ツンデレ女子は詰んでいる
Twitter漫画を意識して書きました。
初めてのラブコメ?です。よろしくお願いします。
——ツンデレ。
それは世の男子なら、一度は好きになる女子の属性だ。
普段のツンケンした態度から繰り出される、甘々な「デレ」のギャップ。萌えの対象としては最高と言う他ないだろう。
まあ、それはあくまでフィクションの話だが。
何故こんな話をするのかと聞かれれば——何を隠そう、俺の幼馴染である茨奈緒はツンデレ属性持ちの女子であるからだ。
しかしお察しの通りというべきか……現実世界における彼女の立ち位置は、少し厳しい。
そう、特に現実において——
ツンデレ女子は「詰んでいる」のである。
◇◇◇
眠たい4限目が終わり、昼休み開始を告げるチャイムが鳴る。
俺、平将平は昼食を手に席を立って、友達である鮫島のもとへ向かった。彼の前の空席に腰掛けると、視線の先に彼女の姿はあった。
「茨さん、今日も一人だな」
鮫島の何気ない一言に、俺はひとまず頷く。
俺たちの席の斜め前の窓側、茨奈緒は一人で弁当の風呂敷を広げていた。周囲には友達と見られる女子はおらず、一人黙々と弁当を口に運んでいる。
「あんだけ可愛いのに……なんで友達いないんだろな」
「そりゃあ、あの性格じゃ仕方ないだろ」
コンビニのおにぎりを口に放り込みつつ、俺は視線を前に戻した。
確かに、贔屓目なしに見ても茨奈緒はこのクラスで一二を争うほどの美少女だ。それは俺も認める。
ツインテールに纏められた赤茶色の髪はよく手入れが行き届いているし、目鼻立ちも凛々しく整っている。おまけにそのすらりとした体躯もあって女子としては理想的な容姿——なのだが。
その魅力を相殺しているのが、彼女のキツい性格だ。
「ねぇねぇ茨さーん!」
「……何?」
昼食をとる茨の前に、一人の女子がひょっこりと顔を出した。一方、茨の表情は険しい。まずいなと俺は予感する。
「さっきの時間、私の代わりに黒板消してくれたよね? ほんっとにありがとー! 私今日、日直ってこと忘れててさー」
「だから何? あたしに謝罪もなしなの?」
「えっ……」
「そもそも、別にあたしはあんたのためにやってあげたわけじゃないから。勘違いしないでくれる?」
「あっ、うん……ごめんね」
やはり、彼女の性格にかかればこの始末だ。
茨奈緒は確かにツンデレ女子ではあるが、少々「ツン」の割合が多い。大多数の人からすればそれは、「性格がキツい」と見なされてしまうほどに。
そもそもの話、ツンデレという生物から「デレ」を引き出すためには相当な数の「ツン」に耐えなければいけない。幼馴染の俺はもはや慣れっこだが、初対面で彼女の「ツン」を盛大に食らってなお仲良くなろうとする物好きは——少なくともこのクラスにはいないだろう。
茨奈緒は、ツンデレであるが故に詰んでいるのである。
「いくらツンデレでも……それを受け入れた上で仲良くなってくれる奴がいないと、ああやってぼっちになるんだよな」
「ずいぶん他人事みたいに言うんだな。将平、お前幼馴染なんだろ?」
「ああ。でも俺が何かしようとしたって、あいつからすればただのお節介だからな。『余計なお世話だ』って弾かれて終わりさ」
「……難儀なもんだな。ツンデレって」
そう、鮫島の言う通り……現実におけるツンデレというのは少々付き合いが面倒くさい。俺だって、彼女の見せる「デレ」を知っていなければここまで付き合ってられなかっただろう。
「……奈緒、お前もうちょっと丸くなったらどうなんだよ」
昼休み終了間際、席に戻った俺は茨に言った。
どういうわけか今俺たちは席が隣だから、自然とこういう会話だけは頻繁に発生する。だが、肝心の彼女の反応は——
「嫌よ。なんであたしが周りに合わせて性格ねじ曲げないといけないの?」
難儀だ。実に難儀だ。
思わず頭を抱えたくもなる。
「それはさ……その、お前四月からずっと友達いないだろ?」
「いないわよ。でも困ってない」
「いや、でもさ」
「あんたにそこまでつべこべ言われる筋合いはないわ。気遣ってくれるのはありがたいけど、普通にお節介だからやめて」
「はぁ……さいですか」
予想より少しやんわり断られたが、やはり俺一人では彼女の性格をなんとかするのは無理そうだ。
いくら幼馴染とはいえ、俺たちは家族でも恋人でもない。
性格のせいで「詰んでいる」彼女をこれ以上気にかけるのは、なにより双方のメリットにならないだろう。
俺もそろそろ、身を引くべきかもしれない。
放課後、俺と茨は会話を交わすことなくそれぞれの帰路についた。昔から家は隣同士だが、今では一緒に帰ることなんてごく稀だ。
