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可憐で苛烈な気になるあの子  作者: 葉時


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9/26

8月 夏の盛りを迎え、胸の奥では静かな想いが熱を帯びていました。

屋台の灯りに照らされた通りは、

いつもの町とはまるで別物だった。


浴衣の色、金魚の袋、団扇の音。

子どもたちの笑い声。

遠くから聞こえてくる太鼓。


——同じ道のはずなのに、風景がすっかり変わっている。


そんな中で。


見慣れたはずの、見慣れない姿をした“あの人”を見つけた。


浴衣姿の綾瀬。


淡い水色が、街灯に照らされるたび

ほのかに光って揺れる。


友達と楽しそうに歩いている。

声は届かない。

笑い顔も遠い。


だけど——

目が離せなかった。


声をかけたい。

でも、かけられない。


手を伸ばしたくなるのに、足は一歩も動かない。


それでも。


同じ祭りの空気の中で、

同じ色と同じ音を感じている。


ただそれだけで、

胸の奥がほんのり温かくなった。


それだけで、十分だと思えた。



------------------------



夕暮れの空が茜色から藍色へ変わりはじめるころ。

私たちは、屋台が立ち並ぶ通りを歩いていた。


友達が弾む声で話しかけてくる。

響く金魚すくいのBGM。

人の波。

ざわめき。

揚げ物の匂い。


——ほんま、夏祭りってええなぁ。


そう思いながら歩いていたその時。


ふいに、

背筋に少しだけくすぐったいような感覚が走った。


誰かに見られている。

ああ、これは……知っている視線や。


人混みの向こう。

提灯の隙間から——

私の方を、まっすぐ見ている人がいた。


大森くん。

……なおくん。


浴衣姿は初めて見せる。

彼は驚いたようにこちらを見つめていて。

その目が、なんだかくすぐったい。


——声、かけはるかな。


一瞬だけ、心が跳ねる。


けれど。


友達が話しかけてきたので、

私はそっと視線を外した。


なおくんが声をかけてくれたら嬉しい。

でも……

彼が迷ってる空気も、ちゃんと感じていた。


だから私は、

あえて、気づかないふり。


そのほうが、

“なおくんらしい”気がして。


胸の奥が、少しだけ温かくなった。


——見てくれてはる。

それだけで十分や。


嬉しいのに、言葉にはせん。

今はまだ、それでええ。



------------------------



花火の音が空気を震わせた瞬間。

私の世界はまた一度、静かに揺れた。


人混みの向こうで、

なおくんが立ち止まっているのが見えた。


花火が弾ける度、

彼の瞳が一瞬だけ光を宿して——

まるで、空じゃなくて私を見ているみたいやった。


胸がきゅうっと締めつけられる。


——なおくん。

そんな顔で見られたら、

うち……また好きになってまうやん。


ほんとはね。

気づいてたんよ。


なおくんが、

花火よりもうちの横顔を見てくれてたこと。


でも、この夜は言わんとこ。

言ったら、きっと照れて逃げはるし、

それが少しだけ惜しいから。


ただ。

花火の色に染まる彼を見つめながら、

そっと胸の内で呟いた。


——うち、あんたのこと……

 ずっと、前から……好きやねん。


夏の風がそっと吹いて、

その想いだけを夜空にのせた。



------------------------



——夜。


打ち上げ花火の会場で、

僕はまた彼女を見つけた。


人混みの向こう。

ふいに浮かび上がる、浴衣の白い襟足。


きっと、向こうは気づいていない。

僕の視線にも、僕の存在にも。


でも、いい。


空に咲く大輪の花に照らされる横顔が、

あまりにも美しくて。


花火の音が遠ざかるほど、

僕は彼女しか見えていなかった。


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