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5.ミア

 日が高く昇り、燦々とした陽光が灰だらけの地面を照りつける。アデルは銀色のドラゴンの生首を二つ、宙高く浮かせながら村を闊歩した。

 

 アデルの姿を見た村中の人々が歓声を上げる。


 そしてそれに気を良くしたアデルは、「私は疾風迅雷のアデル! もう安心してくださいね! このドラゴンは私が倒しました! ねっ、すごいでしょっ! ねっ!?」などと村人たちに言い回っていたわけであるが、やがて村長に会うと彼女は少しだけ興奮を抑えて真面目な面持ちで言った。


「村長、言った通りドラゴンを倒してきました。この子たち、どうやら(つがい)だったようなんです。


 村を襲ったのはおそらくオスの方だと思うのですが、メスの気性もだいぶ荒くなっていて、いつまた村を襲ってもおかしくないと思ったので、勝手ながら二匹とも討伐させていただきました」


 アデルの持ってきた生首に、村長は目を剥く。それから心底感心した様子で言った。


「ありがとうアデルさん。まさか本当にドラゴンを、しかも二匹も討ち取ってくるとは。はは、いやもちろん疑ってはいなかったがね」


 村長が歓喜の声を上げるのを見て、アデルは誇らしそうに胸を張る。


 村の人々だって、これまでドラゴンがいつまた襲ってくるだろうかと内心気が気ではなかっただろう。その状況を自分が救ったということ。何人もの人間の命を救ったという事実を噛み締めるとき、アデルはいつも心が踊る。


 今回も例外ではなく、アデル自身も同じように歓喜で胸がいっぱいになった。


 しかし、何もかもがハッピーエンドで解決というわけにはいかなかった。まだやるべきことはあると思い、アデルは村長に話す。


「村長、それであの子供の件についてなんですけど」


 言うと、村長はハッとしたような顔をしてそれから一転し眉をひそめた。


「……あれから、考えてくれたかね」


 村長は不安そうにアデルに問う。その問いにアデルは満を持してといった様子で答えた。


「ええ、やっぱり私、あの子は殺せません。ごめんなさい」


 村長が落胆したのが伝わってくる。申し訳ないとは思ってしまうが、それでも撤回はできない。アデルは黙って村長の返事を待った。


「……いいや、別に謝らんでもいい。無理な話なのはわかっていた。そもそも、ドラゴンを討伐してくれた君にこれ以上なにか頼むという方が失礼というものだ。こちらこそ、すまないね」


 気丈に振舞っていながらも村長の悲しげな雰囲気は伝わってくる。そんな村長を前に、アデルはどう言い出せばよいのか迷った。しかしなんとか意を決すると、彼女はそれが自分らしくない言葉であるとわかっていながら口にする。


「それと、村長さん。報酬はいらないと言いましたが、やっぱり一つ貰っていきたいものができました。後出しですみませんが、いいですか」


 事前に報酬はいらないと言ったのに、それを撤回するということはアデルが二年間旅をして来て一度たりともなかった。これが初めてだった。村長は困惑した顔で尋ねてくる。


「いやいや、こちらとしても報酬を渡さないのは忍びない。是非ともというところだが、その貰っていきたいものというのは一体なんだね」


 まだ、背後から着いてきているのだろうな。アデルはそんなふうに思いつつ後ろを振り返る。そして、すぐさま路地に逃げ隠れた影を見逃さなかった。


 アデルは村長を引き連れてその路地へ向かう。するとそこには、怯えた様子でちょうどそこにあった空き箱の裏に隠れて震えている子供の姿があった。


「この子です。私、この子は殺せません。けれど、貰っていくことならできます。というか、貰わせてください」


 村長は一瞬、驚きのあまり言葉が出なかった。驚きと困惑と恐怖が混じりあって、何と言えばよいのやらわからなくなった。しかしやがて、口を開いた。


「ほ、本気か? 絶対やめておいた方がいい。『それ』は災いを呼び寄せるのだ。絶対に――


「あのですね、村長。ここからは私の――もしかすると取るに足らない推察かもしれませんが、語らせてください」


 アデルは村長の言葉を遮るようにそう言い、村長の静止も聞かずに子供の方へ近づいて語り出した。


「私が思うに、この子はずっとあなたたちに危険を知らせてくれていました」


「な、なんだって?」


 あまりの突然の話に、耳を疑い村長はそう聞き返すも、アデルは淡々と話していく。

 

