3月 前編 三月の日差しは和らぐも、僕はまだ春になれないでいる。
春の気配が少しずつ近づく三月。
校舎の空気は、どこか落ち着かないまま新学期を待っていた。
三学期の期末テストが返ってきた日。
直哉は、自分の成績表を見つめて、ほんの少しだけ目を見開いた。
(……上がってる)
劇的、というほどではない。
順位が一気に跳ねたわけでもないし、偏差値だって誤差の範囲だ。
それでも、確かに前回より数字は良かった。
「お、直哉。今回ちょっと良くね?」
隣の席のクラスメイトが、軽い調子で覗き込んでくる。
「たまたまだよ。今回、自身がある問題が出ただけ」
自分でも、そう思う。
東大という目標を決めてから、まだ日が浅い。
勉強量だって、正直“本気”と呼ぶには足りていない。
(……まだ、全然だ)
答案を閉じながら、直哉は心の中でそう呟く。
この程度で満足できるほど、甘くはない。
放課後。
勉強を見てくれた綾瀬に答案を見せた。
「……少し、上がりましたね」
微笑んだ彼女の声はいつも通り、やわらかい。
「うん。でも、まだ全然足りない。」
「ええ。そう、ですね」
否定も、過剰な励ましもしない。
ただ、綾瀬は少しだけ目を細めた。
「でも――何も変わっていないわけでは、ありませんよ」
その一言が、胸の奥に残った。
(……まだ道のりは長い。
でも、ゼロじゃない)
春は、もうすぐそこまで来ている。
けれど、スタートラインに立つには、まだ少し足りない。
直哉は、そう思いながら答案を鞄にしまった。




