31.アデルは有名人?
「アデル・クラウデ・シュリエール。前へ」
とうとうこの時がやってきた。アデルは意気揚々とフィールド上に上がり、ルーカスと対面する。
ルーカスは思う。先程は少し舐めすぎていたが、この少女、それなりに戦える部類だな。
少なくとも、合格と判定できるレベルではあるだろう。しかし、そうだとしてもあのような態度は冒険者になる前にここで改め直してもらわねば。
一方、アデルは思う。この人は完全に自分を舐め腐っている。何故かってこの入会試験が始まる一番最初に、道化を演じて見せたから。
ふっふっふ、流石に私も、あんなに堂々と馬鹿丸出しの発言をするわけないでしょう! ……いやまあ、半分くらいは本心だったんですけど。
っと、それはさておき、この人は真面目な人っぽい。私を舐めているからこそ、本気で私を叩き潰そうとしているのがわかる。
勘違いしている少女だからこそ、痛い目を遭わせて現実をわからせてあげなくては。みたいなところでしょうか。
アデルはそんなことを考えて、にやりと笑った。
それでいい。本気の人と戦えなきゃ、つまらないですからね。
かくして、戦いは幕開けた。
――――そして、僅か数分のうちに決着がついてしまった。槍の刃先がルーカスの首元に触れそうな距離まで近づいている。
ルーカスの大剣は、戦闘中のとてつもない風魔法の往来によってフィールド外に吹き飛んでいっていた。
「ふっふっふ! どうですか! 私、凄い強いでしょう?」
槍を引っ込めると、いつものようにドヤ顔して、アデルは誇らしそうに笑う。対して、ルーカスは心底驚いたような顔で地面に倒れ込んでいた。
他の観客も、もはや言葉も出せず絶句している。あのベロニカでさえ。リューリエはやっぱりなという感じで、ミアは目を煌めかせて喜び、リリアとメルフィーは薄々そうなると思ってた状態だったわけだが。
ルーカスはゆっくり立ち上がりつつ考える。
本当に、少しも太刀打ちできなかった。避けきれないほどの風魔法と雷魔法の往来、それと同時に繰り出される高度な近接戦闘の技術。
しかも少し距離を取ろうとした瞬間に霧を出され、気がついたら背後を取られていた。
あれほどの魔法のバリエーション……。なるほど、天候使いか……。
噂には聞くが、本物は初めて見た。あそこまで隙なく詠唱をおこない、属性を巧みに扱えるとは。無論、それが天候使いだからではなく彼女の実力あってこそのものだというのは理解している。
まさか、こんなにも強いとは。勝手に弱いと思っていた自分が申し訳なくなってくる。
しかも多分、この子はまだ全力を出していない。
「いやあ、本当にやられたよ。……まさか、これほどとはな。すまない、正直俺は君のことを侮っていた」
「いえいえ、よくあることなのでいいんですよ」
よくあること……普通ならお世辞だろうが、多分本当にそうなんだろうな。
「本当に素晴らしい戦いぶりだったな。それにしても、君は一体何者だ? それほどの実力があるとなると、一般人というわけでもないだろう。地方の魔法隊所属か? それとも、民営の小規模ギルドに所属していたとか――
「いえ、それがどこにも所属したことないんですよ。職業で言ったら一応無職といいますか」
平気でそう言うアデルに、ルーカスは驚きを隠せなかった。じゃあ一体、今までどこで何をしていたんだ? そんなルーカスの疑念に答えるようにアデルは話す。
「でも、二年間中央領の各地を旅しましたよ。結構のんびりな一人旅でしたけど、魔物や魔人とはそれなりに戦っていて、だから実戦経験はあるんです」
それを聞くと、ますますルーカスは驚いたような表情になった。
「のんびりって……君、それは命懸け過ぎるだろう……。支給品や救援無しに、二年も旅をしてきたのか……? 生活には金だっているだろうに、どうやって暮らしてきたんだ……」
