが瞼を閉じる。


「ねえ、三回したよ。あと何回できるの? できそう? もう終わりなの?」

「…………」


 閉じていた瞼を薄く開いて、迷うように視線を動かす。


「すぐには無理なので、少し休ませてください」

「……休むとできるの? どうして?」


 そういえば毎回ちょっと休んでた。


「体が準備するのに時間がかかるんです」

「種を作ってるってこと?」

「……そ、そうですね」

「膨らむの? 見ていい?」

「…………ダメです」


 ノインが毛布を引き寄せてそのまま背を向けてしまった。


「少し休むだけなので、大人しくしててください」

「…………」


 うーん。


 大人しく待っていたけど。


(…………暇)


 最初より時間がかかってる。さっきより、時間がかかってる。


「ねえねえ」

「……なんですか」

「まだ?」

「まだです」

「種できた?」

「……まだです」


 ベッドの上で、ゴロゴロと転がる。暇だ。


「なにしたら準備できるの?」

「……オルガ、時間が必要なだけですから大人しくしててください」


 鍛えてるのにこんなに疲れるものなんだろうか。私は鍛えてないけど、こんなになってない。


 変なの。


(うん? あっ、そっか。種を作るのが大変なのかな!?)


 オルガは閃きに瞳を輝かせ、ベッドから降りてチェストに向かった。


 引き出しを開けて、それを身に着けると戻る。


 しばらくノインを背後から眺めて、また声をかけた。


「寝ちゃったの?」

「……起きてます」


 ちょんちょんと背中をつつくと、ノインがこちらを振り向いて……硬直した。


「な……なに、ど……」

「元気になるかなと思って」


 丈の短いあの肌着を着ているのだけど、ダメかな。


 ノインは魔物退治の時、回復するのに自分を元気の素だって、言ってた。


 ノインは深く息を吐いて、額を軽く押さえた。

 困ったように小さく笑う。


「オルガ、それを着る必要はありません」


 目に見えてオルガが落ち込んだのに気づき、ノインが軽く手を引いて抱き寄せた。


「大人しくしててくれたら、それでいいんです」


 ノインは一度、言葉を切ってから続けた。


「四回目の準備をしてるだけなので」


 そうなんだ……。

 男の人って、変なの。


 そのまま静かになった寝室だったが。


 しばらくして、ノインの呼吸が少しだけ変わる。同時に、空気も。


(??)


 休んで元気になったというよりも、無理やり整えたような奇妙な感じ。


 ノインはゆっくりと体を起こした。


「……オルガ」

「ん?」


 顔を上げる。


「もう一度……体の確認をさせてください」


 いつもと同じ言葉なのに、少しだけ間がある。


「大丈夫だよ?」

「……違和感は」

「ないってば」


 短いやり取りのあと、ノインは一瞬だけ目を伏せた。


 それから、静かに息を吐く。


「……横になってください」


*


 終わったあと、ノインはすぐには動かなかった。


 呼吸を整える音だけが、静かに響く。


「……ノイン?」

「……はい」


 返事はすぐだったものの、少しだけ掠れていた。


 それでも、ノインはゆっくり体を起こしてくる。


 いつも通り……こちらの様子を確かめるために。


***


 思ったより。


「大丈夫だった!」


 翌朝、勢いよく言うと、ノインが動きをぴた、と止める。


 照れ笑いをするオルガは、満ち足りた気持ちでいることもあって、瞳を輝かせている。


「四回か」


 どこか楽しそうに言うオルガとは違い、ノインはなにか言いたそうだ。

 しかし、言いかけてやめている。


 オルガがにっこり微笑んだ。


「でもノイン、もっとできるでしょ?」

「……い、いえ……あの」

「四回目に何回も大丈夫ですかって訊いてくる余裕、まだあったもんね?」

「あ、あれは……慎重にしただけ、で……」

「楽な体勢をとってくださいとか……」

「起き上がれなくなったら大変じゃないですか」

「……私、決めた」

「?」

「ノイン、手加減しないで何回できるか試してみよう!」

「い、嫌です!」

「なんで!?」

「危険です!」

「やってみないとわからないって!」

「わかります!」


 二人の言い合いは、この朝しばらく続いたのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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