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可憐で苛烈な気になるあの子  作者: 葉時


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7/26

7月 前編 夏の気配の中で、偶然はいつしか、日常のかたちを取り始めました。

大型商業施設の中にある、大きな書店。


休日の午後、直哉は小説を探しに来ていた。


その時——

階段の上で、ふと見慣れた後ろ姿を見つけた。


白いブラウス。

黒いロングスカート。

すっと伸びた背筋。


どこからどう見ても——

朝比奈さんだ。


(まさかこんな所で……

 休みの日にまで会えて……ラッキー……!)


気づけば足が勝手に後を追っていた。


(朝比奈さんって……どんな本読むんだろ……?)


綾瀬が向かったのは文学コーナー。


(古典……?あ、現代小説も……

 えっ、ミステリーも読むの……?)


彼女は棚から数冊手に取り、

ページをパラパラとめくっては戻し、

また別の棚へと滑るように移動していく。


その指先の動きがあまりに上品で、

直哉は本棚ひとつ分の距離を空けて

思わず息をひそめながら観察していた。


(……なんか何をしていても絵になるな……

 ていうか、読むジャンル広すぎる……)


しかし——本屋の迷路構造が裏目に出た。


ひとつ棚を曲がった瞬間——


綾瀬の姿が消えた。


(あれ!? ど、どこ行った!?)


右へ、左へ、棚の隙間を覗き込み、

少し小走りで文庫棚の裏側へ回り込む。


いない。


(ま、まさか帰っ……)


ぎくりと足が止まった、その瞬間。


背後から、ふわりと落ちる声。


「——こんにちは、大森君。奇遇ですね。」


「ヒッ!?」


反射で跳ね上がる直哉。


振り向くと、胸元に文庫本を抱えた綾瀬が、

涼やかな瞳でこちらを見つめていた。


その口元には、控えめに浮かぶ微笑。


「そんなに驚かれなくても……

 私に何か御用があったのですか?」


「え!? ち、違っ……えっ……!!?」


顔が爆発しそうなほど赤くなる。


綾瀬は小首をかしげ、ほんのり楽しそうに目を細めた。


「ふふ。大森君、私服でもすぐ分かりましたから……

 気づいた時には、ちょっと後ろにおられたので。」


(し、しんだ……!

 僕は今……社会的に……死んだ……!!)


だが綾瀬は続ける。


「でも……私がどんな本を読むか、気になってくださったんですよね?」


その声音はあくまで丁寧で、距離感は上品なのに——

どこか親しみが滲む。


「……それなら、声をかけてくださればよかったのに。」


「へ? あ、え……えっ?」


綾瀬は抱えていた文庫本を少し持ち上げ、表紙を見せた。


「これ、好きなんです。大森君も……よろしければ。」


さりげない仕草なのに、指先まで綺麗で、胸が跳ねる。


その微笑みに見入ってしまいながらも、

“やっちまった感”に胃が痛む直哉だった。


綾瀬は文庫本を胸の前に抱えたまま、

ほんのり柔らかい笑みを浮かべた。


「……ところで、大森君はどんな本を読まれるんですか?」


「えっ? あ、えっと……!」


突然の“距離詰め”に直哉の脳がフリーズする。


綾瀬は一歩だけ近づいて、目線をすっと合わせてきた。


「もしよろしければ……

 大森君のおすすめも、教えていただけませんか?」


(うわ……めっちゃ距離近い……!なんでこんな近いの!?)


直哉は慌てて棚の方を指さす。


「あ、あの……その……これとか……面白かった、かな……」


どこか頼りない声で本を差し出すと、

綾瀬は丁寧に受け取り、表紙を撫でてから——


パラ……と、ページをめくった。


ふわっと香るインクの匂い。

そして、沈黙。


直哉は耐えられなかった。


(だ、だめだ……この沈黙耐えられない……

 落ち着かない……)


ページをめくる綾瀬の指先が綺麗すぎて、

それを見ている自分が恥ずかしすぎて、

心臓が爆発しそうだった。


耐え切れなくなって——


「あ、あのっ!じゃ、じゃあ僕、これでっ……!」


声が裏返り、直哉はほぼ逃げるように一歩下がった。


綾瀬が顔を上げる。


「——あら。もうお帰りになられるんですか?」


(ひぃぃぃぃぃ!!)


