この場所で ~ 愛する人と共に生きていく ~
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「クロエ~。そろそろ戻るわよ」
今日は、養護院のみんなとお散歩に出ていたが、そろそろ戻る時間だ。
私は、子供たちに声をかける。
「はーい。みんな帰るよ~」
「ねえねえ。クロエは好きな人いるの?」
メイが、私のスカートの裾を、引っ張りながら聞いてくる。
質問に、思わずあの人の背中が思い浮んで、慌ててかき消した。
「もーメイは、おませさんね。そういうメイは、好きな子がいるの?」
メイが私に掴まり、つま先立ちをする。
私は、メイの口元に耳を寄せた。
「あのね。ジェイが好きなの。昨日ね。ジェイにお話ししたら、ジェイも好きだって言ってくれたよ」
5歳児の告白に、耳まで赤くなる。
でもジェイは14歳だよ~。
ま まあ、貴族の中ではありうる年齢差か…………。
「良かったね、メイ。 帰ったら、髪の毛可愛く編んであげる」
「クロエありがと~。」
「クロエ、メイ置いてくわよ~」
遠くで、ナナが手を振っている。
私はあわててメイを抱き上げ、駆けだした。
「ナナ。待って~」
院の近くまで戻ってくると、彼の背中が見えるはず。
ナナのフォルト伯爵家と、我がフラン子爵家の領地は隣接しており、さらにその領地の奥には、ファロム辺境伯爵領が続いている。
三領地の境にある、このホルト養護院は、3家の領主達が支援し運営ている。
私とナナも父達に連れられ、小さなころからこの養護院で、奉仕活動を続けている。
さらにホルト養護院は、ただの養護院ではなく、3領主の支援を受けた、仕事を学ぶための、鍛冶工房、パン工房、洋裁の修繕や刺繍を行う裁縫工房がある。
3領地以外からも、孤児になった子供たちが集まる、ホルト養護院で育つ子供たちが、生活していくのに困らない様に、おじい様達が相談し立ち上げたシステムだ。
ここで、手に職をつけて、巣立った子供たちは多い。
私はみんなと、院への道を進みながら、鍛冶工房を覗き込んだ。
外の門まで、熱気が伝わってくる。
今日も、彼の背中が見えた。
カン・カン・カン
リズムよく、鉄を打つ音が響く。
「今日も頑張っていらっしゃるな…………。」
思わず声に出てしまった言葉に、腕の中でうとうとしている、メイが返事をする。
「うぅん。 メイ がん ばるょぉ」
「ふふ。 かわいい」
よいしょ。メイを抱きなおすと、向こうからジェイが走ってきた。
「おい!またメイは、抱っこしてもらってるのか~。クロエ大丈夫か?俺が変わろうか?」
「ありがとジェイ。あと少しだし、大丈夫よ」
「メイもまだまだ手がかかるな~。あと少しけど、重いだろ。俺の方が、背が高くなったんだから!ほらかして」
ジェイが、私の腕からメイをグイっと持って行く。
「はあ。ありがとう。ジェイはやさしいね」
「そんなこと無い、クロエにだけだ」
「メイにもやさしいよ」
いつの間にか眼を開けた、メイがジェイに抱っこされてニコニコしている。
「ふふ。かわいい二人ね」
「おい。俺はもう、かわいいなんて年齢じゃないぞ!」
「はは。ごめんごめん」
✿ ✿ ✿
院に戻り、小さな子供達を寝かしつけてから、私とナナは家に戻る。
ナナの伯爵家までは、馬車で30分ほどかかるが、私の家は歩いて10分もかからずで、院からも小高い丘の上に、我が子爵家が見える。
「じゃあクロエ、また来週ね」
