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30.努力家な弱虫

「ああやって根性だけで戦う感じ、格好いいよねえ……」


「は? なにがだよ。痛々しいの間違いじゃないのか?」


 リューリエは忌々しそうにベロニカの言葉を一蹴し、クソみたいにどん詰まりの戦況を目を細めて睨む。


「【回復(ヒール)】」


「ちょ、ちょっと待て! もういいだろう……!? 君は十分戦ったじゃないか! 今は自分の実力を素直に受け入れて――


「いや……まだ戦えます」


 そう言って、メルフィーはまたもや立ち上がる。……今ので八回目くらいだったかな。もはやあのおっさん、顔引き攣らせてドン引きしてるじゃねえか。まあ、俺もだが。


 全く、どいつもこいつも狂ってやがるぜ。あのメガネ女には及ばないが、へたれ緑も大概ぶっ飛んでる。


 お前らは一体、何に向かって頑張ってるんだ? そこまでお前らを諦めさせないものはなんなんだよ。


 リューリエには全然わからない。ただ、隣のベロニカが一々騒がしく、ミアが興奮するたびにちょこちょこ周りを歩き回って鬱陶しいので、早く終わってくれと願うばかりである。


「そうそう! 相手が前に踏み込んできたら重心を後ろにそらして! ちょっ、違いますって! そこは軸足を右に移さないと反撃できませんよ!」


 アデルの指示が控え席からうるさく響いてくる。


 もう、そんな一気に言われて対応できるわけないじゃんかっ! 心の中で叫びつつ、メルフィーは必死でルーカスの攻撃を避けていた。


 戦っているうちに先程よりも恐怖心は薄れて身体が動くようになり、少しだけルーカスの攻撃に対応できるようになってきている。


 アデルの鬱陶しいアドバイスも無駄なわけではなくて、むしろ言われた通りの動きができた時は完璧にルーカスの攻撃をかいくぐれているという感覚があった。


 とはいえ……もう少し熱量を抑えて落ち着いた指示を投げてきて欲しい……。そんなふうに思いながらも、聞こえてくる指示に耳を傾け続ける。その中には時々、声援が混じったりした。


「が、頑張れーっ。良い感じに戦えてるわよー……!」


 普段気が強いくせに、周りに人が居たり公の場になると恥ずかしいのか声が尻すぼみに小さくなる。そんな一面を含めて、メルフィーはリリアのことが好きだ。


 ずっと昔の、小さい頃から。


 リリアはもう憶えていないであろう十年前の記憶を、メルフィーだけは今でも大事に心の中にしまっている。こんなことを言ったら気持ち悪いと返されるだろうから、言わないことに決めているけれど。


 


 神立図書館に入学するよりも前。


 自分には全く価値が無いと思っていて、生きる意味を見出せなかった頃。


 けれど自ら命を投げ出すのは命を授けてくださった女神様への侮辱だ、という考えがあって――というよりはそれを盾にして本当はただ怖いだけなのに臆病さを今より必死に隠そうとしていた頃の話。


『ねね、メルくん。今日はなにしてあそぼうか?』


 そう言ってちょっとはにかみながら笑う女の子。長閑なだけが取り柄の、彩りの無い小さな集落にやって来た色彩豊かな女の子。


 そして、メルフィーを一歩前へ進ませるきっかけとなった女の子。


『いや、べつに僕はなにも……あ、でも……ベルちゃんといっしょなら……なにかしようかな』


『…………あのさ、メルくんってもしかしてだけど、ほかにともだちいないの?』


 良い意味でも悪い意味でも純粋だったので、そういうことをずけずけ訊いてくることはあったけれど。


『いや、すごいはっきりきいてくるじゃん……。……まあ、うん。いないけどね』


『そっかあ。じゃあ、私がそのさびしさをうめてあげないとね。……あっ、そうだ! なにあそぼうか思いついた! ね、おにごっこしようよ! さいしょはメルくんがおにだからね!』


