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可憐で苛烈な気になるあの子  作者: 葉時


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24/26

2月 後編 冬の静けさの中で、寄り添う距離が更に近くなっていきました。

静かなページをめくる音の中、

直哉は問題集とにらめっこしていた。


(……分からん……全然分からん……)


眉をひそめていると――


「なおくん、ここにいたんですね」


ふわり、と影が差す。


顔を上げた瞬間、

綾瀬の顔が近い。


「えっ、ち、近っ……!」


「え?こんくらい気にせんといてな、なおくん」


そう言いながら――

さらに半歩近づく。


距離が縮まりすぎて、

綾瀬の長い睫毛の影まで見える。


直哉の心臓が、どくん、と跳ねた。


(え、え、え……!?)


「さっきから悩んではるけど……見ましょか?」


(声が……息が……近い……!)


綾瀬は直哉の横に腰を下ろし、

問題集を覗き込む。


その動きが自然すぎて、

肩と髪が触れた。


「ひっ……!」


「どないしたん?なおくん」

すごくにっこりしている。

確信犯だとわかっていても、直哉は落ち着かない。


「い、いや……近くて……じゃなくて、その……」


綾瀬、首を傾げて微笑む。


「だめ……ですか?」


(“だめですか”の破壊力……!)


耳の奥が熱くなる直哉。

体が硬直して動けない。


その横で綾瀬は問題を指で示す。


「ここ、こうしたら解けはりますよ。

あ、字が見えへん?……もっと近づきます?」


(今でも十分近いです!!!)


「ち、ちかづかなくて大丈夫です!!」


「ふふ……なおくん、かわいい」


直哉は耳まで真っ赤。


とても勉強どころではない。



---------------



それからしばらくして、

綾瀬は直哉と同じ机でノートを広げ、

二人の文字を書く音が響いていた。


そんな中、直哉はふと疑問が浮かんだ。


「綾瀬さんって……その、めっちゃ頭いいのに。

 なんでこの高校入ったんですか?」


ふと疑問に思い、何気なく聞いただけのつもりだった。


……が。


綾瀬の手がぴたりと止まる。


顔を上げた綾瀬は、

ほんの少しだけ意地悪そうに微笑んだ。


「……何やなおくん。

 うちがここ居るん、嫌なん?」


「えっ!? 違っ……!違うよ!??」


「ふふ、冗談ですよ。そんな慌てんでも。」


そう言って、再びペンを走らせる。


……が。


ページの端をなぞるような仕草のあと、

綾瀬は視線をノートから外し、静かに言った。


「……ほんまはね。」


「なおくんが入るって聞いたからや。」


「…………え?」


彼女は淡々と、

けれどどこか照れるように続けた。


「前に話したやろ?

 子猫追いかけてたら、親猫に怒られて……

 逃げ回っとった時に助けてくれた男の子の話。」


(……うん、覚えてる……)


「……あれ、なおくんやで。」


「——————ッ!?」


脳がフリーズした。


綾瀬はくすりと笑う。


「せやから、小さいころからずっと好きで……

 追いかけて、この学校に入ったんです。」


「た……たったそれだけのことで……?」


思わずこぼれた直哉の言葉に、

綾瀬は一瞬だけきょとんとして――


それから、はにかむように笑った。


「ええ。“たったそれだけのことで”好きになったんよ。」


その笑顔は、理由を探すのが馬鹿らしくなるほど眩しかった。


「……ふふ。

 うち、中学ん時、先生にも親にも反対されたんですよ。

 『もっと上位校に行け』って。」


「えっ……」


「でも、決めてたんです。

 なおくんと同じ学校に行くって。」


直哉は、言葉を失った。


(……それを、“たったそれだけ”って……

 僕は、どれだけ軽く考えてたんだ……)


綾瀬は、そんな直哉の表情を見て、

少しだけ楽しそうに目を細める。


「……なんやなおくん。

 今度は“えっ”も言わなくなったやん?」


イタズラっぽくそう言って、

真っ直ぐに、その瞳で見つめてきた。




(僕の為に高校のレベルを…)

再び勉強に戻った直哉は先ほどの綾瀬の言葉を反芻していた。

直哉は意を決した様に綾瀬に向き直り問う。


「綾瀬さんって……大学、どこを受けるかもう決めてるんですか?」


綾瀬はシャーペンをくるりと回し、あっさり答える。


「うちは……なおくんが行くところを受けますよ。」


「へっ……!? い、いやいやいや!

 それでまたご両親と揉めたりしたら申し訳ないし……!」


慌てて手を振る直哉。

すると綾瀬は、少しだけ頬を膨らませて——


「……なおくん。うちと同じ大学いくの、嫌なん?」


「ち、違います!! そうじゃなくて……

 その……今度は、僕が綾瀬さんのレベルに追いつきます!」


その言葉に、綾瀬のまつげが一瞬だけ震える。

目の奥が、嬉しさでふわっと緩んでいく。


「……ほんまに? なおくん……うちと同じとこ、目指してくれはるの?」


「はいっ! できるかどうかは……わかりませんけど……

 でも、やります! 今度は僕が綾瀬さんの為に頑張りたいので!」


綾瀬はそこで、わざと無表情に戻り、さらりと言った。


「そしたらなおくん……うちと一緒に——

 東大の文科二類、受けてくれはる?」


「………………………………え?」


世界が一瞬止まった。

手元のシャーペンを落とし、音が図書室に響く。


「と、とっっっ東大!?!?!?」


綾瀬は、にこぉ〜っと満開の笑顔。


「うん♡ なおくんなら、できるやろ?」


「いやいやいやいやいや!!! 無、無理無理無理無理!!!!!」


「なおくん、うちの為に頑張ってくれる言うたやろ?」


くい、と袖を引かれる。


直哉の理性が焼かれる。


「~~~~っ……!

 ……わ、わかりました!! “追いつく”って宣言したので……やります……!!」

半ばヤケクソ気味に叫ぶ直哉。


「えへへ……♡ うち、なおくんと同じ大学行けるん、楽しみやわぁ。」


対して綾瀬の声は甘く、子供のような素の笑顔で喜んでいた。



---------------



ふたりは勉強を終え校門を出て、

ゆっくりと夕方の通学路を歩いていた。


和やかに話ていたが、分岐点に差しかかり、

「じゃあ、また明日」と軽く手を振って別れる。


直哉の背中が見えなくなってから——

綾瀬はふぅっと息を吐く。


(……言うてもうた……

 ほんま、なおくんの前やと歯止めきかへん……)


頬がじわっと熱くなる。


眉をきゅっと寄せながら、

瞳を伏せて呟いた。


「……はず……」


声は小さく、自分にも聞こえるかどうかの音量。


でも、胸の奥は温かかった。


(……しかもなおくん、うちの為に勉強頑張るって……

 ほんに嬉しいわ……精一杯サポートしたろ!)


恥ずかしさと嬉しさが胸の中でぐるぐる回る。


綾瀬は両手で頬を軽く押さえ、

冬の空気の中をとことこと歩き出した。


その歩き方は、

どこか浮き立つようで——

まるで恋を自覚したばかりの少女そのものだった。


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