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可憐で苛烈な気になるあの子  作者: 葉時


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5月 後編 夏を思わせる陽ざしに、早くも日陰が恋しいようです

朝起きて一番に確認したのは、昨日のことが夢じゃなかったか、ということだった。


――抱きかかえられた腕の感触。

――耳元で震えていた声。

――「ほんに……よかった……」としがみつかれた温度。


昨日の出来事を思い出した瞬間から、何度も頭の中でリピートしていた。


(……顔、合わせられるのか、僕……)


家を出てからずっと胸の奥がざわざわしている。

綾瀬の怪我は大丈夫だっただろうか。

手当てをしたけれど、擦りむいた傷は痛いはずだ。


(……聞きたい。けど、聞く資格なんて……僕には……)


言葉にできない思いを抱えたまま、校門をくぐった。




朝のHR前。

いつも通りのざわめきと日常。


なのに、胸がやけに苦しい。


ちらり、と前方を見る。

綾瀬が友達と話していた。


笑顔。

昨日と変わらない、美しい横顔。


(……ほんとに大丈夫なのかな……

 痛かったりしないのかな……)


「……っ」


直哉は首を振った。

聞けばいいだけなのに。

それだけなのに、どうしてこんなに怖いのか。


(僕なんかが心配していいのか、って思ってしまうんだ……)


彼女はこちらに気づいていない。

こちらを見ない。


――でも、それは“見ていないふり”だった。


(なおくん……今日もよう見てくる……

 その目、ほんま弱い……かわい……あかん、落ち着け自分)


綾瀬はノートに視線を落とし、

胸の奥の熱を必死で誤魔化していた。




昼休み、昼食の匂いと雑談の声で賑わう教室。

直哉は弁当を広げて友達と話しているはずだった。

だが、意識の半分は別の場所にあった。


(……聞きたい。聞けない。聞きたい。聞けない……)


箸が止まる。

ご飯をこぼす。

挙動不審すぎる。


そのとき――


「あ、朝比奈さーん、後でプリント渡すね!」


教室の斜め前。

綾瀬が軽く会釈していた。


その動作だけで、直哉の胸が跳ねる。


(……あんな華奢な手で、僕を引き上げてくれたんだ……

 痛くないのかな……血、止まったかな……)


彼女は笑っていた。

傷の話なんて一切出さず、何事もなかったかのように。


(聞けない……聞いたら“意識してる”ってばれちゃう……)


綾瀬は横目でちらっと直哉を見て、


(なおくん……聞きたくて聞けん顔やな……

 かわいい……ほんま、かわいい……)


心の中で悶えていた。




帰り支度をして下駄箱につくと、

そこには綾瀬がいた。


直哉は止まる。

どうしよう。

今しかないのに。


(大丈夫……?って、言うだけで……)


足がすくむ。


綾瀬がゆっくり振り返った。


「……あ。大森くん、こんばんは」


いつもの柔らかな声。

でも、どこか“待っていた”ような気配。


直哉は息をのみ――


「あ、あの……傷……大、丈夫?」


言えた。

言ってしまった。


綾瀬は一瞬だけ目を見開き、


(なおくん……気づいてくれたん……?

 うちのこと、そんな……)


胸にぽっと温かいものが灯る。


「……大丈夫。昨日、手当てしてもらいましたし。

 私、結構強いですよ?」


にこり。

微笑む。


直哉は真っ赤になる。


「そ、そっか……よかった……」


「心配してくれて、ありがとうございます」


え。

直哉が固まる。


(……あかん……そんな顔せんといて……

 好きになってまうやん……もう好きやけど……)


綾瀬は、ほんの少しだけ距離を詰めて、


「では、また明日。大森くん」


残り香だけ残して去っていった。


直哉はしばらく動けず、

胸の奥がじんわりと熱くなるのをただ噛みしめた。


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