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可憐で苛烈な気になるあの子  作者: 葉時


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10/26

9月 前編 夏の名残の中、ただ一人の視線だけが胸を熱くしていました。

体育館は、かつてないほどの熱気に包まれていた。

壇上中央には大きな花装飾。

観客席は満員で、歓声が波のように押し寄せている。


「続いては……二年二組、朝比奈 綾瀬さん!」


スポットライトがあたる。

白い光に浮かび上がった黒髪と、深紅のリボン。

綾瀬は、ゆっくりと、上品な一礼をした。


「うわ……すげぇ……」

「歩き方まで綺麗……」

「去年のミス優勝より格上じゃね?」


ざわめきが広がる。


ステージ上の綾瀬は、

その言葉の一つひとつに丁寧な微笑みを返していた。


けれど、その胸の奥は——


(……だる。なおくん以外の評価なんて、ほんま、どーでもええわ……)


司会:「それでは一言、意気込みをお願いします!」


綾瀬は穏やかにマイクを受け取り、

完璧な微笑を浮かべて、ゆっくり話し始める。


「本日は、このような晴れの場に立たせていただき……

 まことに恐れ入ります。

 本来、私がこのような催しに参加する予定はなかったのですが……

 ある“心優しい方”が、私の了解を得ぬままエントリーしてくださったようで、

 気づけばこの場に立っておりました。

 ……そのお気持ちには、一応、感謝しております」


観客席が「えっ……?」「誰やそれ……?」とざわめく


本人はにっこり微笑んだまま、会釈。


完璧な笑顔の裏で、静かに息を吐く。


(なおくん、どこ……?

 人多すぎて見えへん……あぁ、もう……)


表情は揺れない。

むしろ、にこりと微笑むほどだった。


「朝比奈さーん! 目線くださーい!!」


カメラのフラッシュ。拍手。歓声。


——その全部が、綾瀬にはただの雑音だった。


(なおくんに……見てもらわな意味ないやん……)

(うち、なおくんにかわいいって……思われたいだけやのに)


手を胸に添えて軽く微笑むと、観客がどっと沸いた。

その歓声に紛れて、綾瀬はほんの少しだけ頬を染める。


(なおくん、気づいてくれるかな……

 うち……あんたの目に、綺麗に映りたいんよ?)


――スポットライトに照らされた“可憐な綾瀬”。

その実態は、たった一人の少年のためだけに踊る恋心だった。


---------------


(やば……朝比奈さん……綺麗すぎ……)

直哉は、観客の後ろから必死に背伸びをしていた。


ステージの上の綾瀬は、眩しいほどに綺麗だった。

同じクラスにいるはずの彼女とは思えない。

今日だけ別の世界にいるように見えた。


(なんでこんな……完璧なんだ……)


胸の奥が痛む。

手に汗がにじむ。


綾瀬が、ふと観客席の方へ視線を流した。


(こっちを……見た?)


目が合ったような気がして、心臓が跳ね上がる。

でも次の瞬間、彼女は別の場所に目を向け、やわらかく微笑んだ。


(……気のせい、だよな)


少しだけ沈む心。


でも、直哉には気づけない。


ステージ上の綾瀬が、何度も何度も

“なおくん”を探していることに。



---------------



(なおくんが “かわいい” 思てくれんのやったら……

 こんなん、いくら喝采されても……どーでもええんよ……)


にっこり微笑んだ綾瀬に、

また歓声が上がる。


(はぁ……ほんま……なおくん……好きや……)


その本音は、誰にも聞こえない。



---------------



「ミスコン二〇二五――優勝は……

 三年一組! 城ヶ崎 玲奈さん!」


体育館が大きな拍手に包まれる。

玲奈は満面の笑みでステージ中央へ。


その横で、綾瀬はいつも通りの、完璧な微笑みで拍手していた。


(……別に、ええけど。

 なおくんがおらへんのやったら……優勝してもしなくても同じや)


静かな熱だけを胸にしまって、表情には決して出さない。


控室へ戻ろうとした綾瀬の前に、

ドレス姿の玲奈がツカツカと歩いてきた。


「はぁ〜、これで白黒はっきりしたわね、朝比奈さん?」


「……えっと、何か……?」


「え? わかんないの?

 “どっちが学校一の美少女か”ってことよ?」


周囲の女子たちが「また始まった……」という顔で距離を取る。


綾瀬はにこり、と上品に微笑んだ。


「そうなんですね。おめでとうございます、城ヶ崎さん」


「……っ!」


その完璧な礼節に、玲奈は一瞬むっとした顔になり――

さらに追撃するように前かがみになる。


「まあ、あなたは準優勝だし?