「倒した魔物の素材を売ったりとか……あ、でも魔物狩りの資格は取ってるので密猟じゃないですよ。まあ、修行みたいなものです。一人の限界を試したかったみたいな」
なんて逞しい子なんだ。ルーカスはその発言に心底感心する。
旅をするためにギルドに入らなければならないなんて決まりは無いが、大抵の人間は旅をするなら絶対にギルドに入る。冒険者として活動したいなら冒険者ギルドへ、商売をしたいなら商人ギルドへ。
何故かって、その方が単純に旅の安全が保障されるからだ。みんな、死にたくなくてギルドに入る。そして、ギルドに入った方が稼ぎだって生まれる。だからみんな、稼ぐためにギルドに入る。それが常識。
だが、この子はおそらくそれを知っておきながら、一人で旅をしていたというのだから、非常識で命知らずであまりにも野心が強いのだろうということが窺えた。
「しかしまあ、そうやって旅をしてきたのにどうして今になってギルドに?」
訊くと、アデルは少しだけしんみりした口調で答える。
「ずっと、意地を張っていたみたいなものですから。一人だけでも私はやれるんだって。……でも、仲間ができて一人じゃなくなって、そうしたらわがままを言ってる場合じゃないなと思ったっていうか。それだけの理由ですよ」
アデルは言いながら控え席に座る親友たちを見やる。ルーカスは納得したように頷いた。
「そろそろ、戻ってもいいですよね?」
しかしアデルがそう訊くと、ルーカスはまだ思うところがあったのか、アデルを引き止める。
「二年もその実力を持って旅をしていたというのなら、俺が評判を聞くこともあったはずだ。君は、行く先々でなんと名乗っていたんだ?」
アデルは瞬時に身体を喜びで震わせる。これはまた、『あの二つ名』を名乗るチャンスだ。観客も見ている。ここで言えば、印象づいたりするだろうし、果てには知っているという人だって――
……いや、そう思うのはいい加減やめにしよう。アデルは急にしょんぼりした気持ちになった。
これまで、二年間も沢山名乗ってきたのに、私の二つ名を聞いたことがあるという人は誰一人として見たことがない。きっと、今回だってそうだ。ギルドに入ろうと思ったのだって、いつまで経っても無名なので、いい加減名を上げるため。
ちゃんと、これまでの落ち度を認めて、これから心機一転して頑張るんだ。アデルは柄にもなく謙虚な気持ちになって、少し遠慮がちにその名を名乗る。
「ええと、『疾風迅雷のアデル』って名乗ってました」
ルーカスはそれを聞いて、数秒固まってから、まるで全ての点と点が線で繋がったみたいに大声を出した。
「君だったのか!!!」
「……え? 知ってるんですか?」
「知ってる! 知ってるよ! まさか、実在したとはな!」
「え……実在って?」
「ギルド内じゃ、君は都市伝説になっているんだ」
アデルは耳を疑った。私が都市伝説? いや、なんで?
「ちょっと意味が……」
「ここ二年、冒険者たちのあいだで噂が立っていたんだぞ。魔物討伐の依頼を受注し、いざ現場に向かえば既に魔物は倒された後。なんてことが頻発していたからな。
依頼者にわけを聞けば、みな一様に『疾風迅雷のアデル』と名乗る冒険者が倒していったと言う。しかし、ギルドにそんな冒険者が所属しているなんて記録はない。
増加する目撃情報に対して、姿が一向に発見されないことから、いつしか先回りして魔物が倒されている怪奇現象として、ギルド内じゃ有名だったんだ」
「ゆ、有名? 有名だったんですか私?」
有名、その言葉を何度も何度も頭の中で反芻する。昔からずっと願っていたこと。その一端である名声は、自分が意識もしていなかった場所で勝手に上がっていた。
それでも正直――
めっちゃくちゃ嬉しいんですけど! うわあ! もしかしてギルドに入ったらチヤホヤされちゃう感じですかこれ!? サインとか求められたらどうしましょう!? まだサイン考えてないのに!
