11月 後編 寒い外とは裏腹に、教室には熱が満ちていました。
「……おい、お前聞いたか?」
「朝比奈さん、数日休んでの、なんか“事件”だったとか……」
教室の空気は、半分噂、半分恐怖。
そのざわつきを切り裂くように、
扉ががらり、と開く。
そこに綾瀬が入室してくる。
いつものように、清楚で可憐。
ただし、今日は違う。
めっちゃ上機嫌。
笑顔がふわふわしてて、目がとろんとしてる。
どう見ても“恋をした女の子の顔”。
教室がしん……と静まり返る。
絶対に事件に巻き込まれた人間がする顔ではない。
「皆さん、おはようございます♡」
「…………かわ……」
男子が全員撃沈し、
「えっ……綾瀬さん……今日なんか……輝いてない?」
「いや、今日っていうか……沼に落ちた乙女の顔なんだけど……?」
女子は綾瀬の雰囲気に困惑する。
がらり、と扉が再度開く。
入ってきたのは——
目の下にクマ、顔色は灰色、魂は半分抜けてる直哉。
完全に“なおくん”呼びのダメージが抜けきってない死体。
「……えっ、大森……なんか……死んでね?」
「いやこれ……なんかあったやつやん……?」
「おはようございます、なおくん♡」
にっこにこの綾瀬に、
「……(声にならない)」
げっそりしている直哉
「……なおくん!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
一瞬の間ののち、クラス全員の声がハモる
(やめてぇぇぇぇーーーーーー!!!)
「なおくん、席までご一緒しましょ?♡」
「……(終わった……僕の学校生活……終わった……)」
「なおくん!?!?(二度目)」
今日も元気なクラスです。
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その後、クラスはずっとざわざわしていた。
誰も綾瀬に話しかけられない。
理由は簡単。
綾瀬の周りだけ、空気が甘すぎて重力が違う。
ある者は顔が赤くなって戦闘不能になり、
ある者は甘さで胸焼けし、
ある者は胃もたれをし、誰もが近づけず
自然と半径1.5mの“恋の結界”が形成されていた。
——そして、昼休み。
直哉は机に突っ伏し、顔を腕に埋めていた。
(……帰りたい……
なおくん呼び……聞かれた……もう無理……)
周りの生徒は遠巻きに観察している。
「なぁ、これどうなってんだよ……」
「綾瀬さん、なんか“大森限定の笑顔”してなかった?」
「しかも“なおくん”って……」
「いやいやいやいやいや……
大森くん、何者なん!?」
「事件関係って言ってたけど……
まさか、命の恩人とか!?」
「ドラマかよ!!!!」
しかし誰も綾瀬に近づけない。
“甘さの壁”が濃すぎて足がすくむ。
が——
綾瀬は、そんな空気をまったく気にしていなかった。
立ち上がる。
スカートがふわりと揺れる。
そのまま、直哉の後ろ姿に向かって歩く。
結界が、彼女の後ろに尾を引くように甘く広がる。
ざわ……!
クラス全員が固まる。
綾瀬は直哉の机に手をつき、
すっと上体を傾けて覗き込んだ。
距離、15センチ。
視界いっぱいに綾瀬の可憐な顔。
「なおくん。
お昼……一緒にどうです?♡」
「…………っっ!?」
心臓が限界で 呼吸困難になる直哉
甘さの圧が教室を揺らす。
「いやいやいやいやいやいや!!!」
限界に達した女子がひとり、
机をバンッ!と叩き、立ち上がった。
「どゆこと!!??!?!
綾瀬さん!!!!
ちょっと説明して!?!?!?
なおくんって何!?!?!?
大森くんとなにがあったの!?!?」
「「「そうだあああああああああ!!!!!」」」
またもクラス全員の声がハモる。
「あら……そんなに気になります?」
クラス全員の視線を受けてなお、綾瀬は涼しい顔をしている。
女子たち
「気になるに決まってるでしょーーー!!」
綾瀬は優雅に髪を耳にかけ、
直哉をうっとり見下ろしてから全員に向き直り微笑む。
「ふふっ……“なおくん”とのことは、
ヒ・ミ・ツですわ♡」
そう、頬を染めて言う綾瀬に、これ以上追求できる者はいなかった。




