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6.身だしなみ指導

「二年間離れていただけなのに、随分懐かしく感じるものですね」


 アデルは完璧に整備された聖都の街並みを眺めながらそんな感想をこぼす。ただ、そんなしんみりとした感情に立ち返っている彼女と違って、ミアはずっと興奮気味だった。


 最初は怯えておどおどしていたが、いまや街並みや人々の多さにも感心していて、特に都の中心にそびえ立ち、遠くにいても見上げなければならないほど巨大な世界樹をたびたび指さしては「わあっ」とか言っていた。


 子供らしくはしゃぎ回るミアを見て、アデルはちゃんとそういう一面があることに安心とか微笑ましいとかいう気持ちが半分。もう半分は頼むからその格好で走り回るのはやめて欲しいという気持ちだった。


 薄らと頭の中に『奴隷商』という文字列が浮かぶ。途端に懐かしさやら嬉しさやらが消え去って、このままだと奴隷商が堂々と道の真ん中を歩いていると勘違いされてしまう! という想いが頭の中を埋めつくした。


「ようし、ミア。まずはあなたの服を揃えましょう。……それと靴も」


 本人は平気そうだが、ザラザラとした舗装を裸足で歩いている姿をアデルは見ていられなかった。


「私の名誉に関わるんですよ! あ、あとあなたの名誉にも! いいからついてきてください!」

 

 ミアは遠慮するように首を振るも、遠慮なんかされる方が困ると思いながらアデルは強引に引っ張って連れていく。


 そうして、かつての地理知識をたよりに大きめの服屋を見つけ店内に入ると、アデルはミアを頭からつま先まで舐めるように見た。


 相変わらず着ているものは貧相だし、体型だってガリガリだ。ミアと旅を始めてここ数日の間はこの体型が心配過ぎてしっかりと食事を摂らせていたが、随分少食なようだし、それに数日だけでは体型が変わっているはずもなかった。


 パッと見ではほとんどの人間が、貧民街から迷い込んできた子なんじゃないかと思いそうなほどである。


 しかし、素材自体はとてもよかった。可愛らしい顔をしているし、腰の辺りまで伸びきったボサボサの茶髪もちゃんと手入れをすれば結構いい感じにはなりそうだ。


 アデルは品揃えの良さそうな店内を見回すと、張り切った声を上げた。


「ようし、ミア! 私があなたの服を選んであげましょうっ! 私はこう見えて……というか見ての通りファッションセンスは悪くないですからね!」


 自身のほとんど黒ずくめの服装を誇らしそうに見せつけてから、アデルは意気揚々と服選びに勤しみ始める。そんな姿を見ているミアはといえば、自分が今から何をされるのかよくわかっていないようで、困惑しながらぼうっと立ち尽くしていた。


 しかし十数分後には、ミアは鏡に映る自分の、先程とは全く違う格好にびっくりして何度もまじまじとその姿を眺めていた。控えめにフリルのついた白いワンピースの上にベージュ色のポンチョを着た格好の自分が鏡の中で動いている。


 ミアはなんだか怖くなって試着室から飛び出た。しかし、外には既に革靴を持ったアデルが待ち構えていた。


「サイズが合うかわからないですけど……ほら、これも履いてみてください。おや、ぴったりですね」


 再び鏡の正面に立たされ、ミアは鏡の中で自分と同じ動きをする自分に相対する。ミアは生まれてこの方鏡というものを見たことがなかった。それだから鏡というものが不気味で仕方がなかったのだが、今横にいるアデルも鏡の中にいて、それでようやく鏡の中にいるのは自分の動きをまねする『何か』ではなく自分自身であることに気がついた。


「とっても可愛いですよ、ミア。同い年ぐらいの男の子の初恋を全部奪っちゃうレベルでねっ!」


 アデルはそう言ってなんだか意味深な笑みを浮かべるものの、ミアには言っている意味がよくわからなかった。それに、この格好が可愛いのかとかお洒落なのかとかもよくわからなかった。とはいえ、アデルが嬉しそうにしているので多分いいことなんだろう。


 ミアはそう思って前向きに捉えることにして、もう一度自分をまじまじと見る。良いも悪いもよくわからないけれど、アデルが褒めてくれるのでミアはなんだか誇らしい気持ちになった。