「ルーカスさん!」
「おう、なんだ?」
「申し訳ないんですけど、サインのお願いはまた後日に……」
「は? 何の話だ?」
とまあ、そんなこんなで入会試験は終わりを告げた。後から、なんでベロニカは『疾風迅雷のアデル』を名乗ったのに知らなかったのだろう? と思ったのだが、アデルが観客席の方を見たら、ミアをくすぐって遊んでいて、不意にリューリエをくすぐってブチギレられていた。
多分、噂とかに特に興味のない性格なのだろう。というか、興味のある事柄以外の長話が頭に入らないのかも。なんて、アデルはまた自分を棚に上げて思った。
受験者はルーカスの前に並んで、この後の説明を受ける。
「合否は本日の夕刻には出す。各自、支部に顔を出すように。冒険者ランクもそこで伝える。では、以上だ」
ルーカスは毅然とした口調で言った。なるほど、夕方にまたあの受付嬢さんのところへ顔を出せばいいわけか。
アデルはそんなことを思いながらふと横の親友たちを見る。すると、二人は何やら真面目くさった顔で会話を交わしていた。
「ねえ、メルフィー。あんた本当に大丈夫なわけ? どこも痛くない?」
「だから、本当に大丈夫だって。回復魔法はかけてもらったし怪我もないよ。いい加減しつこいから」
「なによその言い草。私は心配して言ってるのよ。回復魔法で傷は治るかもしれないけど、疲労が無くなるわけじゃないでしょ」
「それはそうだけど……」
「じゃあ、キツかったら強がらずにちゃんと言うこと。歩くのが辛かったら、私がおんぶでも肩車でもお姫様抱っこでもしてやるわよ?」
「絶対嫌だよ」
歯がゆいなぁ……と、アデルは思った。全く、どうしてあれでお互いに気が付かないのやら。
まあとにかく、これで入会試験は終わり。受験者たちは解散し、夕方に出る合否を待つばかりである。一体どの冒険者ランクに振り分けられるのだろう。
そんな感じでアデルはワクワクしていた。
……のだが――
「待て。アデル」
フィールド上から去ろうとした時、声をかけられた。最初はルーカスかと思った。しかしその声は、ルーカスの声ではない。平坦で無機質な声。
振り向くと、フードを被った男がこちらを睨んでいた。顔がよく見えないが、眼光鋭く睨まれているのだけは確かである。
「おや……誰でしょう」
尋ねると、数秒の間が空いた。リリアとメルフィーもそのあいだに男に気づき足を止める。
リリアは男の姿に驚愕した。シャノンだった。昨日、ベロニカを連れて逃げ去ったあのシャノンだ。
「あ、あんた昨日の!」
「え、なに? 会ったことあるの?」
メルフィーに訊かれ、リリアは少し複雑そうに答える。
「長くなるから説明しないけど、昨日色々あったのよ……」
そんな会話を交わす二人を気にも留めず、シャノンはアデルだけを真っ直ぐ見て話す。
「俺と戦え」
いきなりの宣戦布告に、一瞬面食らってしまう。アデルが少し回答を躊躇っていると、成り行きを見守っていたルーカスが間に入った。
「おい、シャノン。いきなり入会試験に乱入して来るとは感心しないな」
「ああ、シャノン……」
アデルはシャノンという名を聞いて、少し納得する。
一方シャノンはルーカスに叱るような口調でそう言われ、鬱陶しそうに舌打ちをしていた。
「入会試験はもう終わっただろ。ここはもう何も開催されていない闘技場だ。俺たちが戦ったところで問題はない」
「いや、しかしだな――
「いいですよ。私が、受けて立ちましょう。シャノン」
アデルはにやりと笑って提案を承諾する。ルーカスは信じられないというような顔をして止めに入ろうとしたが、それよりも前にシャノンが「よし」と言うと、ローブから白い腕を出した。
「ほ、本気か……? ああ、くそっ……おい、みんな今すぐ闘技場から出るんだ!」
「【月影】」
シャノンが広げた手の平から青白く輝く球体が現れる。それは宙高くに浮かび、日光を全て吸い取ってしまう。
異様な程に影は濃くなり、しかしやがて直下の闘技場を月光の如く照らし始めた。




