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9.再会

「アデル、そろそろお開きにしましょう。長い間貴女とお話ができて良かったです」


 しばらく雑談を続けた後、グレイスはおもむろにそんなことを言い出した。確かに、あれから気がつけば長いあいだ会話に集中していたが、一体どれくらいの時間が経ったのだろう。


 アデルはそんなことを思いながらなんとなくミアの方を見る。するとミアは既に本を閉じており、首を傾げて不思議そうにグレイスの方を見ていた。それに対し、グレイスは微笑み返している。


 それなりに分厚い小説を読み終えるくらいには長い間会話に集中していたらしい。アデルは焦って立ち上がると、深く礼をした。


「あ、ありがとうございました。そろそろお暇させてもらいますね。このあと用事があって、そういえば行かなきゃいけないのを忘れてました……ははは」


「ええ、もう卒業式も終わっている頃でしょうからそろそろ会いに行ってあげてください」


 グレイスは急に、まるで最初から全てを知っていたみたいに語った。アデルは驚いて、そういえば今日ここに来た要件について一切話していないことを思い出した。話していないのに、どうして卒業式が終わるまで待っていたことを知っているのだろう。


「え、えと、それはどういうことでしょう……」


「あら貴女、メルフィーとリリアベルを待っていたのではないのですか。私の早とちりだったかしら」


「……! いえ、合ってます。で、でも……どうしてそれを知っているんですか?」


 思えばそもそも、親友二人と改めて旅を始めるというプランについてアデルは今まで話してきたことがなかった。もちろん、意図的にそのことを話そうとしていなかったわけではなく単にうっかり忘れていただけだ。


 その、うっかり忘れて話していなかったことをグレイスは知っていた。だからアデルは尋ねたのだ。


「うふふ、だって貴女たち仲良かったじゃないですか。わざわざ旅を中断してまでちょうど友人が卒業するという日にここへ戻って来たのです。そんなの、目的はただ一つ。二人と会うことでしかないでしょう」


 それはとてもシンプルな答えで、それでいて深く納得させられた。グレイス館長にはなんでもお見通しなのかもしれない。そんなことを思いつつ、アデルはわけを説明するように話した。


「それがわかるなんて、すごいです館長。でも具体的に言えば、私、これから二人と一緒に改めて旅を始めるつもりで、それで戻ってきたんです」


 そう言うと、グレイスは今までで一番面白そうに笑って言った。


「うふふ、それはそれは。これからの旅が一層楽しくなりそうですね。……そういえば、それを言われて思い出したことがあります」


「なんですか?」


 アデルが訊くと、グレイスはクスクスと笑ってから答える。


「実は、メルフィーもリリアベルも今年の卒業試験ではかなりの好成績を収めていましてね。メルフィーは薬学と魔法論理の筆記試験でトップ。リリアベルも対魔防衛術遠距離部門の実技試験で高い成績を収めていたようですよ」


「そ、そうなんですかっ」


 少し嬉しい気持ちになりながらも、なんと言っていいのか困っている様子のアデルにグレイスは更に笑い、一言付け加える。


「二人とも、アデルに追いつくためだと言っていました。さあ、そろそろ迎えに行ってあげなさい」


 グレイスは椅子から立ち上がると「それでは」と言って、杖をつき離れていく。アデルはお礼の言葉を投げかけつつ、言いようのない高揚感に襲われていた。


「ミア、そろそろ外に出ましょう。私を待ってくれている人たちがいるんです!」



       ☆



 図書館を出ると、やはり式典は既に終わっているようで外にまでその騒がしさが及んでいる。門前は今年の卒業生やその親族であろう人たちで群衆ができていた。


 きっと、あの群衆の中にメルフィーとリリアはいないだろう。アデルは全くその様子も見ずに確信を持ち、ミアを連れながら群衆を避けて歩いた。


 そして着いたのは、小さな喫茶店だった。図書館の敷地内に建つ小さな喫茶店。昔は、暇があれば三人で来ていたものだ。懐かしいなあ、と思いながらアデルは入店する。アデルには、絶対に二人がここで待っているだろうという確信があった。


「あ、あれ? いない……なんでぇ?」


 驚きのあまり思わず変な声を出す。ミアはそんなアデルの姿を見上げ、不思議そうな顔をした。


「い、いやいや。落ち着きなさいアデル。き、きっと大丈夫ですよ」


 一抹の不安を頭がよぎり、アデルは店内をゆっくり見回す。が、見慣れた男女の姿はなし。強いて気になることといえばローブで全身を隠し角の席で震えている人がいることくらいだった。


「いや、あの人めっちゃ怪しくないですかっ!?」


 思わず叫んだ。瞬間、心の中で希望が湧き、アデルは期待を胸にそのローブの人物に声をかける。きっと、久しぶりの再会だからサプライズでも画策しているのでしょう! そんなことを思いながら。


