11月 中編 深まる季節、守りたい想いが輪郭を帯びていきました。
翌、日曜日。
大森直哉は緊張で死にそうな心持ちのまま、朝比奈家の大広間へ通された。
深々と頭を下げる忠親。
綾瀬は淡い色の着物をまとい、静かに控えている。
そして——
「このたびは……娘を助けてもろうて、本当におおきに。
怪我まで負わせてしもうて……すまなんだ、大森君。」
「い、いえ!僕はただ……綾瀬さんを……」
言葉に詰まる直哉の横で、綾瀬はそっと立ち上がった。
その横顔はどこか決意を帯びている。
そして——
父の横に正座しながら、しずしずと口を開いた。
「お父様。——私、この方と添い遂げますわ。」
応接間が一瞬で静まり返る。
「……は?」
忠親の顔がゆっくりと綾瀬へ向く。
綾瀬はにこりと微笑み、はっきりと言い切った。
「この方と添い遂げますの。」
「そんな——何の特徴もないモブ男との結婚は許さん!」
「えええええ!?!?」
父として言うべきを言った忠親と、衝撃発言にただただ困惑する直哉
しかし忠親の声が響くより早く、綾瀬はすっと立ち上がり、
左手で忠親の胸倉をつかみ上げた。
着物姿のまま、静かに、しかし鬼気迫る目で。
「……お父様。そないな事、おっしゃらんといて?」
誰一人として、今までに綾瀬のこんな低い声は聞いたことがなかった。
右の拳をゆっくりと振り上げる。
忠親の目がカッと見開く。
「ま、待ちなはれ綾瀬!?話せば分か……っ!」
「分からんから、こうして言うてますのえ?」
「ちょ、ちょっと綾瀬さん!?!?添い遂げるってどういうことですか……!?」
綾瀬はくるりと直哉の方へ向き直り、柔らかい笑みを浮かべる。
「結婚するってことですわ。」
「そ……それは分かるけど!?どうして僕なんかと……!」
綾瀬はほんのり頬を染め、うつむき気味に言った。
「……うち、大森君のあの啖呵、忘れられへんの。
胸が、ぎゅって……熱うなりましたんえ。」
「!!??」
「それに……大森はん、もうちのこと……好いとりますやろ?」
そう言ってはにかむ綾瀬。
上品さと破壊力が同居した最強の微笑。
直哉の心臓は止まりかける。
だがその視界の端では——
綾瀬がまだ片手で忠親を持ち上げており、
忠親は情けない声で「ちょ、ちょい待ちなはれ……」と震えている。
(……逃げたい。絶対に逃げたい。
この感覚、絶対に間違ってない……!)
「ほら大森はん。うちと添い遂げてくれはりますやろ……?」
その笑みがあまりにも美しくて、直哉は逃げ出すこともできなかった。
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「そういえば大森はん…………
うちのこと、いつから“綾瀬さん”って呼んではるん?」
「え、えっ!? そ、それは…………ほら、その…………
ここ、朝比奈さん家で、みんな朝比奈さんだから……」
「へぇ…………ほんならずっと“綾瀬”、でええやんねぇ?」
「いやその…………恥ずかしいので学校ではちょっと…………」
綾瀬は、にこっ。
だけど目がぎゅっと細まって、小悪魔の光。
「ふふ…………うちの名前呼んで照れるなんて、かわええわぁ。」
「か、可愛いって言わなくていいからぁ…………!」
綾瀬はさらに直哉へ身を寄せ、膝をつん、とつつく。
「…………なぁ、大森はん。
うちの名前、もっと呼んでええんよ?」
「な、なんで…………?」
「だって…………名前で呼ばれんの、うち…………好きやもん。」
にこぉ。
直哉の魂が抜けかける。
綾瀬はそこで、わざと“ふっ”と表情を変える。
指先で自分の髪をくるりと弄びながら——
一段階、距離を詰める。
「せやし…………」
「…………?」
綾瀬は、直哉の目をまっすぐ覗きこんで言う。
「ほんならうちも——
なおくんって呼ばせてもらいますわ。
ねぇ? な・お・く・ん?」
「!?!?!?!?!?!?」
「…………(背後で変な声出そうになるのを必死に堪える忠親)」
綾瀬は嬉しそうに笑いながら、
直哉の反応をじっくり堪能している。
「なおくん、って呼んだら…………なんや、うちの心ん中ぽかぁっと温うなるんよ。」
「ちょ…………ちょっと待って…………なんなんその“なおくん”って…………
心臓もたないって…………!」
「うちの心臓も高鳴るんよ?
…………なおくんが、名前呼んでくれるたびに。」
にこっ、と幸せそうな笑顔。
(し、死ぬ…………完全に死ぬ…………
逃げたい…………でも目が離せない…………)
「ほら、なおくん。
今度はなおくんが“綾瀬”呼んでくれへん?」
「………………………………綾、瀬…………さん…………」
「………………………………っ…………♡」
直哉も綾瀬も顔が真っ赤になったままお見合いをし、
忠親が背後で椅子ごとゆっくり倒れた。