「うん。ナナも気をつけて帰ってね」
「こんな一日の終わりも、残すところひと月もないと思ったら…………何だか寂しくなっちゃった」
ナナは、来月ブラウン伯爵令息のエドガー様と、結婚する予定だ。
ブラウン伯爵家は王都にあり、行くには馬車で一日かかる。
「そんなに寂しがらないでよ、結婚しても、月に一度は訪問していいと、お義理母さまも言ってくれているし、必ず来るから」
「それよりクロエは、本当に結婚しないの?」
ナナが、私の顔を覗き込む。
「うん。お父様も、無理にしなくていいと言ってくれているし、院のシスターもご高齢だから、本格的にお手伝いしようと思ってる」
「そうか。結婚しか選択できない世の中では、なくなってきているものね」
ナナが悲しそうに笑った。
「馬車待たせてるから…………じゃあね、おやすみ」
「おやすみ」
ナナは手を振り、馬車に乗り込んだ。
ナナと別れて、帰道を急ぐ。
鍛冶工房が見えてくると、リックが大きな声で私を呼び、手を振っているのが見える。
「クロエ嬢~。すまないが手を貸してくれないか」
駆け寄ると、門を少し入ったところに敷かれたシートの上に、アラン様が横たわっている。
「もおさー。貴族令息のくせに、頑張りすぎなんだよあいつ、今日は体調が良くなかったみたいだが、倒れるまで誰にも言わねえしさあ」
私は、アレン様に駆け寄る。
「すごい熱」
「この熱で、鉄打ってたんだ。そりゃ倒れるよ」
「子爵家に運ぶのに、手を借りてもいいかしら?」
「クロエ嬢ちゃん助かるよ。ここは男手ばかりだし、看病してやる人もいないわ、倒れて動かなくなるし困ってたんだ。直ぐに人手を集める」
リックは、29歳とまだ若いが、この鍛冶工房のリーダーで、ホルト養護院の出身。
私が、兄と慕うしっかり者だ。
残っていた菓子工房の仲間も呼んで、アラン様を担いでもらい、子爵家の客間に運び込んだ。
「マルゴ、少しだけ頭側に毛布を挟んで、頭を上げてアラン様を寝かせたいの、手を貸してくれる?」
「はい。お嬢様」
「マルゴ、こんな時間に、いろいろお願いして申し訳ないのだけど、上半身だけでも、拭いて差し上げたいのだけれど」
「はい。お嬢様、私とエマとでお体を拭いて、指示の体制に、寝かせておきますので、お嬢様は先にお着替えと、少しでもお食事を」
「ありがとう。マルゴ」
アレン様の支度をするのに、私がいるのは恥ずかしすぎるから。
家令のマルゴと、侍女長のエマにお願いして、一度部屋を出る。
✿ ✿ ✿
私が客室に戻ると、ちょうど支度が終ったところだった。
「まあ。お嬢様、もう食事がすんだんですか?ちゃんと食べなきゃだめですよ」
エマの頬が、ぷくりと膨れる。
エマは早くに母を亡くした、私の母親の様な存在だ。
忙しい父に代わり、マルゴと共に、私を大切にしてくれている。
「ちゃんと食べました。私の食い意地は、エマが一番知ってるでしょ~。それよりエマにお願いがあるの。小さい時に、風邪をひいたら作ってくれた、はちみつ入りの魔法のお茶を作ってくれない?」
「お安い御用です。チキンスープも準備しましょうね。若いのに肌もカサカサして!普段からちゃんと、食べてないんですよきっと、目が覚めたら、エマ特性の回復料理を、もりもり食べさせてあげますからね!」
あははとエマは高らかに笑い、さっそく準備すると出て行った。
私は、アラン様のベッドサイドに座り、顔を覗き込む。
「さっきより顔色はいいかしら、水分だけでも、少し飲めるといいけど」