「あ、あのう……」


 意を決して声をかけた、その瞬間相手の身体がぶるぶると大きく震える。


「ひ、ひいっ! 許してください許してください! 僕ほんと何にも関係ないんで! あの子が勝手に言い出しただけなんで! ああ、女神様お助けを!」


 飛び上がるぐらいびっくりして、神像のネックレスを大事そうに握りながら情けなく許しを乞うその姿にも声にも見覚えがあった。


 深緑の髪に少年みを感じさせるような声。目の下には隈があり、頬にはそばかすがある。彼は正真正銘メルフィーだった。


 しかしアデルは素直に喜べないというか、嬉しさよりも先に困惑が来た。


 なんだその格好。そしてなんだその仲間を売るときみたいな言い方。


「いや、何やってるんですかメルフィー……」


「えっ……ア、アデルじゃないか!」


 驚いたようにそう言ったあと、メルフィーはじっくり考える仕草をしてからまた話す。


「はっ、これは夢かっ!!!」


「なんで熟考した結果がそれなんですかっ!」


 しばらくして呼吸を整え落ち着きを取り戻したメルフィーは、改めて口を開いた。


「久しぶりだね、アデル。会えて嬉しいよ」


 メルフィーは髪色と同じ深緑のローブのフードから顔を出して、感慨深そうに言った。二年経っても、相変わらず彼の顔にはあどけない感じがあった。


「私もです。いやあ、本当によかった。もう二年も経っているし二人が私のこと忘れているんじゃないかと不安で――


「……ねえアデル、二年ぶりだし感動的な再会にしたいところだけど、今はちょっとそれどころじゃないことに巻き込まれてるんだ」


「それは、どういうことですか」


 尋ねると、メルフィーは神妙な面持ちになる。先ほど話しかけた時焦った様子だったのとなにか関係があるのだろうか。アデルはほとんど机に身を乗り出して聞いた。


「今、僕はある人たちに追われているんだよ。どうして僕がリリアと一緒にいないのだろうと思わなかったかい? リリアはね、その人たちに捕まってしまったんだ」


「な、なんですって!」


 確かに、メルフィーと出会えた感動で頭から抜けていたが、リリアはこの場にいない。そのリリアが捕まっているなんて、そんなことを言われたら驚かずにはいられなかった。


「僕はなんとか逃げきれたんだけど、いつヤツらが来るかわからなくてビクビクしてて」


「なるほど……。だからさっき話しかけたとき、すっごい間抜けな声を上げたんですね……?」


「うん、そうだ」


「それで、そのリリアを捕まえたとかいう人たちは今どこに?」


 訊くとメルフィーは、出入口と違う方向の窓を指さす。


「すぐそこだよ。すぐそこにいる」


 アデルは息を呑んだ。ゆっくりと窓の方へ近づいていき、慎重に外を見る。一体どんな危険そうな輩が? そんなことを思っていると窓の向こうから声が聞こえてきた。


「ちょっ、お嬢様っ! 貴女はベルシュトラット家の長女なんですよ! 少しはその自覚というものを――


「嫌よ! 帰らないって言ってるでしょうが! このっ、離しなさいよアスラ!」


 ピンクの巻き髪が特徴の気品溢れる少女。耳に綺麗なイヤリングを付け、お洒落に着飾り、そして――


 メイド姿の女性と取っ組み合いの喧嘩をしている。リリアだった。状況とか行動とかは置いておいて、間違いなくリリアではあった。


 どうしてメルフィーはそこまで怯えているのか。危険なやつらに誘拐されそうになっている、というよりかはどう見ても身内の揉め事である。


「ダメ、離しません! 大体、旅に出るとは一体なんなのですか! 貴族の娘が旅などするものではないでしょう! 旦那様も貴女が後を継いでくれるものだと思ってここへ入学させたのです! それを無下にするとはなんたることか……!」


「世間体とかそんなの知ったこっちゃないっての! っていうかお父様まだ元気じゃない! 数年くらい自由にさせてくれたっていいでしょ! なんでそんなすぐ跡継ぎの話になるわけ!」


「私だってそんなん知りませんよ! でも、忙しくて卒業式にも顔を出せないと嘆いていたので、ぶっちゃけ久しぶりに会って顔が見たいだけだと思います! 多分それを直接伝えるのが恥ずかしいから適当に理由をつけてるだけです! ってかですね! 正直連れ帰してこないとお給料下げられるんでまじ付いてきてください!」


「だっ、だから! 帰るのは嫌だって言ってるでしょ!」


「私だってお給料下げられるの嫌ですよ!」


 アデルは窓の向こうで繰り広げられている喧嘩をただ呆然と眺めていることしかできなかった。感情がぐちゃぐちゃで目の前の光景に対してどうコメントをすればいいのかがわからなかった。


 すると、それを見かねてかメルフィーが声をかけてくれる。


「リリアが貴族なのは前から知ってただろ。けど、旅に出るのを反対されてるのは僕も今日知ったばっかりでさ。まさか、こんな状況になるなんてね……」

 

 メルフィーが困ったようにジェスチャーをする。リリアは未だメイドと喧嘩を続けていた。


 アデルは最初、何を言えばいいのかまだ迷っていた。言いたいことは沢山ありすぎた。けれど――何よりもまずある言葉がアデルの口をついて出た。


「……よし、助けに行きましょう!」

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