『えっ、そんな急にいわれても……。っていうか僕、運動にがてなんだって』


『いやいや、たのしければなんでもいいの! はやく立って! いまのうちに、おいつけないくらい遠くまでにげちゃうよ?』


 でも彼女はお淑やかで、温厚で、とても心優しい素敵な性格だった。


 気が強くて、怒らせると怖くて、すぐ手が出る今とは大違い。だからといって、気持ちが冷めることは無かったのだけれど。


 性格が変わっても今でも好きな気持ちは変わらなかった。


 幼いリリアはよくメルフィーに言っていた。


『12さいになったらね、がっこうに行くつもりなんだけど、そこに入るにはすっごくあたまがよくないといけないみたいなの。だから、まだ4年先だけどいっぱいべんきょうしなきゃいけないんだよね』


 そんなふうなことを、何度か繰り返し言われて、ある日メルフィーは尋ねてみた。


『そのがっこうって、どういうなまえのところ?』


『んーとね、たしかなまえは、しんりつとしょかん? っていったかなあ。たいりくのまん中にあるんだって』


『そっか。しんりつとしょかん、っていうんだ』


『えっ、なになに? きいてくるってことはもしかしてメルくんも入るつもりなの?』


『……いや、べつにきいただけだよ。僕、べんきょうなんてしたことないし。行くつもりは……』


 その時の言葉は紛れもない嘘だった。


『なあんだ。メルくんがきてくれたらうれしいのになあ』


 本当は、その言葉を聞いたその日からずっと、メルフィーは好きになった女の子と同じ学校に行く為に、頑張り続けていたのだ。


 それはとても無謀な挑戦だった。ほとんど知識ゼロの状態から、毎日欠かさず勉強を始めることになった。街へ行っては指南書を買い漁り、近くの教会の神父様に頼み込んでわからないところを教えて貰ったりした。


 そのうち、リリアと会えなくなって、後から偉い家の娘だということと、何かの理由で数ヶ月間別荘に滞在していただけということがわかったあとも、メルフィーは更に努力し続けた。


 だって、入学すればまた会える。


 神立図書館にも学部、学科があった。運動神経には自信が無いから剣術なんてもってのほか、薬学には少しだけ興味があったけれど、リリアがどこを選ぶか考えて、魔法学科に決めた。


 となれば、魔法が使えなくてはならない。けれど忌々しい才能を除いて、メルフィーは全く魔法を使えなかった。


 知見の才としての魔法の習得は独学で可能なものではない。しかも魔法を使える人間の多くは、子供の頃に、両親の指導により身につけるという場合が多かった。


 けれどメルフィーの元には、指導をしてくれるような優しくて頼れる両親なんて存在しない。五歳の息子を僻地に住む親戚に押し付けて、それ以降音信不通になるような親しかいない。


 だからメルフィーは、居候先の伯母に毎日の薬草摘みを条件に、木属性の魔法を教わった。


 そうして、来る日も来る日も努力した。馬鹿みたいに努力はいつか実るものだと信じて。


 そして、確かに努力は実った。合格通知が届いたときは涙が出るほど嬉しかった。


 またリリアに会うことができる。それまでの人生を惰性で過ごしてきたけれども、自分でも努力すれば立派な人間になれるのかもしれない。人生で初めてそう思えた。


 ――しかしそんな思いは、すぐに打ち砕かれた。


 大陸の北西の辺境から、海路を使い馬車を乗り継いで、中央領の聖都まで。入学式典の日に、メルフィーは必死にリリアの姿を探した。


 寮には沢山の、由緒正しい家柄の子供や貴族が居て、その中に談笑中のリリアも居て。メルフィーは喜んで声をかけて。


『は? あんた誰?』


 そう返された。


 当たり前だ。四年前に気まぐれで数ヶ月だけ遊んだ男の子。そんなヤツのことなんて憶えているわけがないのは当然といえば当然なのだ。でも、それでもメルフィーは、それが感動の再会になると思っていて、再会したその瞬間から楽しい日々が待っていると思っていた。


