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可憐で苛烈な気になるあの子  作者: 葉時


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8/26

7月 後編 夏霞がゆらぎ、強い陽射しの下で影までも濃く映る季節となりました。

一学期の終業式が終わり、生徒たちは早々に学校から解放されていった。

校舎にはもうほとんど人影がなく、空気はどこか静まり返っている。


そんな中、直哉は昇降口へ向かう途中——

校舎の影で、ひとり電話をしている綾瀬の姿を見つけた。


ただ、その雰囲気はいつもの彼女ではなかった。


白い指先でスマホを握り締め、肩が微かに震えている。

電話越しの相手の声が、遠くからでもわかるほど強く、冷たく、低い。


「……ええ、分かってます。

 せやけど、うちの進路をそっちの都合で決めはるんは——」


一拍置かれたあと、綾瀬の眉がきつく寄った。


「……それは叔父様の責任やろ?」


直哉は思わず足を止める。


声は抑えているのに、背筋がざわつくほどの怒気が滲む。


電話口の相手が何かを言う。

綾瀬の目が、氷のように細くなった。


「……“父さんを支えられへん娘は要らん”?

  そないなこと、よう言えますなぁ…」


その瞬間、直哉は綾瀬の背後からでも分かるほどの怒気を感じた。


「家督の話にうちを巻き込まんといて。

 お父さんの足を引っ張るために、うちを道具に使うなんて……

 ——ほんま、許せまへん。」


その瞬間、ぷつり、と通話が切られる。


綾瀬はゆっくりスマホを下げ、目を閉じて息を整えた。

ほんの数秒——


次の瞬間。


「……っ、もう……ええ加減にせぇっ!!」


乾いた音が校舎裏に響き渡る。

拳が壁を叩きつけ、壁に小さく“ひび”が走った。


一瞬の静寂。


綾瀬は小さく深呼吸をし、何事もなかったかのように顔を上げた。


——そして、目が合ってしまった。


「あっ……えっ……あのっ……」

直哉は言葉にならない声で慌てふためく。


綾瀬はすっと歩み寄り、距離を詰める。

影が重なり、視界いっぱいに彼女の顔。


細めた目には光がなく、しかしどこか艶やかで——

白い肌と、深紅の唇がぞくりとするほど美しい。


「今の、どなたかに言いはったら…しばきますぇ?」


その声音は甘いのに、背筋が冷えるほどの迫力。


直哉が、つい漏らしてしまう。


「きれい……」


綾瀬の表情が、一瞬だけ固まる。


次の瞬間——

蠱惑的な笑みがすっと消え、冷え切った笑みへ変わる。


ひゅっ。


右ストレートが、きれいなフォームで直哉の頬に吸い込まれた。



------------------------



直哉が目を覚ますと、白い天井が見えた。


頬が痛む。

身体を起こして周囲を見渡すと——すぐ横に綾瀬がいた。


「……お目覚めですか?」


優しく微笑むその顔に、直哉は反射的にのけぞる。

綾瀬はすっと距離を詰め、耳元に唇を近づけた。


「さっきのこと……内緒ですえ?」


吐息が耳に触れて、直哉は真っ赤になる。


慌ててよろめいたところを、綾瀬が片手で支えた。


「朝比奈さんって……けっこう力持ちなんだね……?」


ふわりと微笑む。

だがその目は笑っていない。


「……大森君?

 それ、女の子に言うたらあかん言葉やで?」


こん、と小さく頭を叩かれ、今度こそベッドから落下する直哉。


床で悶える彼を見下ろしながら、綾瀬はゆっくり目を細めた。


「私かて……か弱い乙女ですのよ?

 せやから……武道を“少々”、ね。」


その声は、雨上がりの空のように澄んでいるのに——

壁に残った“ひび”だけが、今日の出来事のすべてを物語っていた。


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