「明日英語小テストかー」
「ああ……ダルいよな」
鮫島と適当に駄弁りながら、夕暮れに染まる町を歩く。俺たちはアイスでも買い食いしようと、コンビニに立ち寄ることにしていた。
目当てのコンビニの看板が見えてくる。
しかし、その入口には。
「——ねぇ、そろそろ退いてくれないかしら? あたし今日は早く帰らないといけないの!」
「いいじゃんちょっとくらい。キミ1年っしょ? ちょっくら俺らと遊ぼうよー。悪いようにはしないからさぁ」
茨奈緒と、その他の男子三名。
体格からして、彼らは上級生だろう。友達のいない茨はよく、一人でいるところをああいった集団に絡まれる。いわゆる「ナンパ」だ。
(あいつ、また……)
助け舟を出そうか、と一瞬考える。
しかし大抵の場合、ナンパ野郎であろうと彼女のトゲのある言葉を受け続ければ諦めて帰っていくものだ。普通なら俺が介入するまでもない。
だけど、見るからに今回は——
「あらら、ツンケンしちゃって~。キミ、もしかしなくてもアレでしょ? ツンデレってやつっしょ?」
「はぁ? 違……」
「うわ、そういうのオレめっちゃ萌えるわ~! 男子の憧れってやつじゃん? キミめっちゃモテるっしょ!? いやー、俺わかっちゃうんだわそういうの!」
「ねぇちょっと俺らと付き合ってよ! ちょっとでいいからさ! 一時間だけカラオケ行こ! な!」
あいつら、中々折れない。
いくらツンデレでも、言葉攻めで反駁のタイミングを失えば流されるしかなくなる。そのうち、困り果てた茨の腕をリーダー格の男が掴んだのが見えた。
「なぁ将平、あれやばいんじゃ……」
「……」
この状況、傍観しておくのは悪手だ。
俺が行くしかない。
「悪い——ちょっと節介焼いてくる」
「石灰? あっ、おい!」
鮫島に荷物を預け、俺は駆け出した。
茨を連れて行こうとする男の腕を掴み上げ、上級生に対して精一杯のガンを飛ばす。茨がこちらを見て目を見開いた。
「——平!?」
「は? 何だよお前。こいつの彼氏?」
「彼氏じゃない。ただの幼馴染だ」
「いや幼馴染ごときがなんで割り込んできてんだよ? 引っ込んでろクソボケが、潰すぞ?」
「お前こそ引っ込んでろ。こいつが嫌がってるのがわからないのか?」
「嫌がってる? いやいや、何言ってんの?」
俺を見下しながら、金髪の男は笑う。
「これはこの子の性格じゃん。ちょっとツンデレ気味なだけっしょ? 別に俺らの事嫌がってるわけじゃ」
「違ぇよプリン頭。勘違いすんな」
奈緒がはっとして顔を上げる。
幼馴染として、ずっと奈緒のことを見てきた俺だからこそ——彼女のことは、俺が一番知っている。理解してやれる。
「これはこいつの『ツン』じゃない。
んな事もわからねぇからモテねぇんだよ、チンピラ共」
◇◇◇
「……で、なんであの状況から一方的に殴られたわけ?」
帰路に着く間、奈緒は呆れ気味に言った。
あの後俺は激昂したチンピラたちにタコ殴りにされ、奈緒の仲裁で何とか脱出してきたのだ。あんなふうに啖呵を切った手前、何だか自分でも情けない気持ちになる。
「まさか本当に殴ってくるとはな……」
「先に喧嘩売ったのはあんたじゃない。反撃されることも考えないなんて、本当に昔っから無鉄砲ね。かっこ悪い」
「はぁ……なんとでも言ってくれ」
こんなときまで持ち前の「ツン」で攻撃してくる奈緒に、助けた側としても萎縮してしまう。だが、殴られる俺を助け出した上に手当てまでしてくれたのは……彼女のささやかな優しさだろう。
と、前を行く俺の袖を、奈緒がつまんで引き留めた。
「——でも、ありがと」
驚いて振り返る。
俺の袖を軽くつまんだ奈緒は、顔を赤らめて少しうつむいていた。上目遣いな目つきにも、いつもの刺々しさはない。
ようやく見せた、彼女の「デレ」だ。
「……ちょっとだけ、見直したわ」
「ちょっとだけ、か……」
「え?」
「いや、お前らしいなと思ってさ」
だらしなく緩んだ頬を見られないように、俺は顔を背けた。
不思議そうに顔を覗きこんでくる奈緒から逃げるようにして、また歩き出す。俺のおせっかいとはいえ、あいつらに殴られた甲斐があったかもなと思ってしまう。
やはり、俺の幼馴染は世話が焼ける。
ツンデレだし、友達もいなくて詰んでいる。
でも、「それでいい」とも思ってしまう。
「……奈緒、」
「なっ、何?」
「お前はさ、お前のままでいいと思うよ」
え、と奈緒が小首を傾げる。
その仕草ですら今は愛おしい。
ああ、ツンデレ女子は詰んでいる。
でも今は、これでいい。
だって——
彼女のデレの破壊力は、俺だけが知っている。
お読みいただきありがとうございました。