 悔しくても笑うしかないもんね〜、わかるわ〜」


(……悔しくは、ない。なおくんおらへんし)


心の中で呟くだけ。

表情は、何一つ乱れない。


そこへ――

センパイ(例の陽キャ)が、わざとらしく拍手しながら登場。


「いや〜、綾瀬ちゃん、よかったよ〜!

 せっかく俺が票入れたのに1位じゃなかったのは残念けど〜?」


ニヤニヤ。

自分が綾瀬の“特別”だと思い続けている顔。


「でさ〜? 出場祝いに俺と写真撮ろ? 二人で並んで――」


ふわり、と綾瀬は微笑む。


だが瞳の奥が、すっと冷える。


「……先輩。

 ほんなら“1位の方”とお付き合いされたら

 よろしいんとちゃいます?」


「え、え? 何それ?w

 いや俺ら、まだそういう関係じゃ――」


綾瀬、微笑んだまま。


「では……うちに近づかはる理由、無いですよね?センパイ?」


「いや、でも準優勝の綾瀬ちゃんとも――」


綾瀬の声のトーンが下がる。


「先輩。

 “勝手にエントリー” なさったこと……

 まだ、許しておりませんのよ?」


「えっ……?」

(やっぱこの子……ヤバ……)

周囲の女子は一様に青ざめていた。


綾瀬は、ふっと微笑んだまま控室へ向かう。


(……なおくんに会わんと……もう、限界や……)



---------------



控室前。

綾瀬がドアに手をかけた瞬間。


「……朝比奈さん!」


息を切らした直哉が駆け寄ってきた。


「なお……大森くん?」


「す、すごかったよ……!

 あの……ステージの綾瀬さん、めちゃくちゃ綺麗で……

 その……なんていうか……!」


(……なおくん……)


胸が一気に熱を帯びる。


直哉は赤面しながら続ける。


「その……悔しかったと思うけど……

 でも、僕は……ずっと綾瀬さんが一番だと思ったから……!」


控室前の影、体育館の喧騒から少し離れたその場所で。


綾瀬の世界が、一瞬で満たされた。


(……あぁ……なおくん……

 そんな言葉……反則やて……)


「……ありがとう、ございます。

 大森くんに、そう言ってもらえるなんて……

 ほんまに、うち……嬉しい……」


声が震えた。

上品な微笑みのまま、目だけが潤む。


「あ、あれ……朝比奈さん……?」


綾瀬は慌てて顔をそむけ、

胸を押さえて深呼吸。


(……あかん。泣く……これは泣くやつ……)


「ごめんね……

 少し……気持ちが、追いついてなくて……」


「えっ、な、なんで!? 僕、何か……!」


綾瀬はゆっくり首を振る。


「違いますの。

 あなたが……優しすぎはるから、です」


「え?」


「……ほんまに、ありがとう。

 大森くんにだけは……綺麗に見えて欲しかったんよ」


その言葉に、直哉の心臓が止まりそうになった。


廊下の奥で歓声が上がる。

でも、二人だけの世界がそこにあった。



---------------



後日

昼休み。

直哉が廊下の自販機で飲み物を買おうとしていると――


「おーい、綾瀬ちゃーん!」


体育館でのミスコン以来、

調子に乗り続けている陽キャ先輩が、玲奈を連れて現れた。


玲奈は満面の笑み、

先輩はドヤ顔120%で腕を組んでいる。


「いや〜綾瀬ちゃんのおかげでさぁ、

 俺、玲奈と付き合うことになっちゃったわ〜ww」


「ねー?

 ミスコンのあとに連絡もらって、話したらすっごく気が合っちゃって♡

 あ、朝比奈さんは準優勝だけど、ありがとうね?」


綾瀬はにこり、と微笑んだ。


しかし――

その笑顔は、春の桜ではなく、真冬の月のように冷たかった。


「……そうですか。

 それは……よかったですね」


「だろー?

 いや〜、俺さ、綾瀬ちゃんとの縁で人生変わったわ!」


「“勝手にエントリーされたこと” は、

 ……まだ許しておりませんけれど」


「え? いやでも結果オーライじゃんww」


「また二人でお礼言いに来るね〜、準優勝さん♪」


綾瀬は微笑みを崩さない。


「ご丁寧にありがとうございます。

 ……では、ごきげんよう」


くるり、と踵を返す。

ふわり揺れた黒髪の先が、氷の刃みたいだった。


(……なおくん以外が誰と付き合おうと関係ないし。

 むしろ近寄ってこんといてくれて助かるわ……

 あぁ……なおくん、どこおるん……会いた……)


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