頭を少し上げて、寝かせてもらってあるので、スプーンに水をすくい、アラン様の口元に運ぶ。
少しずつ流し込むと、ごくりと喉が動いた。
「うまくいった。少しずつなら飲めそうね」
アラン様は、ファロム辺境伯爵の三男で、ここに来る2年前まで、辺境伯の騎士団長をされていた。
しかし…………遠征に出た際に、部下の騎士を庇い、左手に大きな怪我をしてしまった。
幸いにも左手は、ゆっくりなら動かすことが出来るまでに回復したが、剣を振るえるほどの回復は見込めず。
ちょうど一年前、アラン様本人が、少しでも騎士団に係われる仕事を学びたいと、鍛冶工房にやってきた。
工房は、ほとんどがホルト養護院の出身者で平民だが、アラン様はみんなを先輩と呼び、頭を下げて教えを受けている。
優しく丁寧な姿勢と、真剣に取り組む背中…………。
怪我をして、騎士師団長をやめなければならなかったのは、私が想像もつかないほど、苦しかったに違いない。
でも腐らずに、前を向き進むアラン様のことを、私は密かにお慕いするようになっていた。
「はやく元気になってくださいね」
何度かスプーンを口に運んだところで、空いたドアがノックされ、エマが、大きなシルバートレーを持って戻ってきた。
「お嬢様、魔法のお茶と、チキンスープができましたよ!さあ。たたき起こして食べさせましょう」
エマは、テーブルにトレーを置くと、アラン様の布団を勢いよく剥がした。
「さあ。アラン坊ちゃん、エマ特性の、お茶とスープができましたよ。しっかり食べて、しっかり眠る!」
驚く私をよそに、エマはアラン様の体をグイっと起こす。
「あ。 ここは……。」
ぼんやり目を開けたアラン様と、眼があった。
「あれ。もしかしてクロエ嬢……………おれは。 夢でも見てるのか?」
アラン様。私の事知ってるの!そりゃ、挨拶くらいしかしたことあるけど。
知っていただけていたなんて。
さらに驚き、固まる私をよそに。エマの仕事は続く。
「体調が悪いのに、仕事になんか行くから!鍛冶工房で倒れたんですよ!うちのクロエお嬢様が、ここまで連れて来たんです! アラン坊ちゃん」
「あの勝手に、子爵家に運んでしまいすみません。ここが工房から一番近くて、介抱しやすいところだったもので」
「あぁそうだったのか、ありがとう。今はだいぶ、体も楽になっている、迷惑をかけた礼は後程するが、これ以上、迷惑をかけるわけにもいかない、私はこれでしつれいするよ」
そういってアラン様は、立ち上がろうとするも、エマにベッドに抑えこまれる。
「アラン坊ちゃんの頭は、熱でおかしくなったのですか?ちゃんと食べてちゃんと寝る!手狭で嫌かもしれませんが、今日はここで休んでいただきます」
「いや手狭で、嫌と言うわけでは無い。フラン子爵に、迷惑をお掛けするわけには」
「鍛冶工房からお預かりしたのです。勝手に帰る方が迷惑です」
エマが、ベッドの前に立ちはだかる。
「あの…アラン様。体調が悪い時に、無理をするとエマに凄く怒られます。伯爵家の方を怒るなんて、失礼ですが、心配しての行動なので…。どうか今日は、こちらで休んでいただけないでしょうか?」
アラン様は立ち上がるのをあきらめ、体をベッドに戻す。
「ありがとう。ご厚意に、甘えてそうさせてもらうよ、実はふらふらして立つのも辛いんだ」
「ほら見なさい。アラン坊ちゃんは、昔から頑固なんですから」
「エマ、アラン様を知っていたの?」