 そんなこんなで服を買い終え、アデルとミアはまた街を歩き出す。ミアの姿は今度はちゃんと街並みに馴染んでいて、アデルは心底安堵した。


 途中で美容室にも寄って、長すぎる前髪を切って整えたので笑顔もよく見えるし、そのおかげで元々の異質感や不気味さも消えている。後ろ髪はミアが嫌がったのでそのままだが、髪を洗うとサラサラになったのでむしろ美しかった。


 今の姿をあの村の人達が見たら、もう恐れることもないだろうに。なんてアデルは思う。今更思っても仕方ないかとも思う。でも、それくらいの変わりようだった。


「……さてと、ミア。先程からずっとあのでっかい木が気になっているようですが、そんなあなたに実は朗報があります」


 アデルは、そういえば言っていなかったなと思いそんなふうに口にする。それは、彼女がここへ来た目的に関することだった。


「ふっふっふ、ミア。あの木の麓に行くことができると言ったらどうしますか?」


 アデルは世界樹を指さしながら、好奇心を煽るような口調でそう言う。すると、途端にミアは目を輝かせ嬉しそうにした。ぶんぶん頭を縦に振って同意すると、早く行こうとでも言うようにアデルの外套の裾を掴んでぐいぐいと引っ張る。


「うわっ、伸びちゃうからやめてっ! そんな急ごうとしなくても大丈夫ですからっ! ゆったり行きましょうゆったり!」


 ミアを一旦落ち着かせると、アデルは改めて続きを話した。


「そう焦らなくても大丈夫ですからね。私はね、そもそもあの場所を目指してこの聖都まで来たんです。聖都自体が世界樹の麓みたいなものですから、遠くにあるように見えても案外ここからは数十分も歩けば着けますよ」


 そう言うと、ミアは更に興奮した様子になり、今度はアデルの手を引っ張って歩き出す。そんな状況にアデルは苦笑しながらも、ミアに手を引かれながら歩き出した。


「ミア、私があの場所を目指している理由を、少し聞いてもらってもいいですか」


 馴染みのある川沿いを歩き始めた頃、アデルはミアに問う。この頃になると最初は先導するように歩いていたミアも疲れて、逆にアデルに手を引かれる形になっていた。


 しかしながらミアはすぐにこくりと頷いて、興味津々というような目を向けてくる。アデルは少し考えるような間を置いてから話し始めた。


「まだだいぶ遠くですが、あそこに大きな建物があるでしょう。宙に振り子時計が浮かんでいて神殿みたいないかにも格好いいやつ」


 ミアはちょっと背伸びをするような仕草をしたあとに頷いた。


「実はあそこはね、私の第二の故郷と呼んでもいいくらい大切な場所なんです。私は……そうですね、ちょうどあなたくらいの歳の時から四年もの間、あの場所で多くのことを学びました。平たく言えば学校みたいなものですね」


 アデルは遠くに見える図書館を眺めながら語る。ミアも面白そうにその建物を見つめた。


「まあでも、そこは学校ではなく図書館なんですけど。ふふ、おかしいですよね。……まあとにかく二年前、私はあの図書館を卒業したんです。ただ、卒業と言っても単なる卒業じゃない。その時の私はとにかく旅に出るのを夢見ていて……それだけのことを考えていて、はやる気持ちのあまり飛び級で卒業することを選んだんです」


 苦笑いをする自分の顔が、道すがらのショーウィンドウに映る。アデルは途端にどこか寂しくなってきた。しかし、そんな様子に気づいたのかミアはぎゅっと手を握ってきて、その手が小さいながらも温かくて、アデルはふうっと息を吐くと続きを話す。


「その結果、私は大切な友人を置いていくことを選んだことにもなりました。その友人は二人組で、私の一番大切な親友とも言える人達です。私は旅に出たかった。けれど、そこで何もなく旅に出ると言ったら絶対に後悔するとも思った。私は後悔したくはなかった。だから、二人と約束したんです。ちょうど二年後この場所でまた会おう。って……それで」


 アデルは少し言いやめて、ミアと顔を見合せる。ミアは不思議そうな顔をしてアデルを見上げた。


「それがね、今日なんですよ」

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