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可憐で苛烈な気になるあの子  作者: 葉時


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13/26

10月 前編 秋気さやけく、旅立ちの季節がやってきました。

ホームルームはざわざわと落ち着かない。

今日は待ちに待った——修学旅行の班決め。


友達同士が集まり始める中、

直哉はいつもの男子2人・山崎と西田と自然に固まった。


(……なおくんは、山崎君と西田君ね。ふむふむ)


綾瀬は教室全体の流れを、静かに見渡す。

次に、自分が誰と組むかをすっと決めた。


あぶれて心細そうにしていた女子のところへ微笑んで歩く。


「ねぇ、藤井さん。もしよかったら、私と組みませんか?」


「えっ……!?

 わ、私でいいんですか……!う、嬉しいです……!」


藤井の目がぱっと明るくなる。


(よし……ひとり確保。あとは——)


綾瀬が向かったのは、女子側の班とマッチングしていない男子グループ。


もちろん、直哉の班。


「山崎君、西田君、大森君。私たちと同じ班になりませんか?」


教室がぐわっとざわめく。


男子全員が

(朝比奈さんと同じ班になりたかった…)

と密かに狙っていたからだ。


案の定、山崎と西田が高速で食いつく。


「ぜぜぜぜひとも!!」

「わ、我々なんぞと班を組んでくださるんですか!? 行幸!!」


もう土下座しそうな勢いである。


綾瀬はくすっと上品に笑って——

最後に視線を直哉へ向ける。


「大森君は……どうかしら?」


「えっ、あ、はいっ!! よ、よろしくお願いします!!」


即答。

反射である。


こうして班は決まった。


【3班】

大森

山崎

西田

朝比

藤井



「おう、大森、朝比奈さんと同じ班とかいいなー!」

「うらやましすぎんだろ!!」


男子組がうるさい。


「いやいやいやいや!たまたまだから!!」

と直哉が慌てて否定していると


用紙を提出してきた綾瀬が、ふわりと近づいてきた。


「大森君。これからよろしくお願いしますね。」


完璧な微笑み。


ただし、その瞳の奥には“欲しいものを手に入れた満足感”が宿っていた。


直哉はまだ気づかない。


(……あれ?

 朝比奈さんって、こんなに距離近かったっけ……?)


——まだこの時点では

「たまたま同じ班になっただけ」

だと信じている。



------------------------



「リーダーは朝比奈さんが適任かと!」


「異議なし!」


「わ、私も……朝比奈さんがいいと思います……」


「ぼ、僕もです!」


班のリーダー決めは自然と全会一致となった。


綾瀬は控えめに微笑み、静かに言う。


「では……僭越ながら。

 京都は……私、少しだけ土地勘がありますので。

 自由行動の候補スポットも、後ほどまとめておきますね。

 みんなで楽しく回れるように。」


——そして提出されたリストには。


・清水寺(人の少ない裏道ルート)


・花見小路の喫茶店(カップルに人気)


・伏見稲荷・山頂(夕方は非常にロマンチック)


・哲学の道(静かで“デート向き”)


「班全体のため」という名目で、

しれっと“二人きりになりやすい場所”が混ざっている。


もちろん誰も気づかない。


綾瀬だけひっそり満足げな微笑みが浮かべていた。



------------------------



出発の朝。

バスの前で班がわいわいと席を決めていた。


「え、えっと……わ、私、酔いやすいので……窓側が……」


藤井がおずおずと名乗り出る。


「わかりました。では、私は通路側に座りますね。」


綾瀬が自然にフォローし、席順はすんなり決まった。


(通路側)大森・山崎(窓側)

(通路側)朝比奈・藤井(窓側)

(通路側)西田・別班男子(窓側)


極めて健全、誰も不審に思わない配置。


——だが。


走り出してしばらくした頃。

バスがゆらりと揺れ、藤井が心配そうに声をかける。


「朝比奈さん……大丈夫ですか? なんか、お顔が……」


綾瀬は胸元でハンカチを押さえ、少しだけ眉を寄せてみせる。


「……ごめんなさい。少し酔ってしまったみたいで……

 山崎君のお席、窓側……代わっていただいてもよろしいでしょうか……?」


声は弱く、息は浅く。

だが仕草は崩れず、丁寧で上品。


本当に酔っているようにしか見えない。


瞬間、男子陣が騒ぎ出す。


「えっ、朝比奈さん酔ってる!?」

「山崎!!早く席変われ!!」

「窓側!!窓側を空けるのだ!!」


山崎は慌てて立ち上がり、背筋を伸ばして叫ぶ。


「ど、どうぞ!! どうぞ!!ぼ、僕は通路側で大丈夫なんで!!」


その結果——

自然の流れで席が入れ替わる。


(通路側)大森・朝比奈(窓側)

(通路側)山崎・藤井(窓側)

(通路側)西田・別班男子(窓側)


具合が悪いという綾瀬に直哉は心配して声をかける。


「えっ!? え!? 朝比奈さん!?