 ずっと浮かれていたのだ。途端に自分が恥ずかしくなった。自分はその場に居てはいけないような気がした。完全に場違いだ。


 その時の周囲の、田舎者を見るような目がとても冷たかった。本当に、自分のことが情けなくて仕方なかった。


 式典終わり、中庭の掲示板に入学試験の順位が張り出されていた。メルフィー・シュトライアの名前は一番下にあった。


 あんなに頑張ったのに。どうして――


 その時、メルフィーの心は一度ぽきりと折れた。


 神立図書館に合格できたことなんて、もうどうでもよくなっていた。そんなのは、頑張ったから当たり前なのだ。


 自分が世界で一番頑張ってるなんて思ってなんかいなかった。きっと、自分より死にそうな思いで努力した人なんて山ほどいる。


 それでも、自分だって文字通り死ぬかと思うほどの努力を積み重ねてきた。それじゃあ、自分と他の人の決定的な違いは一体何なのか? 今まで考えたくなかった。考えないようにしていた真髄に触れる。


 ――それは、自分がマイナスからのスタートだから。


 例えば自分が-50からのスタートだとして、100のぶんの努力をしたとする。そして同じように100努力した人がいたとする。


 そうしたら、積み重ねた量は同じなのに、自分は50のぶんしか努力できていないし、相手は100のぶんちゃんと努力できていることになる。


 それなら、150の努力をすればいい。


 理屈だけで考えればそうだ。でも現実は違う。100のぶん努力するだけで手一杯だ。


 努力には限度がある。どれだけ頑張っても、これ以上成長は無理だとわかる限界がある。


 それは諦めなんかじゃない。実際は諦めたくなんかない。でも、これ以上は無理だと本能が言うから足を止めざるを得ない時が来るとわかるのだ。




「【回復(ヒール)】」


 これで十四回目くらいかな。多分これが最後だ。メルフィーは、もはや申し訳なさそうに見てくるルーカスを見て苦笑いする。


 回復術というのは、広範囲に魔力を霧散させて使うものだから、集団に使用する場合はとても使い勝手が良い。


 ところが、個人に使用するとなると途端に、魔力の消費に対する効果が釣り合っていない魔法となる。一人だけを回復する分なら薬草やポーションの方がいい。


 何が言いたいかというと、要するに、魔力の消費が大きいので、もうすぐ魔力切れになりそうだということだ。


 本当に諦めたくてたまらない。多分不合格だけど、もういいだろうってずっと思ってる。


 それなのに、諦めてたまるもんか、ともずっと思ってる。あんなことがあってもだ。


 多分そう思えるのは、一度ぽきりと折れた心を取り戻すのを手伝ってくれた変人がいたから。


「良いですねメルフィー! 今度は薙ぎ払いにも対応するように! あといい加減自分の杖に引っかかって転ぶのやめてください!」


 リリアともう一度友達になれたのも、あの変人のおかげ。メルフィーはアデルに対して、感謝しきれないほどに恩を感じている。




『むむっ、落ちこぼれ発見!』


 そう言われたのは、入学してから数週間後のある日の昼休み、どん底の日々の最中だった。一瞬で、ヤバいヤツに絡まれたと悟った。


 元々、履修していた授業のいくつかが被っていて、その素行はなんとなく知っていた。


 占い学の先生と一週間後の天気の見解の違いで口論になったりとか、攻勢術の授業で本来なら十二歳の魔法では絶対に破壊不可能……なはずのダミーを風魔法で細切れにしてしまって授業を続行できなくしたり、おまけに『どうして皆は風が読めないのか』そこら中で聞き回っていた。


 今となっては意味がわかるけれど、当時は頭のおかしい厨二病だと思われていたし、メルフィーもそう思っていた。きっと友達とか居ないんだろうなと思ったりして、そういえば僕も居ないんだった、なんて思ったり。


『はあ? なんだよ、急に話しかけてきて落ちこぼれって。どこが』


『誰と昼ご飯を食べているわけでもなく暇そうに鳥に餌をやっているのがその証拠では? あなた友達いないでしょう』


 嫌なヤツだと思った。そういえばリリアにも同じことを訊かれたけど、あれは子供ながらの純粋な疑問というやつである。アデルからはからかい目的というのが透けて見えた。


『べ、別に、僕は一人が好きなだけだ。どっか行けよ』


『いいや、ここで食べるよ……っじゃなくて食べます』


 あの頃のアデルも敬語で話していたけれど、言い慣れていないのかどこか拙かったのを憶えている。まるで、誰かの真似をしているみたいな。当時のメルフィーは、それを疑問に思って尋ねた。


