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3.忌み子

「ふむ、外観の割に中はしっかりしているようですね」


 アデルは背負っていた魔槍と鞄を床に放り、部屋の隅のベッドに腰掛けて足をぷらぷらと揺らす。


「しかしベッドは固い……。まあ、こんなものですか」

 

 外套を脱ぎ近くにあった木製の椅子にかけて、またベッドに腰掛けると一息つく。窓の外を見ればもう夜だったが、アデルはそう気持ち良く寝られる自信がなかった。


 昼間の子供は結局なんだったのだろう。そんな考えがずっと頭の中を支配していた。


 村長は呆然としていたアデルに言った。頼むからこの子を殺してくれないかと。この子が村に災厄を呼び起こす元凶だからと。


 聞いた話によると、あの子はこの村出身ではないらしい。ほんの数ヶ月前、森の中を餓死寸前でさまよっていたところをある村人が見つけ、かわいそうに思い拾ってきたのだそうだ。ところが、そこから悲劇は始まったのだと。


 子供を迎え入れてから、村への魔物の襲撃が以前と比べて明らかに増えた。特に子供が村を歩き回って、あーとかうーとか唸り始めるとそれが魔物の襲撃の前兆になっていた。


 それならば、この子こそ凶兆のはずだと村長は言う。だから、村のためと思って殺して欲しい。


 アデルは最初、全力で断った。人殺しなんてことを頼まれたってそう易々とできるわけがないし、第一あの子供がそんな凶悪なものには見えなかったからだ。


 しかし、それを伝えると村長は恐ろしそうに言った。『それ』は人ではない。きっと人間に化けた魔物か何かに違いない。


 馬鹿げた話であることはすぐにわかる。だって、アデルから見てあの子供はほんの少しの魔力さえ持っていなかった。


 魔物というのは――というかそもそもほとんどの生物というのは、魔力を常に溢れ出させているものだ。それと比べると、むしろ驚く程にあの子の魔力は枯れきっていた。


 不思議だが、本来なら人間に備わっているぶんの魔力すら感じられなかったのだ。どういうわけかはわからないが、つまり少なくともあの子が魔物だなんてそんなことは有り得ない。


 それも含めて、アデルは全部伝えてみたりもしたのだ。しかし無駄だった。どうにも、あの子供は恐ろしい存在だと信じて疑っていないし何度言っても食い下がって主張を続ける。


 結局食い下がってきた村長に折れ、アデルは「ドラゴンを倒して、それから考えさせてほしいんです」とだけ言うことにした。ドラゴンを倒せば、子供が本当に元凶かどうかもわかるからと理由も付け加えて。もちろん、別にそんなことが起きるわけはない。ただのその場凌ぎで言った出任せだったのだ。


 しかし村長はその言葉を信じたらしかった。アデルに今いるこの空き家を貸し出して、いくらでも泊まっていって良いと言った。けれどそれは、裏を返せばあの子供を殺すまでは泊まっていってほしいということだろう。


 アデルとしては正直、村の人間たちが何か勘違いをしているだけのように思えた。あの子供が悪い存在のようにはどうしても思えない。


 ただ、とはいえどうしてあの子がこの村で忌み子のように扱われているのか気になるところでもあった。魔物を呼び込むというのは一体――今はわからないけれど、何か理由があるはずだ。


「はあ、全くなんてめんどくさい問題なんでしょう」


 ベッドの上に横になってため息をつき、アデルは天井の木目を数え始める。とにかく、面倒事は明日の自分に任せよう。朝からほとんど歩いてばかりで今日はとても疲れているのだ。



 

       ☆



 

 早朝に目覚めたアデルは、まだ薄暗い林の中を早速歩き始めた。結局、ドラゴンの居場所は自力で探し当てるしかないと考えての行動だ。


 昨日、村長は子供がドラゴンの居場所を知っているかもしれないと言った。そして、もしかしたらその通り、あの子供はドラゴンの居場所を知っていたかもしれない。


 けれどもし知っていたとしても、子供は怯えて何も教えてくれなかったし、村長側も怯えて聞き取りに協力すらしてくれなかった。しかも、挙句の果てに子供はアデルが村長の方を向いた隙にそそくさと逃げてしまった。こんなんじゃあ、いつまで経っても教えてくれなさそうだ。


 実は一応アデルは今朝も、子供に会えるかもしれないと思って昨日いたところと同じ場所へ向かってみてはいた。けれど、周辺を含めて探してみても既にそこにはいなくなっていた。