「はい。お嬢様はまだ小さかったから、覚えていませんかね。辺境伯夫人は、エリス様の遠縁にあたる方で、お亡くなりになる前に、何度かお見舞いにアラン坊ちゃんを連れて、子爵家を訪ねておいででした。
まあその頃の坊ちゃんはやんちゃで、私も、マルゴも大変な目にあいましたけど」
「その節は…………すまなかった」
「まあまあスープが冷めてしまいます。食べれるだけ食べてください。そして今夜は、ゆっくり休む」
私とエマは、アラン様が食べ終わるまで見守り、お部屋を後にした。
「エマ。遅い時間までありがとう」
「どういたしまして。お嬢様もしっかり休んでくださいよ」
「はい。おやすみなさい」
✿ ✿ ✿
アラン 視点
俺は、子爵家のあたたかな布団に包まれて、昔の事を思い出していた。
子供の頃から活発で、辺境を守る、騎士になることだけを目指し進んでいた俺が、怪我をして、左腕が動かなくなった時…………。
これから、どう生きて行けばいいのかわからなくなり、苦しく無気力な毎日を過す。
ある日、散歩に出かけると、フリージアが咲いているのが目に入った。
辺境のフリージアは、白が強く、クリーム色の様な色をしているのが特徴だ。
フリージアを見ていると…………。
フラン子爵家で出会った、まんまるのかわいい赤ちゃんの顔が浮かんだ。
あの子は、フリージアと同じ髪の色をしていたなあ。
そのあとは、楽しかった子供の頃の思い出が、よみがえってきた。
母について行った子爵家は、小さな邸宅だったか整っていて庭が広く、少し先に養護院や鍛冶工房、パン工房などがあり楽しかった。
辺境拍家とは違い、家令たちも親しみがあり暖かかった。
エマやマルゴに、いたずらするのも楽しい。
何度目かの訪問で、近よると、エマに怒られていた赤ちゃんのいる部屋に、こっそり入ることができた。
ベビーベッドの中をコッソリ覗くと、クリーム色のくるくるした髪に、白い肌にほっぺが、ぷくぷくでほんのりピンク色にそまった赤ちゃんが寝ている。
すやすや寝ている赤ちゃんの頬を、思わずつつくとパチッと大きな目を開けた。
「きゃは きゃは」
その赤ちゃんは俺を見て、泣くどころか可愛い声で笑い、手を伸ばしてくる。
そして差し出した、俺の左手の人差し指を、ぎゅっと掴んだ。
ふにふにの柔らかい手は、暖かかった。
なかなか指を離してもらえず。
いや離してほしくなくて、俺は赤ちゃんの横にゴロンと寝転んだ。
遊び疲れていたこともあって、そのまま一緒に寝てしい、その後母とエマに見つかり、酷く怒られた。
おれはその日、そんな子供の頃の事を思い出しながら、散歩の足を延ばし、ホルト養護院に向かった。
なんだか、あのぷくぷくした頬なら、もう一度この左手でつつくことが出来る気がして…………。
ホルト養護院に着くと、15歳に成長した、かわいらしい少女が、小さな女の子を抱いて走っていた。
あの時の赤ちゃんだ!
こんなに大きくなって。
フリージアと、同じ色のふわふわの髪の毛が揺れている。
「シスター。ルルが転んじゃって、膝がすりむけたの」
院を管理するシスターに、駆け寄る少女は活き活きしていた。
ああ。金銭だけでなく、子爵家はこの場所を、実際に係わり支援しているのか。
今の自分では、あの少女に合わせる顔がない。
引き返そうとした先に、鍛冶工房が見える。
工房を覗くと、今まさに鉄を叩き、剣が出来上がる瞬間が目に入った。
ああ。剣を作ることでも、騎士団には関われるじゃないか!