『なんで敬語なわけ? 同級生なのに』


『ふふん、よくぞ聞いたね! ……っじゃなくて、よくぞ聞いてくれました! 私の憧れの人がですね、誰に対しても敬語で礼儀正しい方なんです。だから、その人に少しでも近づくため、まずは言動を寄せようと』


 今ならわかる。多分アデルはグレイス館長に憧れていたから敬語で話そうとしていたのだろう。十年後になっても、それ以外の場所は似ても似つかないけれど。


『ふうん。じゃ、その人の真似をするんだったら君も礼儀正しくなったら? その人はほとんど面識無い相手の横に座って急に弁当広げないでしょ』


『いや、あの人意外と意地悪なとこありますからねえ。やることもあるかもしれない。……と、そんなことは良くて、私、ずっとあなたと話してみたかったんですよ』


 アデルにそう言われて、メルフィーは一瞬固まった。なぜ? という疑問が頭の中を埋めつくした。


『なんで僕と……』


『だってあなた、私と同じで名家とか貴族の育ちじゃないでしょう』


『まあ、一応……』


『一応?』


『あ、いや、なんでもないよ』


『ふむ、それならいいですけど。それとあなた、入学試験で最下位だったでしょ』


 なんでどっちも、言ってもいないのにわかるんだ? と思いながら頷いた。そして尋ねた。


『……なんで知ってるんだよ』


『だって、雰囲気が明らかに落ちこぼれですもん。勘で話しかけましたが、これで正しかったことが証明されました』


 正直、その時は最高級にメンタルが病んでいたので、こいつ殺してやろうか、なんて思った。けれども、アデルの発言はそれだけでは無かった。


『私はそんなあなたと同じ平民です。が、入学試験で一位を取りました』

 

『君は嫌味を言って絶望する僕の顔を見ながら美味い飯を食べにきたのか』


『違う違う、人の不幸でご飯三杯いけるとかじゃないです! この私がそんな性格の悪いヤツに見えますか!?』


 見えるから言ったんだけど。そんなことを思っていたら、アデルは少し真面目な顔をして言った。


『まあ、平民のくせにってのもあるでしょうけど、正直私って嫌われるタイプですもんね』


『気づいてたんだ。気づいてるようには見えなかったけど』


『気づいてたけど、どうでもいいんです。だって、私を馬鹿にする連中は全員、私に入学試験で負けたんですよ? むしろざまあみろって、ちょっとスカッとした気持ちになるくらいですね』


 アデルは真顔でそう話す。急に真面目な調子で言うものだから少し怖かった。 


『でも私はね、あなたとはお友達になりたいんです』


『……なんで』

 

『だって、一位と最下位が手を組むのって、なんかアツいじゃないですか』


『え、それだけ?』


 てっきり真面目な話をされると思っていたのに。けれど、アデルはそれに付け加えるように話す。


『それと、あなたは凄く苦しみながらも努力して、ここまで来たんだろうって思うんですよ。あなたはそういう目をしています。断言しますが、あなたは今年の入学生の誰よりも努力家でしょう。もしかすると、私にも匹敵するかもしれません』


『なんで君は今年の入学生の枠組みに入ってないんだよ』


『私は殿堂入りですからね』


 そうやって誇らしそうに語るアデルはとても変で、けれども不思議と良い人に見えてきて。


 ――こんな人に、僕は相応しくないな。


『確かに頑張ったのは否定しないけど……なんで僕なんか、君の思った通りの落ちこぼれなのに』


 そんなことを言うと、アデルは面白そうに言葉を返してくる。


『でも頑張ったんじゃないですか。……私はね、結果よりも努力したかどうかが重要だと思っています。


 人生は、私たちが今まで生きてきた時間の六倍か七倍か、もしかしたら八倍以上もあるかもしれない。その長い人生の中で努力が無駄になるかどうかは、死ぬ直前までわからないじゃないですか。