 ほ、本当に大丈夫なんですか!?」


綾瀬は弱々しい笑みを浮かべ、

わずかに肩を寄せながら言う。


「……大森君。急に隣をお邪魔して……ごめんなさいね。」


——反則。


この破壊力は反則。


直哉は真っ赤になったまま、


「い、いえっ!! ぜんぜんっ!!全然問題ないですっ!!」


と噛み気味で叫ぶしかない。


だが、窓の外へ向いた綾瀬の横顔には——

ほんの一瞬だけ “満足そうな光” が宿っていた。


(……これでなおくんの隣。

 素敵な時間が、始まりますわ。)


もちろん直哉は気づかない。


彼はただ、隣に座った美しい少女の存在に心臓を焼かれているだけだった。



------------------------



京都市内の自由行動。

綾瀬は地図も持たずに先頭を歩く。


「では、ここを右に……あら?」


はぐれる気満々のルート選択である。


そして数分後——

案の定、藤井と男子2名の姿が消えた。


「え!朝比奈さん、道間違えたんじゃ……!」


「えっ、どうしよう……!」


直哉が慌てる中、綾瀬は……なぜかあまり慌てていない。


いや、むしろちょっと嬉しそう。


完全に計画通りの顔である。


(なおくんと二人きり……

 想定より早かったけど……まぁ、ええわ)


直哉は頭を抱えつつも、


「と、とにかく連絡しなきゃ!

 落ち着いて一旦合流地点決めよう!」


とマニュアル通りに真面目提案する。


そんな直哉を横目に、綾瀬は内心でうっすら微笑む。


(ほんま真面目やなぁ……すき)


十分ほど右往左往し、

ほどよく“疑似デート”を楽しんだ頃、


やっと連絡がつき、無事に合流できた。


合流地点で、綾瀬は深々と頭を下げる。


「……土地勘があるなどと大口を叩いておきながら、

 このような不始末……申し訳ありません、班長失格ですわ。」


すると——


「いやいや!あれはこっちが遅れたからで!」

「朝比奈さんのせいじゃないです!」

「むしろ色々案内してくれて助かったよ!」


と班全員から手厚いフォロー。


綾瀬は目元だけ柔らかく笑った。


(……なおくんと二人になる計画は成功したし……

 失格なんて思ってへんけどな)


もちろん直哉は、何も知らない。



------------------------



旅館に戻って夕食を取った後、大浴場で汗を流した直哉は、

タオルを首にかけ、部屋に戻るべく廊下を歩いていた。


夜の旅館は静かで、遠くから聞こえる修学旅行生の笑い声さえ、

どこか遠くのことのように聞こえる。


(はぁ……気持ちよかった……

 あとは部屋戻ってゆっくり——)


そう思って角を曲がった、その瞬間。


——ふわり。


石鹸のやわらかい香り。

湯上がりのあたたかい空気。

そして——


ピンクの浴衣姿の綾瀬が、廊下の先を歩いていた。


髪は半乾きで、ぽた、と肩に落ちる水滴。

いつもの上品さとは違う、

少し柔らかくて無防備な雰囲気。


「あ……っっっ!!??」


心臓が一瞬で限界突破した。


直哉の声に、綾瀬が振り向く。

ほんの一瞬だけ目を大きく開き、次の瞬間には、いつもの上品な微笑。


「こんばんは、大森君。

 ……お風呂、上がられたところですか?」


「は、はいっ!!あのっ、えっと!!」


綾瀬は視線を少し落とし、

浴衣の袖をぎゅっと摘まんだ。


(——予想外やったけど……

 なおくん、浴衣……よう似合ってはる……)


心の中でだけ呟きながら、ほんの少し距離を縮める。


「……湯冷めしないようにしてくださいね。」


旅館の静けさの中で、その声だけが妙に柔らかく響いた。


「は、はい……っ」


二人の間に、湯気の余韻のような沈黙が落ちる。


綾瀬は廊下の先を指さした。


「私は……これから牛乳を買いに行くところなんです。

 大森君は、お部屋に戻られるんですか?」


——誘ってる?

それとも、ただの会話?


直哉には判断ができない。


「えっと、その……」


綾瀬は小さく笑んだ。


「……また後で、お話できると嬉しいです。」


(む、むりむりむりむりむり!!!)


すれ違いざま、

綾瀬の髪がふわりと揺れ、

石鹸の香りがひとしずく残る。


その背中が見えなくなるまで見送ったあと、

直哉は胸を押さえた。


(ふ、風呂上がりの朝比奈さん……

 色っぽ過ぎて……むり……!!)


自室に戻ると、扉を閉めた瞬間に布団へダイブし、

しばらく動けなかった。


------------------------



廊下を歩きながら、綾瀬は胸元に手を当てる。


(……なおくんの浴衣姿……

 あかん……ちょっと反則やわ……)


頬を少し赤くして、

階段を下りていく。


本当は牛乳を買う予定などなかった。

ただ——


(もう少し……話したかったな……)


そう思いながら、旅館の階段を下りていった。


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