「まあ、ずっとここにいるわけないですよね」


 そんなわけで、自力で探し出すことにしたのだ。


 ずっと林の中を歩いていると、背の高い草がスカート下の露出した足を撫でるので少しくすぐったくなってくる。木と木の間隔は広く、意外に遠くまで見渡すことができたがどこまでも木が乱立しているようにしか見えなかった。


 アデルは考える。ドラゴンはそこまで遠くに行っていないはずだと。


 ドラゴンと聞くと高く強く飛翔する姿を思い浮かべるかもしれないが、通常の場合そこまででもない。ドラゴンという種族の魔物は、その巨大な図体からして飛んでいける距離はあまり広くないのだ。活動範囲が広がるとすればそれは繁殖期であるが、数ヶ月前にそのシーズンは終わっている。


 繁殖期後のこの時期、無事に親元から巣立った子ドラゴンが人間の集落に迷い込んできてしまうという事例もあるにはあるが、被害状況からして、あれが生後数ヶ月の子ドラゴンによる仕業だとは思えない。


 だからこそ、アデルは考えていた。ドラゴンが居るとすれば、それは必ず村の近くだと。


 アデルは迷いはなくただ黙々と林の中を歩いた。方角には自信があったからだ。


 村の中でもドラゴンによる被害は場所によって偏りがある。その偏りから、ある程度ドラゴンがどの方角から現れて村を荒らし、その後どの方角に飛び去ったかはある程度推察できた。


 とはいえ――


「こんなことを続けていたら、いずれ日が暮れそうですが……」


 目の前には未だ何も見えない。何かがまずかったのだろうか。どこかで自分も知らぬうちに歩く方角が変わってしまったのだろうか。


 アデルは道中で倒木を見つけるとそれに座り込み、一息つく。空は完全に明るくなり、林の中でも眩しい日が差し込んできていた。


 このままでは時間がかかってしまうかもしれない。アデルはほんの少しだけ焦り始めてきた。それはドラゴンを見つけられないんじゃないかという不安ではない。


 最低でもあと一週間後には聖都に着いていないといけないのに、間に合わないかもしれないという不安。


 二年前の約束を思い出し、アデルは焦った。そして、一瞬だけ思ってしまう。この依頼を引き受けなければ。


「いやいや、そんなことは! 人助けは自分をも高めるものなんですよアデル!」


 すぐさま自分を鼓舞し、アデルは倒木から立ち上がった。このままでは埒が明かないし、思い切って方角を変えてみてもいいかもしれない。とにかく、心機一転しなくちゃな。


 そんなことを考えていて気を取られていたから、彼女は気が付かなかった。


 背後の茂みが突然激しく揺れて、アデルは驚き声を上げる。


「げっ! ま、魔物っ!?」


 すぐさま魔槍を持って身構えた。おかしい。普段ならここまで近づかれる前に魔力の動きで探知できている。しかし、今目の前の『何か』には()()()()()()()()()()


 そこがおかしかった。


「む……ははーん、ああそういうことですか。わかりましたよ。ねえあなた、隠れてないで出てきてください。別に怒りませんから」


 アデルが言ってから数秒間は、茂みからの反応は何もなかった。しかし、突如として『それ』は茂みから勢いよく飛び出てくる。そして、地面に落ちていた少し大きめの石に足をかけバタッとその場に転けて図らずも自らが危険ではないことを証明した。


 茂みから飛び出てきた『それ』は昨日の子供だった。


「大丈夫、立てますか?」


 アデルは子供に近づいて手を差し伸べる。しかし、子供はびっくりしたように後退りして自分の力で起き上がった。


「あら、殊勝な選択ですね。……それにしてもあなた、どうしてこんなところに?」


 尋ねてみるも、子供は何も答えない。魔物ではないのはよかったが、それはそれとして何故こんなところにいるのか?


 アデルはじっと子供を見つめるが、それでも何も答えてはくれない。ただ、若干オドオドとしてアデルの方をチラチラと見てきていた。


 もしかすると、喋ることができないのかもしれない。アデルは直感でそう思った。心労により口が聞けなくなってしまう人がいるという話はよく聞く。元々そうなのか、村中の人々に迫害されて今の状態のようになってしまったのか定かではないが、とにかく何かを伝えたいのに伝えられないという状況であることは確かだった。


 アデルは数秒悩んで結論に達する。


「あの、もしかして私に着いてきてたんですか?」


 子供は恥ずかしがって顔を赤らめたが、やがてこくりと頷いた。

 


 

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