「数ヶ月前、この子はこの村に来た。すると、どういう因果か魔物の襲撃が増えた。それはどうしてなのか、ずっと考えていたんです。


 あなたや村の人が考えるようにこの子が魔物を呼び込んでいる元凶だという可能性ももしかするとあるのかもしれません。


 けれど、そうでない可能性をずっと考えていたんです。それで、ドラゴンと関係があるかもしれないと気づいたんです」


 アデルは怯えた様子の子供を宥めようと頭を撫で、嫌がられているのは気にせずに話を続けた。


「少し話が変わりますが、私がドラゴンを倒せたのはこの子のおかげなんです。この子が巣穴まで案内してくれたおかげで、私はドラゴンの居場所を知れた。


 それに、私は巣穴に行くまで気づきませんでしたが、この子はドラゴンが番であることも最初から気づいているようだった」


「そ、それは『それ』自身が魔物だからであって――


「魔物なのは有り得ません。昨日も言いましたが、この子にはほとんど魔力がない。もちろんそれはそれで不思議なんですが。しかし裏を返せば、だからこそなんじゃないかって思ったんです」


 子供が頭の上に置いた手をなんとかして外そうと頑張るものの、それでもアデルは撫でるのをやめない。


「これは私の単なる予想ですけど……例えば、私のような優れた魔法使いであっても、周囲の魔力を探知するとき、必ずある程度は自らの魔力による影響を受けてしまいます。精度が落ちるんです。


 ところが、この子には魔力が無い。だから周囲の魔物の存在を正確に把握できる能力がこの子にはあるんじゃないかと思うんです」


 やがて、子供はいつまでもアデルが頭の上に手を置いているので嫌がるのをやめ、ただ箱の裏でじっとし始める。


「そう考えると少しづつ辻褄が合ってくるんですよ。実はドラゴンの番のうち、メスの方は負傷を負っていました。


 これは単なる仮説ですが、自分のパートナーが大怪我を負ったり大病を患ったりして普段通りに過ごせる人なんてそういませんよね。


 それと同じようにオスもメスが負傷を負ったことで気性が荒くなった。周囲への警戒心が強くなったり暴れ回るようになった。だからこそ村へ襲来してきたのではないのでしょうか」


 それはただの仮定の話だ。それなのに、アデルには確信を持っているような雰囲気があって、村長はどんどんと狼狽え始めた。


「要は、ドラゴンの襲撃にこの子は関係ないのではないかという話です。


 それに、村を襲いに来る前からオスドラゴンは周囲で暴れ回り他の魔物をも脅かしていたはずでしょう。


 恐れおののいた魔物たちはドラゴンから逃げるため移動が活発化するわけだから、そのせいで村の敷地に侵入してくる魔物が増えるのも当然ではないですか」


「し、しかし、君。では『それ』が魔物の侵入前にうるさく唸って回るのはどう説明するというのだ!」


 村長は歯切れ悪く反論する。アデルは返答をちらと考える素振りも見せず淡々と話しを進めた。


「さっきも言いましたけど、この子は魔力の動きを敏感に探知できるのだと思います。だから、魔物が村へ侵入して来そうなことを事前に予測できた。


 そして、そのたびに村を歩き回って、この子は言葉が話せないなりに村の皆さんに()()()()()()()()()()()()()んじゃありませんか。魔物を呼び込んでいるのではなく、です」


 アデルは言い終わると、ようやく子供の頭の上から手を離す。それから、村長の目の前まで近づいて行った。


 村長はアデルの言い分を信じたくなさそうに、なにか言い訳を考えているような顔をしている。しかし、アデルの言ったことはそれが真実というふうにしか思えない強い説得力があった。


 そうやって村長が返事に困窮している間にアデルは笑顔で言った。


「別に、信じなくていいですよ。私のただの推察なんです、これは。村長さんの考えも有り得るし、私の考えだって有り得るけれど、ただ有り得るというだけですしね。……でもだからこそ」


 アデルは村長の目をじっと見て話す。アデルの瞳には強い信念がこもっていて、何も言い返すことのできなさそうな威圧感さえあった。


「私はこの子の可能性を信じるために貰っていきたいんです。私の信じる可能性がある限り、私はこの子を殺せません。確かめさせてください。本当はどうなのか」


 ここまで来ると、村長はもう否定することができなかった。アデルの威圧感に押されたというよりも、その気持ちの強さに心のどこかで感心していたのだ。


 村長は少しだけ考えた。それから、恐る恐る子供ときちんと目を合わせてみた。お互いすぐに目を逸らす。けれども、やがて村長は言った。


「……好きにしなさい。元々、ワシに断る権利などないのだ。その子を連れて行ってくれ」


「ありがとうございます」


 アデルは深々と頭を下げて言った。



       ☆



「いやー、ま、色々ありながらも無事一件落着とはいきましたねえ――と、言いたいところですが! 一つ、問題があります! ……これっ! もしかしてですけど、傍から見たらまるで私が奴隷商みたいじゃないですか!?」