鍛冶師達の熱気が、沈んだ俺の気持ちに火をつけた。
この左手を、少しでも動くようにして、もう一度この場所に来よう。
そう決意した俺は、次の日から訓練に励み、なんとかゆっくりだが、左手を動かせるようになった。
そして、この場所で働かせてもらえることになった。
働き始めてからも、クロエの事は気になっていたが、一人前にも満たない自分では、話しかけることも出来ないまま、日々が過ぎて行った。
「おやすみなさい」のクロエの笑顔。
かわいかったな。
笑顔を思い出しながら、俺は眠りについた。
✿ ✿ ✿
クロエ 視点
アラン様は、倒れた日から数日間後、エマの軟禁療養生活から、ようやく解放された。
「今回は、本当にご迷惑をお掛けしました」
マルゴとエマと三人で、アラン様をお見送りする。
「やあ~。あのいたずらアラン坊ちゃんが、大きくなられた姿を見ることができて嬉しいですよ」
「普段からちゃんと食べなきゃダメですからね!旦那様にも、今後もアラン坊ちゃんの食事を、気に掛ける様に言われていますから!エマが見てますからね~。お嬢様も時々、坊ちゃんを夕飯に連れてくる様にお願いしますよ」
「ふふ。アラン様すみません。こんな子爵家ですが、また時々来てくださいね」
「エマにはかなわないな。また来させてもらうよ」
アラン様は、照れくさそうに頭を掻いて、何度も頭を下げながら帰って行った。
それ以来エマが、アラン様のお昼や軽食を私に持たせてくれて、アラン様とお話をする機会が増え、距離も近くなった。
アラン様とは、なんだか家族とも、恋人とも友達とも言えない距離のまま、いくつかの季節が流れ、私はホルト養護院のほとんどの仕事を、シスターから引き継ぎ行うようになっていた。
兄からの連絡が来るまでは、この生活が、このまま続くのだとばかり思っていた。
✿ ✿ ✿
アラン 視点
「やあ~。上手くなったな!アランさん。もう手直しなしで、このまま出荷できるよ」
朝からリック リーダーに褒められた。
「リックさん。ありがとうございます」
「しかしアランさんよ~。ほっといていいのかい?」
同僚のジャックが、声を掛けてくる。
「何?」
「知らないのか!クロエ嬢のこと」
リック リーダーが、驚いたように眼を見開いた。
「クロエ嬢が、どうかしたんですか?」
「ほんとにアランさんは、鈍くていけないな~」
「フラン子爵家はさあ。留学に出ている嫡男が継ぐはずだったんだが、留学先で出会った令嬢と恋仲になって、隣国で伯爵家の婿になるって、連絡が急に来てなあ。驚いたフラン子爵は、慌ててその伯爵家に飛んで行ったよ」
「まあ、そうなると、子爵家にはクロエ嬢しか残ってないからな~。」
「せっかく院の仕事覚えて、引き受けるつもりでいたが……。婿を取って、クロエ嬢が継ぐしかないだろうな~」
「仕事を頑張ってたのに今更、政略結婚!」
「それも貴族様の中じゃ、19歳から探そうなんて、行き遅れじゃないのかい?」
「あんないい子。良い人が見つかるといいがな~。」
みんなが口々に教えてくれる。
「………………。」
俺が考え込んでいると、リックさんが大げさに手を叩いた。
「そういや今日、クロエ嬢はなんだか、見合いにでも行くのかな。綺麗なドレス着て、出かけるって言ってたな~」
「リックさん。 あの今日、ちょっとすみません。ちょっと行ってきます」
俺は慌てて走り出した。
「「「あぁ~。ようやく行ったな~。頑張れよ~」」」
鍛冶工房みんなで、アランの背中を見送った。
✿ ✿ ✿
クロエ 視点
朝早くに隣国から父が戻ってきた。
兄はどうやら、子爵家では婿に入ることを了承していると、話を進めていた様で…………結婚式は、既に2ヵ月先に決まっていた。
さすがに結婚式には出席してほしいと、今頃の連絡となったようだ。
「あのバカ息子は!子爵家のことを、クロエのことをなんだと思ってるんだ、こうなるにしても、もっと早く言ってくれれば……。」
「お父様。私が婿を取るしか、子爵家が存続することは難しいのですね」
帰宅してから、ずっと怒っているお父様を、落ち着かせようと話し始めると……………。
部屋の外が騒がしくなった。
「坊ちゃん。待って下さい!旦那様は今、お嬢様と大切な話をしています」
複数の足音が響く。
ドンドン!荒々しくドアを叩く音がして、扉が開きアラン様が駆け込んできた。
アラン様は、部屋に入るなり大きな声で宣言する。
「フラン子爵!私は未だに辺境伯家から籍を抜いていません。私を、子爵家の婿にしてください!」
お父様も私も、突然のアラン様に驚いて固まる。
お父様は、直ぐに我に返り頭を下げる。
「アラン様がいいのであれば、子爵家に問題はありません!よろしくお願いします。」
!!!