 だからね、悲観的になるのなんて死ぬ前で良いんですよ。それより今は、あなたが努力家であることが大事です』


 やっぱり、おかしな人に見えても、この子の心の根っこには優しさが溢れてくる。その時メルフィーは、アデルと自分を比べ、情けなくて泣きそうになった。


 心の底には劣等感が沈殿していて、けれどもいっちょ前にプライドを持っていて、ついさっきまで彼女を見下していた。


 でも結局、自分が弱いのを認めたくなかっただけで。


 やっぱり、自分はこの子と友達にはなれない。そう思った。


『で、でも、僕はやめといた方がいい。僕は怖がりだし、弱虫だし――


『まあまあ、あなたの事情は知りませんけど、弱虫で良いんじゃないですか。弱虫は大抵努力をしないものです。そんな中で、あなたは努力家な弱虫です。希少価値が高い。だから、今のうちに友達になっておかないと』


 今思い返しても、本当に変なことを言っている。でも、あの時アデルがそう言ってくれたことで、こんな自分でも努力した先には何かが待っているかもしれないと思うことができた。


 僕は努力家な弱虫らしい。なら、結果なんて気にせず全力で戦ってやるんだ。




「し、試合終了! ……なあ君、今ので最後だよな?」


 ルーカスが小さな声で確認するように訊いてくる。


「はい、もう魔力切れです……」


 メルフィーが疲れ切った声でそう言うと、ルーカスはホッと胸を撫で下ろした。防戦一方の少年を倒し続けるだけの時間が精神的にこんなにキツいとは思わなかった。


 試験官とはいえ、その内実はただの人当たりのいいおっさんなので、心が痛むのである。


「全く、結局こうなるって最初からわかってたのに、なんで諦めないのかしら? 時間の無駄じゃない」


 リリアは頬杖をついて、不満を呟いた。けれど、アデルからすると、不満以外の感情も隠されているように思えた。


「そんなことを言う割には、リリアも結構全力で応援してましたけどね」


「あ、あれは、一応最後まで何が起こるかわからないわけだし? どうせアイツは最後まで諦めないだろうから、念の為みたいな……」


「そうですね。最後まで何が起きるかわからないから、最後まで全力で頑張るヤツですもんね」


「……ええ、そうね」


 そう返答したリリアは少し物悲しそうに見える。そういう顔を見るとすぐ悪戯心が湧くのがアデルの性分だ。


「それに、好きな人の頑張っている姿ってかっこいいですもんね?」


 リリアは一瞬思考する間を要してから顔を赤く染め上げる。


「はっ、はあ!? いや、何言ってんのよ!? 私はっ、あの、別にそんなんじゃあ――


「ありゃ? 何をそんなに慌ててるんですかねー。私は友達としてとか、人としてって意味で言ったんですけど? そんなに深い意味は無かったんですけど?」


 その後、アデルが脇腹をぶん殴られまくったのは言うまでもない。


 


 メルフィーがフィールド上から去ったあと、ルーカスは悩んでいた。避けるばかりで防戦一方。魔法でするのも攻撃ではなく防御ばかり。


 誇張しても戦える能力があるとは言えない。あの頑張りを評価して合格させたいところまであるのだが、ギルドの規定からしてメルフィー・シュトライアは不合格にせざるを得ないか……。


 と、思っていたのだが――


「木剣が引き抜けない……」


 ルーカスは困ったように呟く。地面から生えた根が、ルーカスの剛腕ですらびくともしないほどに、固く木剣を繋ぎ止めていた。無理やり抜こうとすると木剣の方が折れそうだ。


 おそらく、最後の一撃で木剣を地面に突き立てた時にやられたのだろう。


 俺はずっと、足に根が絡んでくることだけを警戒していた。木剣の方がこうなるなんて想定していなかった。それをわかってのこの行動か。


 ――あの少年、ただ避けるのに精一杯なように見せかけて、本当はずっと木剣が地面に触れる瞬間を待っていたんじゃ……。


 これは、少し考える時間が必要そうだ。本当にびくともしない木剣をしげしげと見ながらそう思った。

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