「い、いや、そのっ……!用事、あったの思い出して……!」


「ふふ……そうですか。では、また学校でお会いしましょうね?」


微笑みながら僅かに首を傾げた綾瀬が綺麗で、直哉の心臓を撃ち抜く。


「は、はいっ!!」


直哉は逃げるように背を向け、

本屋の出口に向かって早足で去っていった。


背中へ向けて——

綾瀬はそっと息をついて、微笑む。


(……見つけてはったん、かわいかったな……

 気づかへんふりして見るの、楽しかった……好きやわ)


いつもの京都弁は、ひとりごとの中だけで小さく弾んだ。



------------------------



その日の夜。


着替えて髪を解き、部屋の柔らかい灯をつける。


ショッピング袋から、

大森君が薦めてくれた文庫本を取り出す。


(……どんな気持ちで、この本を薦めてくれたんやろ)


読み進めていくうちに、綾瀬の表情がふっと和らぐ。


(あ……これ、好きかも)


読み心地が軽くて、でも言葉が素直に胸に入ってくる。


(大森君……こんなん読むんや……

 なんか……優しいなぁ……)


気づけば頬が少し熱くて、自分でも笑ってしまう。


(“もしよかったら”って言うてくれはった時……

 ちょっと照れてはったな)


ページをめくる手が止まらない。


そして……ふと息を飲む。


(……これ……もしかして……

 うちに“こういう気持ち”に気付いてほしくて薦めたんやろか……)


胸がきゅっとして、布団の上でごろんと転がる。


(……なおくん……反則やわ……)


知らず知らず微笑んでしまいながら、

綾瀬はそのまま寝る直前まで

大森君の“おすすめ”の世界に浸っていた。



------------------------



「うわあああやだあああああ最悪だあああああ!」


帰宅後。


書店での出来事が脳内で再生された。


(……僕……ただの……

 ストーカーじゃん……!?)


頭を抱えてへたり込む。


(しかも……“気になってくださったんですよね?”とか

 ……めっちゃ気使ってくれてたし……

 死ぬ……!!!!!)


顔から火が出そう。


(でも……怒ってはなかった……よな?

 わざわざお勧め聞いてきてくれたし……)


そこで急に思い出す。


『大森君のおすすめも、教えていただけませんか?』


(あああああああああ!!!!

 だめだ!!!思い出すな僕!!!)


布団に突っ伏し、足をバタつかせ続ける。


(……でも……読んでくれたら嬉しいな……

 どう思ってくれたんだろ……)


胸がぎゅっとなる。


直哉はそのまま、

布団の中で悶絶しながら登校の時間を迎えるのであった。



------------------------



始業式の数日後。

休み時間。


教室の扉が静かに開き、綾瀬がすっと入ってきた。



ざわつきの中、綾瀬はまっすぐ直哉へ歩いてくる。


(え……えっ……なんでこっち……!)


机の横に立ち、ふわりと微笑む。


「大森君。」


「ひっ……は、はいっ!?」


「この前、教えてくださった本……

 とても面白かったですよ?」


「————ッ!?!?!?」


綾瀬の言葉と同時に先日のやらなしを思い出し、思考が止まった。


綾瀬は、胸元でそっと手を組みながら続ける。


「文章が優しくて……

 人の気持ちが丁寧に描かれていて……

 うち、すごく好きでした。」


(やばいやばいやばいやばい)


「……あの。」

綾瀬はすこしだけ視線を落とし、照れたように続けた。


「大森君が……

 どんな本が好きか……もっと知りたいです。」


「えっ…………?」


「よろしければ、また……

 おすすめ、教えていただけませんか?」


(な…何で僕の好きな本を知りたいんだ…!?)


理由がわからず混乱するが、

緊張で顔面真っ赤になりながら固まる直哉を見て、

綾瀬は小さく微笑んだ。


「ふふ……楽しみにしてますね。」


そのまま教室を去る綾瀬。


残された直哉は、しばらく魂が抜けたままだった。


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