「お父様!アラン様は、鍛冶の仕事に誇りと熱意をお持ちなんですよ!子爵家の都合に、巻き込むわけにはいきません」
私は思わずアラン様に駆け寄り、シャツの胸元を掴んで叫ぶ。
「アラン様も、あんなに頑張っている仕事を犠牲にしないで下さい。私は、アラン様が腐らず、コツコツと努力している背中を知っています!その背中が好きなんです。夢を捨てないでください」
子爵家は大きな領地を活かし、畜産業や農業を営んでいる。
さらに商品の生産や販売を手掛けており、経営はうまくいっているからこそ、片手間にできる仕事ではない。
子爵家を継ぐと言う事は、その産業を仕事にしなければならない。
見上げると、アラン様の真直ぐな瞳と眼があった。
「俺は怪我をしたあの時、目の前が真っ暗になり。どうしていいか途方に暮れていた…………何もする気がわかない中。ふらりと出た散歩で、フリージアの花を見て、この暖かな子爵家のことを、クロエのことを思い出した」
アラン様が、私の手を取る。
「鍛冶工房に出会えたのも、やる気を取り戻したのも、この子爵家のおかげだ…………だから……いや、クロエの隣に居たいんだ、俺を選んでくれないだろうか?今度は、執務に励む俺の背中を、好きになってもらえないだろうか?」
お慕いしていた、アラン様の真直ぐな言葉に、嬉しくて涙がこぼれた。
「いいのですか?私もアラン様をお慕いしています」
アラン様は、私をぎゅっと強く抱きしめた。
「やったー。アラン坊ちゃんかっこいい!」
エマの声と共に、みんなから祝福の声が上がる。
みんなが、周りにいることを忘れていた私は、体中が赤くなった。
ん~~~。恥ずかしすぎる。
✿ ✿ ✿
兄の結婚式から半年後、私達は領内の小さな教会で、みんなに見守られながら結婚式を挙げた。
「クロエー。ブーケちょうだい!」
式が終わるとすぐ、メイが不機嫌そうなジェイの腕を引いて掛けてくる。
メイは7歳になって、さらにおませさんになった。
「ジェイ。ちゃんとアレン様とクロエに、お祝いを言わなきゃ」
「なんだよ。メイだってお祝いの前に、ブーケを要求してるだろ!」
「あは。そうだね」
「クロエ。これみんなで摘んできたんだ」
ジェイは、背中に隠していた、大きなフリージアの花束を差し出した。
「わあ。ジェイ・メイ ありがとう。 ん~。いい香り」
「二人ともありがとう」
アラン様が、私の肩を抱く。
「おい。アラン様、クロエを泣かせたら、俺が許さないからな!」
「もう。ジェイおめでとうございます。が先でしょ~。ルルやオリー、院のみんなで摘んだんだよ。クロエ、幸せになってね」
「ジェイは今度、鍛冶工房に入るんだろ?」
「ああ。アラン様より、腕のいい職人になるから見とけよ~」
「楽しみにしてるよ」
院のみんなも集まってきて、みんなで祝福の言葉をくれた。
✿ ✿ ✿
それから数年。ホルト養護院に隣接する、各工房の出身者たちは腕がいいと評判になり、職業を学ぶことが出来るアルチザン学院が創立された。
隣接する領地を持つフォルト伯爵家と、ファロム辺境伯爵家を中心に多くの貴族が支援を行い。
学院には、養護院以外からも、貴族や平民といった身分に関係なく、多くの生徒が通うようになった。
学院の創業者は、フラン子爵の若夫婦である。
~ 終わり ~
誤字脱字いつもありがとうございます。