 村を抜けてすぐだというのに、アデルはそんなことを叫び出す。子供はアデルの後ろをとぼとぼと着いてきていたのだが、突然の大声にびっくりして立ち止まってしまった。


「絶対奴隷商! 奴隷商にしか見えない! やっべー、このままだと私の悪い噂が広まっちまいます! ボロの服を着た小さな子供を後ろに連れてるとか、もう完全に奴隷商の構図じゃないですか! うわーどうしよう!」


 しかし、おかしな理論でわーわー慌てて騒ぎ出すアデルを見ているとなんだか愉快になってくる。子供は地面の上にそっと腰を下ろすと、その姿をじっと眺めた。


 なんだかとてもへんてこりんな人だ。ちょっと引くくらい自信満々だし、陽気さが怖いくらいだし、なぜかずっと敬語だし。


 ――でも、優しいしすごく強かった。それに信じてくれた。


 誰と話しているでもなく騒ぎ続けるアデルを見ていると、そんな一面とのギャップで子供はほんの少し笑ってしまう。


「あーっ、今鼻で笑って馬鹿にしましたね!? くーっ! 真剣に悩んでいるのに馬鹿にされるのはとても不服ですよ!」


 子供は慌ててふるふると首を振って否定する。しかし時すでに遅く、アデルに肩を掴まれてぶんぶんと身体を揺さぶられてしまった。


「……こほん、少し取り乱してしまいましたが、まあそれはそれとして」


 アデルはしばらくして気を取り直したように咳払いをすると、真面目な顔をして言う。


「ごめんなさい。あなたに説明もないまま勝手に連れ出してきてしまって」


 子供は頭を下げてくるアデルに狼狽える。しかし、すぐに近くにあった木の枝を拾い上げると、地面の土に文字を書いていった。


「『気にしてない』って……ええっ! 筆談ができるのですか!? あ、いや……」


 子供は抱えていた一冊の本を掲げて見せ、アデルはそれを見て納得した。なんとなく、文字が書けないような子だと思い込んでしまっていたけれど、読めるのだから別に書けても不思議ではない。


 とにかく、言語を使ったコミュニケーションができるということはとても嬉しい事実だった。


「ふむ、筆談ができるというのなら、私あなたにずっと訊きたいことがあったんです。教えてもらってもいいですか」


 子供は首を傾げてアデルの言葉を聞く。


「あなたの名前はなんなのですか? ずっと『あなた』呼びなの気まずいんですよ。教えてください」


 言われて、子供はしばらく思い出そうとするような素振りをしたあとに、地面に書き出した。


 一瞬戸惑うことはあるにしても、自分の名前を思い出す時間なんて、普通あるだろうか。久しく本当の名前で呼ばれていなかったのかもしれないな。


 木の枝で地面に書かれていく文字を見ながらアデルは思った。


 子供が書いたのは『ミア』だった。その言葉をアデルが何度か唱えるように口に出すと、ミアは恥ずかしそうに俯く。


 やがて、アデルは言った。


「良い名前ですね。ミア」


 そう言われるとなんだかこそばゆい感じがして、ミアはちょっともじもじする。そうすると、アデルが隣に座ってきてミアの手を取った。


「ねえ、ミアには身寄りがないんじゃありませんか?」


 ミアは、そう発言してきたアデルの顔をまじまじと見つめた。これは、どういう意図の質問なのだろう? 失礼も承知という覚悟を持ったアデルの顔を見ると、ミアは思う。


 その質問は、ミアにとってはなんでもない些細なことだった。そう気にしたことのない事柄だった。なのにアデルに質問されると、それに答えることはとても重大なことのように思えて、ミアはゆっくり慎重に頷いた。


「ふふっ、それなら、私と一緒に旅をしましょう。私は将来、最高の魔法使いとして歴史に名を刻むのが夢なんです。そんな私についてきたら、あなたも教科書の端っこに名前くらいは乗るかもですよ」


 アデルは冗談めかしつつ、それでいて意気揚々とそう言った。目を輝かせているその顔から読み取れる感情は、同情や慈悲などでは全くない。純粋な興味と好奇心だけだった。


 そんな提案にミアが困惑していると、アデルは痺れを切らしたように質問してくる。

 

「んもう、ミアは私と旅をするのは乗り気ではないのですか?」


 ミアはその問いに咄嗟に頷けなかった。まだ状況が飲み込めない。そうすると、アデルはまた違う質問をしてくる。


「うーん、それじゃあ嫌なんですか?」


 ミアはその問いをちょっと考えるようにして、そしてまた頷かないことにした。強引で困惑はするけれど、嫌ではなかった。すると、アデルは嬉しそうに言った。


「嫌じゃないならいいですね。そのぶん、これから乗り気にさせるのが楽ですから」


 本当にへんてこりんな人だ。けれど、なんかすごそうな人だ。ミアの心の中には不思議とワクワクが湧き上がってきていた。

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